2006年01月01日

『機』2006年1月号:「ありがとう、ありがとう・・・・・・」 岡部伊都子

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ぜったいに戦争は許せん
 わたしはイラクのことにしてもな、パレスチナ、イスラエル――ほんまのことはようわかりません。なにがどこへどうなるやら――。さっぱり、このおばあには、わからん。
 それだけに、人間一人ひとりが、おたがいに尊敬しあって、だいじにしあう以外にないと、そう思うてます。
 なんで対立して、殺しあって、たんとの人を殺さんならんの。
 あの戦争を経験してきたわたしとしては、もうぜったいに戦争は許せん。そやのに、また行きよる。またまた、あの人たちは、どないしたらよろしいの、ああ、どないしたらええか、教えてちょうだい。

「戦争は間違っている」
 わたしのこの思いの根っこに、あのときの邦夫さんの言葉がある。あれを聞かなければ、今日のわたしはない、ない。
 邦夫さんはえらい人や。邦夫さんのおかげで、そういう考えかたがあるということを初めて知ったんやもの。あの戦争の最中に、戦争が間違っていると言うたんよ。
 きれいや、生き方として彼は戦争に反対、せやけど連れて行かれるわけよ、な。
 行きたくはなかったやろに、ラグビーの好きな人やったからな。だからラグビー見るたびに思い出す。両脚ふっとばされたから、ラグビーどころではのうなってしもた。どんなに生きたかったやろな。脚ふっとばされたから、自決しやったんや。
 邦夫さんの言葉――それを知らせることだけ、わたしの生きている意味、そう思うて生きていますのや。そういう若者がたしかにいたんだ、つくりごとやないんや。
 わたしは、戦争が間違っていると邦夫さんが言った意味が、わからへなんだ。だって、こっちは喜んで死なんならんと思うてたから。戦争が間違っているなんて聞いたことは、生まれて初めて。それが22歳の青年――少年というてもええくらいやけどな――それを言うときにはちゃんと、襟をただして、見習士官になってはったけど、それで戦争は間違うていると言える人が何人います?
 勇気をもって、この子にほんとうのこと言うておこうと思うたんやろな、天皇陛下のためになんか死ぬのはいやだ。本音や。ほんまにえらい人やと思うよ。それをこっちはわからなんだ。たしかに聞いたんやから、聞いたことは言わな、あかん。
 そういう志をもつ一人ひとりであってほしい。木村さん以外にも、そう考えていた人はいたやろけどね。反戦でも、それを表現するどころではなかったから、うっかり言うたら、牢獄へ入れられてしまう時代ですものね。
 市民の一人ひとりがそう思うてたらな、言える人は言い、行動できる人は行動し、叫ぶ人は叫んでほしい、それを聴く政治であってほしい。


自分が解放されなければ
 また号令一下にしようと思うているやん。戦争を知らない人たちが、政治家になっていますものね。戦争の本質を知らへんからな。戦争の実態がわからんのかな。
 もうともかく、どこの国とどこの国とか、どの民族とどの民族とか、そういった敵対の様相をぜんぶなくしたい。敵対は差別ですよ。
 自分が差別から解放されなんだら、あかん。人間やない。
 年齢差別からも解放されたい。男女差別からも、もちろん解放されたい。その人がたずさわっている仕事についても、さまざまな差別があるやろ。恥ずかしいよ、人間として。なかなか解放されない。解放のたたかいが、自分のなかで、でけてへん。
 自分が解放されていかへん、既成観念にしたがう、そこから解放されんとあかん。それには、自分が自分を変えることや。育てることや。

(おかべ・いつこ/随筆家)
※全文は『遺言のつもりで』に収録(構成・編集部)