2006年12月01日

『機』2006年12月号:「帝国以後」と日本の選択 エマニュエル・トッド

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●世界的大ベストセラー『帝国以後』の著者と日本の気鋭の論者が問う!


 第二次大戦後は、アメリカは民主主義の祖国として、重要な光を世界じゅうに投げかけてくれていたと思います。そして破壊されたヨーロッパを支援し、日本をはじめアジアの再建にも大きな貢献を果たしたのです。それなりの政治的な、また経済的な知恵というものを第二次大戦後のアメリカは持っていました。
 二十世紀の歴史の中で考えてみると、アメリカには存在理由がありました。世界の外の部分に対して、二十世紀のアメリカは二つの性格を持っていました。一つは、民主主義が成功したケースである、そして経済的、産業的な大国になったということです。したがって、もはやアメリカは旧世界を必要としないと。旧世界、旧大陸に対立対抗してアメリカは自らのパワーを建設したのです。旧大陸は、第一次大戦と第二次大戦、その間にナチズム、コミュニズム、あるいは中国の共産主義、そして日本の天皇制国家の全体主義の危機を経験してきました。それに対して新大陸のアメリカは、唯一の民主主義の守り手であると。したがって世界の安定のかけがえのないファクターであるというのがアメリカの位置だった。


 ところが現在の混沌状況の中で世界とアメリカとの関係が逆転したのです。かつて世界はアメリカを必要とし、アメリカは世界を必要としていなかった。それに対していまでは、ユーラシアという旧大陸は、政治的、経済的なバランスをアメリカなしで回復してきている。世界の民主化の、あるいは旧世界の安定化の大きな要因がアメリカだったのです。しかしそれが逆転したのです。アメリカは世界の安定要因ではなくなった。
 民主主義が一般化した、共産圏が崩壊した、したがって戦略的には重要な脅威はなくなった。そして、イスラムは大きな世界の脅威となるほどの軍事力は持っていない。そのときに、アメリカは世界の助成金なしには生きていけないような状況に、いま経済的には陥っている。したがって、小規模な演劇的軍事行動に打って出る。そしてそこに巨大な軍事力を投入し、戦争を引き起こす。イラク戦争はその例です。


 戦力的にイラクが世界の安全にとって脅威であるとは考えられません。イラクは、敵としては軍事的に全く話になりません。低開発国から独裁国になり、大量破壊兵器はいまだに発見されていませんが、しかし石油を持っている。アメリカもかなり輸入しており、その点は重要です。世界に向かって、世界のリーダーとして欠くことのできないアメリカの存在というものを誇示するために、このような小規模な演劇的軍事行動に打って出るというわけです。
 アメリカは国連を無視した行動に出ましたが、非常に興味深いのは、戦略的に重要な同盟国がアメリカに対して「ノン」と言ったことです。アメリカはフランス抜きで事柄を進めようとしています。フランスは国連の常任理事国です。拒否権も持っています。ですからフランスをバッシングすることによって同盟国をふやそうとしているわけです。米仏は二つの古い民主主義国ですけれども、その間にいま衝突が起こっている。


 トルコはNATOのメンバーですしアメリカに忠実な部隊でした。それが反旗を翻した。トルコには、民主主義がいま成立しつつあります。つまりトルコの議会が、アメリカを支持することを拒否したのです。ですからデモクラシーが世界に広がるということは、逆説的な効果を及ぼすということなんです。
 ドイツの場合もそうです。二つの最大の輸出国、あるいは工業国であるドイツと日本、これを配下に従えていたことによってアメリカの帝国というものが存在していました。第二次大戦を救ったのはアメリカなわけですね。冷戦後のアメリカ帝国を支えていたのは、第二次大戦の敗者であり、アメリカによって負かされ、アメリカによって改革された二つの国、そして経済大国になったドイツと日本です。アメリカがフランスをバッシングするのは、ドイツのことを忘れるためです。本当は、ドイツが一番重要な変化を見せたのです。ドイツバッシングをすれば、ドイツはアメリカの基地を閉鎖すると出てくるでしょう。だから、ドイツをバッシングできない。


 同盟国がアメリカに反旗を翻したということ、これはまさにアメリカが経済的な力を失ったからです。アメリカが経済力で仕返しをすると思えば、だれも反旗を翻さない。ところが、トルコですらアメリカに反旗を翻した。これは、アメリカからの報復措置をもはや恐れる必要がないからです。
 アジアの方は、まずアジア共同体というものがない。統一通貨もありません。さらに日本は、アジアでも孤立しています。それからまた、安保理の常任理事国にもなっていません。日本の切り札は少ない。ですから、アメリカ・システムの解体を日本は受け止めることができないでいる。外交的、それから戦略的に考えた場合に、東アジアの状況はヨーロッパに比べてはるかに複雑です。ドイツは産業大国であり、フランスは核抑止力を持っている。日本は持っていません。イギリスも核を持っていますから、ヨーロッパ・レベルで核の安全保障はあるわけです。ところが日本はアメリカの核の傘の下にある。それから朝鮮半島の危機、北朝鮮の脅威がある。これは日本を脅かすほどのものであるとは私は思いません。ただ、インフォメーションの操作、大量破壊兵器を北朝鮮が持っている、核開発をするという脅威を過大評価するという形で、アメリカは日本を自分の支配下に置こうとしていると考えます。


 日本が東アジアの安定勢力になっていくためには、ヨーロッパの例を学ぶべきではないかと思います。独仏と、それからロシアとの関係が改善されることによって、一つの安定したゾーンにヨーロッパはなっている。日本は大変な産業大国、経済大国です。中国は核大国です。しかしロシアはヨーロッパだけではなくて、アジアにも片足をおいている。ロシアはアジアにとってはまだ安定要因にはなりきっていません。ですから日本が自立した安定要因になっていくためには、ドイツの場合よりも条件は整っていない。ヨーロッパはいまでもNATOがありますけれども、ほとんどアメリカなしでもやっていけるような体制ができています。それに対して日本の政府、小泉政権の慎重な態度、つまり自立をセーブする、あるいはアメリカに従属とは言いませんが、忠誠を誓う。私は、日本政府の選択は評価しています。イギリスのブレア政権は安保理の常任理事国だし、核も持っている、そしてヨーロッパとのつながりもあるから、もっとアメリカに対して自立した政策をとることができるのにそうしていない。ところが日本はイギリスと違いますから、短期的に見た場合に、地政学的な地位から日本がいまのような政策、対米協調を最優先させるような政策をとっているのを、私は理解できます。


 しかし中期的な展望に立った場合は違います。アメリカは、これまでは経済大国であり、経済的な産業のダイナミズムがあり、世界の安定要因であり民主主義の祖国でした。これまで冷戦下にあっては……。ですから冷戦期にあって、日本がアメリカとの協調を最優先させるのは正しかったわけです。しかし冷戦後大きく世界のジェオポリティックな情勢が変わって、アメリカはいま世界の安定要因ではなくて、むしろ不安定要因になりつつある。したがって、中期的に考えた場合、アメリカが日本の安定の保護者であるという保証はない。この中東の危機、特に石油の備給ということを考えた場合に、アメリカはいまヨーロッパの幾つかの国々を敵に回している。大西洋間の亀裂が、いま起こっているわけです。
 日本というのはその社会の成り立ちからして、元々農村社会でした。それが非常に急速に産業化し、しかしまがりなりにも安定した社会をつくってきています。日本はむしろヨーロッパ的、ヨーロッパに近い社会なんだと。ですからヨーロッパと同質的で、協調してやっていけるベースを持った社会だということを申し上げたいのです。

(Emmanuel Todd/歴史人口学者)