2004年04月01日

『機』2004年4月号:都市とは何か A・コルバン+陣内秀信

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都市にとって水とは何か
陣内 まずは水ということから始めたいと思います。そもそも水の存在、都市の水の空間というのは、時代の価値観を本当によく映すものだと思います。時代の変化とともに水の役割や意味がどんどん変わってきたと。多分フランスもそうだと思います。特に日本はそうで、まず一番最初の水の役割は、東京の中を見ますと中世から水辺にお寺やお宮ができているんです。その発想は江戸時代になっても受け継がれます。水に対して聖なる意味を感じるかどうかは、日本とフランスの都市の比較にとって興味深い論点のひとつです。日本人、あるいはアジアの人々は昔から水に聖なる意味を感じる、死後の世界につながっているということもあり、あるいはみそぎとか、身を清めるとか、そういう考えがやはり根本にあると思います。ですから早い時期、江戸の前半ぐらいまでは、水際に宗教空間ができるということがしばしばありました。
 しかし、やはりだんだん水辺を、もうちょっと利用していくことになっていきます。その一つとして、宗教空間の周りが人の集まるレクレーション空間、名所、遊び場にもなっていく。それと、水を制御しながら掘割を整備し、舟の交通に使う。したがって江戸の都心部の水辺というのは市場ができ、そして蔵が並び、本当に流通経済の中心になります。同時に、しかし少し町の中から出ていくと、隅田川の周りとか江戸湾のウォーターフロントには遊びの空間がたくさんできる。もちろん、水辺には産業の施設もありました。したがって江戸東京の中の水辺空間は非常に多様に利用されている。
 だけれども近代になると役に立たないものはどんどん捨てていくという発想が非常に強まるので、まず宗教的な意味合いが失われる。それから水が汚れるので遊びの空間の意味が失われる。最後まで舟運は残っていたんですけれども、これも戦後失われる。急速に水辺の価値をだれも認めなくなって、もう埋めてしまう、あるいは高速道路をかけてしまうということが、1960年代に急速に進んで、東京のあれだけ美しかった水辺が、1960年代にみんなだめになります。
 ところが1970年代になると工業化社会が大分終わるので、また新しい価値観が登場して、水辺を大切にする、復活するという動きが急に出てきまして、特にこの10年ぐらい、各地で、東京のようなところでも水辺を再生する、川を再生する動きが非常に活発になりました。
 このように大きく変わってきたんですけれども、フランスの人たちは、歴史の中で水辺というもの、川、水辺をどういうふうに考え、どんなふうに都市の中で役割が変わってきたのでしょうか。

神聖性をまとわないセーヌ川
コルバン 近代のセーヌ川について言いますと、神聖な性格、聖なるものというイメージは全くありません。川沿いに「サマリテーヌ」〔サマリア女〕という名のデパートがあって、サマリア女はイエス=キリストに水を飲ませた女性ということになっていますが〔『福音書』で語られている挿話〕、これはまた別の話で、セーヌ川には神聖なイメージを歴史的に見てとることができません。
 もう一つ経済的な活動ということで言えば、洗濯場がセーヌ川によって提供されていたということです。十九世紀に、おそらく七万人以上の洗濯女たちが職業的に仕事をしていたと考えられます。
 第三番目、これは先ほど陣内先生のお話にもありましたが、東京の水辺と同じくセーヌ川にも、娯楽のための空間という側面があります。特にセーヌ川を帆船で上り下りする人たちがかなりいた。もちろんセーヌ川は川ですけれども、イメージとしてはほとんど海の港みたいなもので、実際セーヌ川を下って、河口の町ルーアンまで帆船に乗って往復したりする人が3~6万人ぐらいいたのではないか。ですからセーヌ川は娯楽の場所であり、一種のお祭り的な雰囲気を色濃く漂わせていたのです。ただそういったことは19世紀半ばぐらいまでの話で、現在では、パリが港であるとか、海のイメージを想起させるという観点は全くなくなってしまいましたが。
 セーヌ川は海につながるというイメージを示すものの一つが、パリ市の紋章です。パリ市の紋章は船のイメージで、「たゆたえども沈まず」というラテン語の文言がついています。この紋章にも象徴されるように、確かにパリは港であるというイメージが19世紀にはまだ強かったのです。

川が中心にある都市パリ
陣内 今セーヌ川には聖なるイメージはなかったというお話をうかがいましたが、世界のほかの代表的な都市と比べると、パリというのは町の真ん中に川が流れていますね。川の上に都市が発達したと言う人もいるんですね。ほかの多くの町は町の端っこを川が流れていて、だんだん町が大きくなるから町の中に川が入る。東京も京都も、ロンドンもローマも、みんな町のはずれに川が流れていたのが、だんだん町に入る。パリの場合はシテ島が重要で、そこにノートルダム寺院がそびえ、今でも中心性を持ち続けている。しかも北側に政治の中心があり、南側に修道院とか大学都市がある。ということで、パリでは川のもつ都市における意味がちょっと変わっているなと思って関心があるんですけれども。
コルバン セーヌ川が町の中心部を流れているという当初からの特徴は、フランスの他の諸都市に比べて際立った特徴であると言えるかもしれません。例えばフランス中部の町リモージュには、川はありますが、中心ではなくて割と端の方にある。パリもリモージュも、遡れば中世にできた都市形態に基づいて発展したけれども、川が町の真ん中にあるという特徴は、確かに陣内先生がおっしゃるとおり、パリの大きな特徴であると思います。でもやはり、セーヌ川に聖なる性格が認められたことはないようです。