2006年06月01日

『機』2006年6月号:社会の核心を身体にみる J・ル=ゴフ

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忘れ去られた身体
 歴史と歴史家たちは、身体を忘れ去った。ところが、身体はそれでもドラマを演じており、今も演じつづけている。
 ぞんざいな決り文句は言説と歩みの多様性、歴史研究の複数性を等閑にふしてしまう。法則を口にしたとたんに、例外の存在がおざなりになる。N・エリアスの風習の文明についての仕事、M・ブロックとL・フェーヴルの中世的心性についての研究、あるいはM・フーコーの古代の狂気についての、そして監獄と臨床医学の誕生についての研究、さらには古代の「自己への配慮」〔『性の歴史』第三巻〕についての晩年の考察、これらの先例以後、新たなアプローチが素描されている。それまでの間は、十九世紀のJ・ミシュレの注目すべき例外を別にすれば、身体の歴史は忘れられていた。60年代、70年代を中心とする性の歴史のようないくつかの有益な再発見はあったが、それでも、人がどのように着飾り、死に、食べ、働き、肉体の中に生き、欲望し、夢み、笑い、泣いていたのかという問題が、歴史的興味に値するものとして俎上にのせられることはなかった。 学問としての歴史においては長い間、身体は自然に属し文化に属するものではないとする考えかたが優勢であった。ところが、身体には歴史があり、身体は歴史の一部なのである。身体は歴史を作りさえする。経済的・社会的構造、心的表象についても同様で、身体はその産物であると同時にまた要因でもあるのだ。

中世社会の核心としての身体
 何故に中世の身体なのか。何故なら身体とは、西洋のダイナミズムを生んでいる緊張関係のうちの一つが決定的に居座る場であるからである。身体に中心的な地位が与えられるのは中世に始まったことではない。古代ギリシアでは、中世において騎士たちが戦場や騎馬槍試合で実践し、農民たちが田舎風の遊戯の中で実践していた身体文化をはるかにしのぐ、肉体の鍛錬と美的練磨が見られた。しかしながら、中世において身体的実践の崩壊が見られ、身体が古代において占めていた場所を失い、そこから追い落とされるそのときに、身体は逆説的に中世社会の核心へと成り変るのだ。
 西洋中世の身ぶりの歴史の権威J-C・シュミットが示唆するように、「身体の問題は五世紀以降、中世ヨーロッパのイデオロギー的・制度的諸側面の総体をはぐくんでいる」と言わなければならない。国家宗教となったキリスト教のイデオロギーは、身体を抑圧する一方、神がキリストの身体の中に受肉したことに基づいて、人間の身体を「聖霊のための聖櫃」であるとする。聖職者は、身体的実践を抑制する一方、またそれに栄誉を与えもする。四旬節は中世の人間の日常生活に襲いかかり、謝肉祭は羽目をはずしてはしゃぎまわる。性、労働、衣装、戦争、身ぶり、笑い……。身体は中世において数々の論争の種であり、そのうちいくつかは今の世にも繰り返されている。


 したがって、アナール派と呼ばれる歴史学派の創立・代表者のうちでただ一人身体の問題に興味を示したのが中世史家であったのも、この人物が同時代の激動に最も敏感な知識人の一人であったのも、偶然ではない。M・ブロックのことである。「身体的な出来事に正当な地位を与える」ささやかな試みである本書には、ブロックの影響の跡が刻まれている。本書はまた、以下の言葉に表れている方法論的・倫理的教えによっても、ブロックからの影響を受けている。「現在に対する無理解は否応なく過去の無知から生じているというのが事実であるにせよ、過去は現在によって理解されなければならないというのもまた事実なのだ。」


 というのも、身体は今日、新時代の変化の中枢になっているからである。遺伝子工学から細菌兵器、現代感染症の治療・研究から労働における支配の新形態、モードのシステムから栄養摂取の新様式、身体規範の賛美から爆弾テロ、性の開放から新たな疎外。中世へと回り道し、その驚くほどの一貫性も、解消しがたい分裂をも見ることで、現代はもう少しよく理解できるようになるのである。

(Jacques LE GOFF/中世史家)
※全文は『中世の身体』に収録(構成・編集部)