2005年05月01日

『機』2005年5月号:〈鼎談〉子守唄よ、甦れ 松永伍一+市川森一+西舘好子

前号   次号


有史以来、唄い継がれてきた子守唄は、人々の暮らしや生活の中から生まれた「心の唄」であり「魂の伝承」でもあった。その子守唄が、なぜ喪失してしまったのか。子供たちの未来に向けて、人と人との温かく豊かな関係を築いていくために、今こそ、人間にとって子守唄とは何か、そして子守唄をどうやって甦らせるのかを考えたい。(編集部)

子守唄の弔い合戦
松永 明治時代から子守唄は受難の歴史を踏んでいました。明治初期、学校教育がはじまったところで子守唄は犠牲者になった。戦争中もそうですね。「産めよ殖やせよ」という国策のなかで、どんどん産めというんですけれど、わが子をいとおしむという発想はやめろと、国のための人的資源なんだから。そして丈夫な兵隊になって死んでくれって、そういう発想のなかで子守唄は死んでいく。だから何回か子守唄の受難史がくり返されているんです。いまようやく弔い合戦みたいな意味で子守唄運動が行われている。


西舘 明治以来、日本がたどってきた道のりは、ほとんど戦争の歴史じゃないですか、戦後六十年たった今も、それをずっと引きずったまままだいる。時代には確かに罪があるかもしれないけれども、命の唄である子守唄そのものにはじつは罪はないはずなのに、なぜ受難を、というのはたんに個としての歌だから受難になったんでしょうか。


松永 近代化のなかでの脱亜入欧という発想でしょう。つまりアジア的なものではなくて、ヨーロッパ的なものに入っていく、それを取りこむことによって、近代化は進められるべきであるという基本的な発想がありましたね。そういう点で汚れた、ひなびた歌は、邪魔者なんです。子守唄のもっている個人性ではなくて土俗性なんです。土俗性が教育の中にしみこんではいけないから、それを排除して、上澄みのところでいこうという方向性にこだわったのです。沈澱したものはいけないという発想なんです。

子守唄は「いのちの讃歌」
市川 このごろ感じるのは、つくづく子守唄の土壌というのが根底から失われているんだなと。そこでどうすれば甦るだろうかというのは、私も関心があるんですが、果たして甦るんだろうかという懐疑的な思いも、じつは強くありましてね。
 にもかかわらず子守唄が、松永先生のお仕事が火種になって、いまほんとに広がりをもっているのは、一つには貧しさへの回帰というんですか、物質文明の行きづまりのなかで、貧しさを経験したことのない私たちが、貧しさのなかからこんなに美しい歌が生まれいでたということを通して、何か物質社会では得られない、そしていまは明らかに失われてしまった世界を、その子守唄を通して偲んでいるのではないかと思える。私も、松永先生がおっしゃるように、本当に貧困と汚らしさのなかから子守唄は生まれたんだろうと思うんです。


西舘 いまは豊かだけれども、実はもっと貧しいことがいっぱいあるんじゃないかと思うんです。貧困からきてる日本人の心とか、命のリズムとかにみる日本の風景、そういうものがどんどんなくなっている。その土地にしかない、日本人の暮らしが失なわれてきている……。私が日本子守唄協会をはじめるときに、子守唄を暮らしの基本になるもののなかで位置づけをしてください、と松永先生にお願いしました。そのとき、子守唄はおおいなる「いのちの讃歌」でなければいけないというのをいただいたんです。子守唄をその「いのちの讃歌」という位置づけのなかに置きたいというのは、私の中でもいまも変わらないものです。

人類の鎮魂歌は子守唄か
松永 「不足という状態」が不足しているんです。物が足りないとか、これがほしいとか、思うことは少なくなりましたね。あり余っています。本当に人間が自分に向かいあいながら、何かが足りない、これを補いたい、満たしたいという願望があるから、不足というのはエネルギーになっていくし、自分を支えるんでしょう。欲しくなればすぐ手に入る不足のない時代というのは、逆に不幸な哀しい時代ですね。


市川 いずれこの人類というものが滅んでいく時に、その鎮魂歌はたぶん子守唄なのかなと、お話をうかがいながらふっとそんなことを思いました。私はもうちょっと物質文明から解放された、貧しくてもいいから幸せでありたいというところに回帰をしたいという、子守唄を聞くとそういう気持ちに誘われるんです。だから本当に貧乏になってしまいたいということではなくて、あまり物をほしがらない精神みたいなものになっていけないかしらんっていうくらいのレベルですが、たぶんしかしそれも無理だろうと、人類は。ニーチェじゃないけれど、ひたすら最後に行き着こうとする川の流れのような生き方しかできないとすれば、その最後に歌われる歌が子守唄なんだということは、一抹のなぐさめにはなりますね、私には。


西舘 私は日本人の心の忘れものだと思うんです。忘れものを取り戻しに行くという感じ……。

(まつなが・ごいち/詩人)
(いちかわ・しんいち/脚本家)
(にしだて・よしこ/日本子守唄協会代表)
※全文は『子守唄よ、甦れ』に収録(構成・編集部)