2004年10月01日

『機』2004年10月号:イリイチ平和論の根源性 鈴木一策

前号   次号

コモンズにしかけられた戦争
 高度成長以前、豊かな養生の知恵が確実に存在した。旅の疲れに足の三里、冷えには足指の裏内庭(ツボのひとつ)に灸を据える。山野に自生するゲンノショウコはその名のとおり下痢に、苦いセンブリは胃痛に効くといった知恵を持ったお年寄りが無数に存在した。今では死語に近い「自家薬籠」の庭があり、庶民は薬草を分け合っていた。土地には特有の病があり、癒す薬もあるとする「土地有薬論」、身体と風土とを切り離さない「身土不二」の思想こそ、イリイチの土着的な「共有された慣習の総体」に対応する。
 このコモンズを根こそぎにしたのが、アメリカ支配下の/経済支配下の「平和」であり、この「平和」路線を進歩=近代化と受け取り、開発に突進していったのが戦後日本であった。「平和とは戦争のない状態」「その平和を維持するには手練手管が必要」との平和観がこの経済成長路線を下支えする。左翼も右翼と同様に下支えしてきた。その病の深さは、先の知恵を迷信の類の気休めと見下す訳知り顔の科学信仰者の量産、金さえだせば健康になれると信じ、養生を医療にすりかえた専門家集団に身を任せる膨大な人々の群れに現れた。村落共同体には村八分があり、水争いがあり、地主と小作の抗争があったが、かろうじてコモンズが生きていた。しかし、そのコモンズまでが封建的なものとして葬り去られた。イリイチは、この近代化こそパクス体制がしかけた新種の戦争だ、と見抜くラディカルな思想家であった。

マルクス主義とフェミニズムの盲点
 そのイリイチは、賃労働・資本の対立を軸にした『資本論』の盲点を鋭く衝いた。マルクスが対象としていた一九世紀に、それまで「生活維持の営み」のために抵抗し蜂起していた「群衆」が、なぜ突然、個々の賃金や個々の権利を守るために闘争する「労働力」に変質したのか。セックスが経済的に分割され、家事の領域と公的領域とが分断され、女が家庭に囲い込まれたためだ(『シャドウ・ワーク』岩波現代選書、二〇六頁)。『資本論』の盲点は、イリイチが照らしだした「前例のないような、性的なアパルトヘイト」(二二一頁)だった。マルクスは、危険で不衛生な幼児や女工の労働、アヘン常用によってすさんでゆく母性には注目したが、「産業社会の生活様式」を男優位の労働者階級が下支えしているとの認識は持ちえなかった。
 産業社会の管理にふりまわされ、進歩という影法師に駆り立てられたシャドウ・ワーク、家庭に囲い込まれた女の「冥界の労働」(「失業」した男も強いられているのだが)が、土着的な文化から、ことに土着的な仕事と道具から切り離され、勢いを失い品格を奪われていることをイリイチは強調する。この「生活維持の営みの面で実りのない労働を強られ、勢いをそがれている」家事労働に対して正当な支払いを要求するフェミニズムに、イリイチは隠蔽を指摘する。経済面で差別されるばかりでなく、勢いを発揮し品格を保っていた仕事と道具から女が分断された悲劇に、フェミニズムは注意を払っていないというのだ。このフェミニズムへの苦言は、平等な「権利」をふりかざす運動のすべてに向けられている。
 ただ、「稀少性」の枠組みで経済支配下の平和を論じるイリイチはラディカルだとしても、『資本論』でマルクスが格闘した価値・価格論の問題が抜け落ちていることに注意しなければならない。詳しくは、『環19号』掲載の拙稿、および近著『ハムレットとマルクス』をご覧いただきたい。

(やまだ・としお/名古屋大学教授)