2004年10月01日

『機』2004年10月号:音霊の詩人――わたしの心のショパン 遠藤郁子

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乳がんから立ち上がる
 『音霊の詩人――わたしの心のショパン』は私の体験に基づいた「音楽論」です。
 私が四十五歳のときのことです。
 ストレスに満ちた生活の中で「ピアニストにとっては致命的」といわれる乳がんを患うことになりました。そしてそのとき、「この世の目に見えるもの」一切をも同時に失いました。
 しかしそれは最も大切なものに気づくきっかけでもあったのです。
 心身ともに「あの世と、この世を行ったり来たり」するなか、「縋れる藁は音楽のみ」という文字どおり「無一物」のどん底からステージでの復活をかけた再出発。
 その再起の道のりのなかで「気づかせていただけたもの」が、そのまま私の音楽論になりました。喀血を繰り返しながら、この世に美しい「音霊」を遺してくれた、「そのとき」のショパンの心境が、自分が血だらけになってみて、はじめて理解できたように感じられたのでした。

「ジャル」=「もののあはれ」
 ひとりの人間として、遠い時代、遠いポーランドに生まれたショパンと、一対一で向きあうとき、ショパンの響きは時空を超えて私たちに語りかけてきてくれます。
 それは日本人にとっては、ポーランド語でいう「ジャル」、そして日本古来の「もののあはれ」というふたつの言葉の接点でもあります。
おそらく、この音楽論は日本人も、ポーランド人も、ましてやフランス人も、触れたことのない、まったく私独自のショパン論になっているとおもいます。もし、ショパンがこの本を読んだら、お腹を抱えて笑うかもしれませんね。

一番大切なものはなにか?
 音楽コンクールの内幕にふれたのは、若いピアニストたちにとっても、ピアノを教える立場にある教師たちにとっても避けて通ることのできない現在の「コンクール至上主義」ともいうべき現象と、もっと覚めた目で向き合ってほしいと思ったからです。音楽をするうえでも、人生を送るうえでも「一番大切なものはなにか?」という、一番根元的なことに、早く気づいてほしいのです。

読者との対話
 「私の演奏によるCD」をつける、という条件で書きはじめたこの本ですが、わが家の自宅のスタジオの、四十年来苦楽を共にしてきたハンブルグ特注のスタンウェイでの収録は、この本を読んでくださるであろう方との一対一の「アットホーム」な雰囲気を念頭におきました。私の声でナレーションを入れたのも、一方的ではありますが、私と読者との対話願望かもしれません。


 コンサートホールではない。
 衣装もつけない。


 それは面をつけない直面での一切の演出を排した演能のもつ難しさでもありました。一種の実験のようなものであったとおもいます。
そして、それはもしかすると、世界的に閉塞感のある、クラシック音楽の在り方に対するひとつの実験でもあるかもしれません……。

すべてのことは、神に至る
 この本を書いている段階で、さまざまのことに気づかせていただきました。
 西洋音楽と、キリスト教の切っても切れない関係はいままでに指摘され続けてきたことです。しかしショパンの響きは、キリスト教の枠に収まりきらないもの、アニミズムまで遡らなければ解明できない「響き」なのでは?ということに思いが至りました。
 このことは、人間の古来からの営みとしての「祈り」に基づく、「宗教」の問題に項を改めて、記さなければならないときがいずれ来るような気がしています。
 すべてのことは、「そのこと」や、「そのもの」をつき抜けて、「神に至る」、ということを再確認させられた良き機会でもありました。

(えんどう・いくこ/ピアニスト)