2005年09月01日

『機』2005年9月号:五つの資本主義 山田鋭夫

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収斂か多様性か
 1990年代以降、ITや金融を中心としてアメリカ経済が復活し、この「強い」アメリカに倣うべきだとの声が大きくなった。2000年代に入ってからは、政治力や軍事力を背景としてアメリカが、自国の利害・価値観や制度・システムを世界に押しつける姿が目だってきた。呼応して日本でも、バブル崩壊後の長期停滞のなか、日本型経営や日本型経済システムは死んだ、これからは強くて効率的なアメリカに倣って「構造改革」や「民営化」を進めるべきだ、との大合唱が起きている。
 各国は本当に、アメリカ的な市場主導型経済に向かって均一化し収斂しているのだろうか。アメリカは見習うべき先進的モデルであって、各国はその後追いをすべきなのだろうか。そうでなく、各国はいずれも、大きく「資本主義」や「市場経済」ではあっても、その社会経済システムや価値観は多様であり、アメリカ型とは異なる資本主義モデルが健在なのではなかろうか。近年の研究の結果、資本主義の多様性が見えてきた。

二類型か多類型か
 アメリカ型を相対化する試みは、これまで主に独米対比という形でなされてきた。「アングロサクソン型」に「ライン型」を対置したM・アルベール、「自由な市場経済」に「コーディネート(調整)された市場経済」を対置したP・ホール/D・ソスキスなどが代表だ。いずれも、市場競争・個人主義・短期利益のアメリカ型とは異なって、もう一つ、非市場的協調・コンセンサス重視・長期利益の資本主義類型があり、それがそれなりによい経済的成果をあげていることを明らかにした。
 ということは、アメリカ経済は唯一先進的なものでもないし、見習うべき唯一の模範でもないということである。二類型論はそれを示して鮮やかであったが、では、非アメリカ型ということで、例えばドイツと日本を、あるいはスウェーデンと日本を同じに括れるのだろうか。もう少し緻密な分類がほしいし、実証をふまえた類型化が必要だ。それに応えたのが、レギュラシオン学派のアマーブルである。本書『五つの資本主義』では、「市場ベース型」(アングロサクソン諸国)、「アジア型」(日韓)、「大陸欧州型」(独仏など)、「社会民主主義型」(北欧諸国)、「地中海型」(伊西など)という五つの資本主義モデルが説得的に示される。

経済的均衡か政治的均衡か
 資本主義のモデル的多様性の奥には、制度の多様性がある。市場競争、労働、金融、福祉、教育などの面で、各国はさまざまな制度を作っているが、それら諸制度はまことに多彩である。では制度とは何か。そして制度の形成・維持・改廃はどのようにしてなされるか。近年の主流派制度理論は、制度を諸個人のゲームの均衡点として、経済主義的に捉える。
 だが、制度とは、そのような平等・同質の諸個人によるゲームの所産などではなかろう。とりわけ制度の変更などの局面では、「郵政民営化」問題を引き合いに出すまでもなく、制度は異質な諸集団間の同盟と対立と妥協の所産としての、意図的・政治的なデザインの結果としての相貌を露わにする。制度の形成や変革はすぐれて政治的な過程なのである。こうしてアマーブルは、「政治(経済)的均衡」としての制度を理論の提起する。
 資本主義の多様性の根底には、各国社会に根ざした「政治」や「妥協」の多様性がある。グローバリゼーションやアメリカン・スタンダードが叫ばれる今日、本書は日本経済の針路を考えるためのよき羅針盤となる。


(やまだ・としお/九州産業大学教授)