2006年01月01日

『機』2006年1月号:“食”が歴史を作った!

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 2001年8月、70歳で世を去ったとき、ジャン=ルイ・フランドランは歴史学者として、人間にとって基本的なふたつの欲求――性と食――の研究から想を得た、きわめて独創的な著作を後世に残していった。学究生活の前半を家族と愛、性、生殖の歴史の研究に費やしたあと、1978年以降は、ガストロノミー(美食術・料理法)と料理の歴史に目を向けることによって、歴史学者としての経歴に新たな扉を開いたのである。

数値的資料による研究の停滞
 当時、このテーマは学界から認められるという栄光にはいまだ浴していなかったものの、まったく手がつけられていないというわけでもなかった。食の問題、とくに供給、食料危機、飢饉は、かなりの数のフランス人研究者の注意を引いていた。1960年代と70年代には、アンシャン・レジーム下での民衆の食生活について、その栄養状態の量的質的な測定を目的として、大規模な調査がおこなわれた。
 しかし、他の問題提起がなかったこと、そしておそらくは新たに開拓すべき史料がなかったことから、研究は停滞した。「ひとりあたりの摂取熱量」の再現を可能にする数値的資料に頼ったために、拠り所とする基本的史料が病院や学校、修道院のような団体や共同体の食品調達に関する会計簿に限られたからである。

食に関する嗜好の変化を追う
 一方、ジャン=ルイ・フランドランは、農民やブルジョワ、貴族がほんとうになにを食べていたのか、どんな時間に食卓についたのか、どのくらいの量をどのようにして食べたのか、食という基本的な行為からどんな歓びを得たのかを知ろうとした。できるだけ厳密に集めた諸習慣の資料から、フランドランは社会階層の屈折を通して、食に関する嗜好の変化を長期にわたって追い、それによってガストロノミー――料理の芸術的表現と多様なスタイルのもとでの評価という意味での――の真の歴史に場所をあたえようとした。
 フランドランによれば、嗜好の歴史は、視覚と聴覚という二つの感覚だけを発揮してもたらされる果実、美術と音楽に限定はできない。そのために、フランドランはこれまで歴史家がまったく手をつけていなかった種類の文献、つまり料理書の分析にもとりかかった。まずパリ第八大学で、次いで社会科学高等研究院で、フランドランの周囲に古い料理書の研究グループが作られたが、そのもくろみはこういった技術的な著述の理論的解釈にとどまらず、伝えられてきたレシピの実践による過去の風味の再現をも目指していた。いうなれば、通常、歴史文化人類学と呼ばれているものを、そのもっとも具体的な広がりのなかで実行するのである。
 ジャン=ルイ・フランドランのゼミはほんものの実験室に変わり、そこでは歴史的分析による食体系の解読と同時に、忘れられた一連の調理技術をレンジに向かって明らかにし、知られざる味覚と芳香とを復元する努力が成された。ゼミの歴史宴会は、その料理の質の高さからも、またそれに伴う学識ある解説の妥当性からも有名になった。

初めて書かれた総合的な人類の食の歴史
 ジャン=ルイ・フランドランが農業史を専門とする若きイタリア人歴史学者マッシモ・モンタナーリと出会ったとき、この研究は新たな広がりをとることになった。モンタナーリは現在、イタリア・ボローニャ大学の中世史の教授であり、フランドラン同様にガストロノミーの歴史に熱中している。
 1980年代末、ふたりの共同研究の成果である本書『食の歴史』の計画が生まれたとき、ジャン=ルイ・フランドランが最初に考えていたような食の感性の歴史だけでは不充分であり、多様な論点をとらえた食の歴史そのものに取り組むべきであることが明らかになった。
 それまでは、人類の食の歴史が、考古学の最新の成果、そして妥当性があると認められた史料に基づいて総合的に、そしてまじめに書かれたことはなかった。もっとも人間の食習慣の進化が興味と好奇心の対象にならなかったわけではない。しかし、それは地方の碩学や日曜歴史学者の専有物にとどまり、語られるのは、幸いなる神の摂理がすべての発明の母となり、そのヒーローたちが必ずや偉人である美しい物語だった。
 ジャン=ルイ・フランドランとマッシモ・モンタナーリは、人間が自らの食の運命をゆっくりと征服していった過程は、歴史的に記述されるに値するのであり、愉快なアネクドートは、各人が一日に何度も食事をせざるをえないような欲求の重要性を無視していると考えた。こうして本書『食の歴史』が誕生した。
 その第一の目的は、基本的重要性をもつ主題に、社会科学、人文科学の領域における完全な場所をあたえることだ。現在、「グローバル化された」世界全体を定期的に動揺させている食料危機は、このパイオニア的なもくろみの正しさを示している。習慣と形態と嗜好とを歴史の深みに振り返って見ることなくして、現代の食料消費の全体像を理解はできない。

人類の黎明から現在まで全地球的な規模で把握
 本書は、ほとんどがヨーロッパ人である約四十名の研究者を集めて書かれた。そのそれぞれが、専門の領域と時代区分における著名な学者である。ジャン=ルイ・フランドランとマッシモ・モンタナーリの総論が各論文に枠組みをはめ、人類の黎明から現在にいたるまでのひじょうに長い期間にわたる習慣の進化の構造と動きとの把握を可能にする。
 あつかわれているのは、食品とその伝播であれ、食の体系とその文法であれ、栄養学と食、調理技術、風味、味覚、集団の給食、消費形態のごく最近の変化、食料品の経済であれ、食の歴史に関するすべての問題である。対象となる地域は基本的に、もっとも広い意味でのヨーロッパであり、メソポタミア、ビザンティン、エジプト、ヘブライ人の古い文明に場所を譲ることで、地中海最東の地域までを含める。ヨーロッパ外の世界も忘れられてはいないが、ヨーロッパとの関係において――とくに旧世界の食の体系と習慣を根本的に動揺させた新しい食品と嗜好の供給者として――とりあげられている。ふたりの編集者が序論で指摘しているように、ヨーロッパ人であろうとアメリカ人であろうと、あるいはアフリカ人であろうとアジア人であろうと、われわれの食の歴史は、いまや全地球的な規模で把握されねばならないからである。


(北代美和子訳)
(フランソワーズ・サバン/日仏会館副理事長)