2006年10月01日

『機』2006年10月号:ペナック先生の愉快な読書法 浜名優美

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●リンボウ先生大絶讃の本嫌いを吹き飛ばすベストセラー!

 いわゆる読書法に関する本は加藤周一氏の『読書術』をはじめゴマンとあるが、それらはほとんど本を読むことで頭がよくなるとか、知的な生活を送れるといったものか、またはいかに速く読むかといった類である。このたび十数年ぶりに改めて紹介するフランスの作家ダニエル・ペナック先生の読書に関する小説風のエッセイのように、読者には「読まない権利」があると断言したものには出くわしたことがない。本を読むことを義務とする教育(「本を読まなければならない」)から解放してくれたこと、この点が本書の大きな特徴である。
 わが国では齋藤孝氏の『声に出して読みたい日本語』がベストセラーになり、また幼児に対する「読み聞かせ」がかなり普及していて、一定の成果を上げている。しかしこの方法は小さい子ども相手にしか行われていない。それに対してペナック先生が採用したのは、本を読むのが嫌いと思いこんでいる、いわゆる「出来の悪い」高校生相手に、語句の説明や解釈抜きに、ひたすら朗読するというやり方である。すなわち本を読むことを義務とせず、怖がらせず、強制せずに「読む楽しみ」を伝えるのである。「教師は時速四〇ページで朗読する。ということは、十時間で四〇〇ページ。週にフランス語が五時間として、一学期で二,四〇〇ページ読めるのだ! 一学年で七,二〇〇ページになる! 一,〇〇〇ページの小説が七冊! 一週間にたった五時間朗読するだけで!」という具合で、生徒たちはペナック先生の朗読で先が読みたくなって、図書館にかけつけるそうだ。これはまさに魔法の読書術だ。
 リンボウ先生は『知性の磨きかた』(PHP新書)において、このペナック先生の「方法というのは一〇〇パーセント正しいと思う」と賞賛して、まるまる一章をペナック先生の読書論にあてている。またリンボウ先生が東京芸大で古典を「朗読する授業」を実践しているように、私もペナック先生を見習ってルソーの『人間不平等起源論』を自ら朗読し、学生たちにも朗読させている。しかし大学院生までも漢字が読めずに時々往生している姿を見て、日本語の本では漢字にもっとルビを振るべきだと思っている。
 ペナック先生の読書論が出版されて以来、フランスでは小説や童話の朗読を吹き込んだCDが多数出版されるようになった。以前にも名作の朗読カセットテープが売られていたが、今では朗読本専門の出版社もあるほどだ。
 「フランス5」テレビ二〇〇六年一月の報道によれば、十八歳から六十五歳までのフランス人成人の十から十四パーセントが文字の読み書きができないという。朗読CDが増えているのは、このこととも関係があるかもしれない。
 ペナック先生は朗読がうまいだけでなく、二〇〇六年二月には自作の『メルシー』で一人芝居を行っている。
 フランスで「最も愛されている作家」と言われるペナック先生の本は、総計六〇〇万部売れたそうだ。一九九五年には高校の先生を辞めて、現在は作家活動に専念している。なお本名はダニエル・ペナッキオニであり、作家になる前には文芸誌で似顔絵を描いていた。道理で初対面のときにサイン代わりにすらすらとデッサンを描いてくれたわけだ。ペナック先生が来日したら、今度はうちの子に本を読んでもらおうかな。

(はまな・まさみ/南山大学教授)