2005年09月01日

『機』2005年9月号:「今を、いきいきと生きよう」 I・イリイチ

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死を見つめない社会の成立
 ひとつの生命や地球上の生命ということばの使用に関するわたしの考察は、いくつかの段階を経てきました。
 まず60年代のわたしは、かなり無邪気に、力強く生きることによって世界を打ち砕くことが可能であると信じていました。わたしは、いきいきと生きることを力説するとともに、意識的〔自覚的〕に生きることを祝福していました。意識ということばが、やがて生命ということばにとってかわられるかもしれないなどという懸念はいっさい抱かずに。
 その後70年代になって、わたしが特に関心を寄せたのは、社会の「医療化」、すなわち精神の医療化と、あらゆる身体的環境の医療化という問題でした。それを通じてわたしが考えたのは、死ぬ能力が破壊され、わたしの死が「医療による殺人」にとってかわられようとしているということでした。わたしは『医療の限界』の中で、医療化によって生じる三つの主要な文化的帰結のうちの一つとして、死を見つめない社会の成立ということを論じました。そうした社会においては、人が自己の死すべき運命を受け入れながら生きることの神秘さと美しさが失われてしまうのです。

十四世紀の「死の舞踏」
 その後わたしは、自分がある歴史的な事実を発見したと考えました。それは、十四世紀のはじめに死者たちの舞踏が死〔死神〕の舞踏に変化するとともに、死というものがこの世界に現れたという事実です。この時代、人は死すべき存在であるという観念は、ある独特な絵画形態のうちに具象化されていました。その絵画に登場する人物はみな、誰かと腕を組んで踊っています。その誰かとは、死体になったかれら自身の分身なのです。これがいわゆる死の舞踏です。しかしそのイメージは、1340年頃、まったく急激に変化します。それはもはや、各人がみずからの死すべき運命を抱擁しながら死ぬまで踊り続ける姿ではなく、砂時計を手にした骸骨男の笛の音に合わせて踊る骸骨たちの群れとして表現されるようになります。わたしの目の前にあるのは、歴史上はじめて、自然の力として理解されるようになったものの擬人的な表現であるということ。と同時に、それはもはや、人が誕生して以後、命あるかぎり終生抱えていなければならない本質的な制約として理解されることはなくなったということです。この時点から、力としての死が、そのような気味の悪いしかたで表現されるようになったのです。

生命が世界の超越的な基礎となった80年代
 70年代には、この自然的な力としての死という観念が、しだいに、その反転物へと、つまり、一生命としての生命へと転化していくのがわかりました。生命は、死のように抽象的なしかたで擬人化されるのではなく、受精卵や青い地球として、あるいは、医師がその生命の敵――死――から守らねばならない患者の姿として表現されるようになったのです。
 その後80年代になって、わたしはますます一生命と称されるものが実体性の影を帯びるようになったという認識、あるいは、それが物質的なものになったという認識を抱くようになりました。生命が世界の超越的な基礎となったこと、それゆえにこそわれわれはこの世界で「〔複数形の〕生命」について語ることができるということでした。生命はまがいものの神となり、受肉してわれわれの罪を贖ってくれた神を否認するものとなったのです。
 そして、この90年代において、わたしの嗅覚も本能も、さらには理性も、わたしにこう告げているのです。すなわち、われわれはいま一つの歴史的な敷居、ないしは分水嶺の上に立っており、宗教心の新たな段階に移行しようとしているのかもしれないと。
 わたしがここで言っているのは、世界の被造物性をことさらに強調し、受精卵であれバラであれ、それらを被造物として語る一方、その創造者については一顧だにしない場合の、存在のしかた、語り方、指示のしかた、知覚のあり方のことなのです。被造物、あるいは生き物ということばは、つまり信仰の対象たることば〔神〕から切り離されました。それゆえ、会話の中で、とりわけエコロジーの領域に属する会話の中で、被造物について論じられる場合、神や創造者については、それがあたかも合理的な仮説であるかのように語られることがますます多くなっているのです。
 わたしは五年前に、「生命なんて糞くらえ!」と発言して、そこに同席した150人の聖職者たちを驚かせました。わたしはそのことばを、公式に、かつ厳粛な呪いのことばとして口にしたのです。ところが、いまやわたしはそのときよりも二重、三重に力を込めて、こう言わなければなりません。つまり、「仮説としての神なんて糞くらえ!」と。かの聖域、すなわち、それらを通じて生命が――無である生命が――姿を現す、青とピンクの二対の聖域とは、そうした聖域が成立することによってまさに準備されるのは、神というものを、やむをえずあたかも実在するかのごとく、そこに存在するかのごとく扱う必要がある者とみなすような世間の風潮であるということです。

「今を、いきいきと生きよう」
 「われわれは未来をもたない」ということを知っておくことは、意味をもち感覚に訴えることばと明晰判明な観念を用いて思索や考察をおこなうために必要な条件だと思います。明日というものはあるでしょう。しかし、それについてわれわれが何かを言えるような、あるいは、何らかの力を発揮できるような未来というものは存在しないのです。われわれは徹底的に無力です。われわれは、芽生えはじめた他者との友情をさらに拡大していく道を探ろうとして、対話をおこなっています。そして、その場合の他者とは、自己の無力さや、われわれの結合された無力さをともに味わいうるような他者なのです。わたしは一個の原子でもなければ、一個の美でもありません。世界を一個の全体としてとらえる以上、人間の時代は終わった、あるいは、とっくの昔に終わっているという事実から目をそらそうとするのとは対極的な雰囲気を生みだすことができるのは、いまこの現在を、それが世界を救うのに役立つからではなく、美しいものであるからこそ祝福しうるようなセンスです。そうした饗宴の場では、自覚的に、生命に対置されるかたちで、いきいきと生きることこそが祝福されているのです。
 われわれが転換を遂げる方法は一つしかありません。それは、いまこの瞬間〔自分が〕こうしていきいきと存在していることを深く楽しむことであり、お互いにそうすることをすすめあうこと、しかも、できるだけ裸の〔ありのままの〕姿でそうすること、つまり、裸のキリストにならって裸の姿でそうすることなのです。
 正気を失っていないかぎり、わたしが責任を負うことができるのは、自分がそれに関して何かをなしうるようなことがらだけです。責任というのは、長い間法律の世界で使われてきたことばです。法的概念としての責任は古くから存在していました。〔これに対して〕一般概念としてのそれ、あるいは漠然とした倫理的概念としてのそれは、比較的最近のものです。それはある独特なタイプの倫理にほかなりません。すなわちそれは、自分が責任を負っているものに対して、自分は何かをなしうるという信念と結びついた、独特な倫理なのです。こんにち、ある種のデマゴーグたちはもちろん、哲学者たちも、人びとはこれこれのことがらに対して責任を負うと説いているわけですが、そうしたすべてのことがらに対して、何か効果的な、意味のあることを誰もがなしうると考えるとすれば、それはまったくの幻想にほかなりません。それは、わたしのいう新たな宗教心の基礎をなす考え方としてうってつけのものであり、それによって、人びとはかつてないくらい支配されやすく、管理されやすい存在になるのです。
 それゆえわたしは、〔人びとに〕「今を、いきいきと生きよう」と呼びかけます。あらゆる痛みや災いを抱えつつ、この瞬間に生かされてあることを祝福し、そのことを自覚的、かつ儀礼的に、また、率直に楽しもうと呼びかけるのです。わたしには、そのようにして生きることが、絶望や宗教心――あの非常に邪悪な種類の宗教心――に対する解毒剤になると思われるのです。(談)(訳・高島和哉)

(Ivan ILLICH/思想家)
※『生きる意味』より収録(構成・編集部)