2004年01月01日

『機』2004年1月号:“環境病”とは何か 松崎早苗

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環境ホルモン問題は一層重要に
私は、日本の知識層の中に環境ホルモン問題を揶揄したり、大したことではないと思い込ませる動きがあることを非常に残念に思う。「仮説」が科学界の権威からではなく一般書として出されたことを快く思っていないことの表れであろう。
 コルボーンがエンドクリン仮説(環境ホルモン仮説とも言える)を提唱した後、われわれはいち早『環境ホルモンとは何か1・2』(藤原書店)を発表したが、この仮説が人類社会に及ぼす影響の大きさと問題の複雑さを認識して、雑誌『環境ホルモン』としてフォローアップすることを決めた。今回、第4号を出版する。
 日本の知識層の風潮とは異なって、この問題の重要性はますます高まっている。なぜなら、エンドクリン仮説を機に微量化学物質の生体影響研究が非常に進んだばかりでなく、医学の基礎研究も飛躍的に進展して、本来の生体機能についても新しい見方が出てきたからである。身体の生命活動の秘密を正しく知る必要から、これまでの専門領域が融合して研究が深まり、コルボーンすら予言していなかった広がりを見せている。すなわち、内分泌系は脳・神経系や免疫系と体内で化学信号を交換し合っている(クロストーク)ことが分かってきたので、外因性化学物質の一次影響だけをつかまえて、これは環境ホルモンであるとかないとか決めつけることができなくなった。

“環境病”とする理由
 かつての「公害病」は、一つの環境汚染物質に一つの病気が対応するとの前提であったが、現代の環境汚染からの健康影響は特徴が異なる。外因性化学物質の作用はますます複雑なことが明らかになってきたが、それを受け入れるわれわれの身体の側はたった一つで、トータルとしてそれらと戦っているのであり、ある場合には先天性障害に、ある場合にはがんに、又花粉症に、化学物質過敏症に、リウマチや糖尿病といった慢性病に、陥る。それらは「環境病」と総称すべきで、そう呼んでこそ公衆衛生問題としての位置づけが可能となる。
 その理由の第一は、汚染物質があまりにも種類が多く、広くゆきわたってしまっており、しかもその影響がたいてい未解明であるため、どこから何をとりこんだために病気になったかということすら判然としない場合が多いことである。第二の理由は、身近なゴミの大半がプラスチックであり、その廃棄処理過程における物質の反応や形態が分かっていないことである。プラスチック生産量から推察すれば、21世紀最大の環境圧力になるだろう。第三の理由は、すでに30年、40年という年月の間にさまざまな化学物質を浴びて身体の側に変化が生じている可能性があり、そこに化学物質が作用すると過敏な反応が起こったり、耐える力がなくなると考えられる。第四の理由は、誕生以前の摂取によって発達過程に生じた身体のわずかな機能変化が重要な役割を演ずると考えられてきたことである。一と二は社会の化学物質利用と管理に関する問題であり、三と四はわれわれが新たに直面している生物学的・医学的出来事である。

公衆衛生政策への提言の意を込めて
このような視点から公衆衛生政策への提言の意味を込めて、第四号で「環境病」を特集し、基礎と臨床の医学者の良心と、被害に苦しんでいる人々の声を記録した。
 医学専門分野からの寄稿者は、脳科学の黒田洋一郎、有機リン農薬影響の石川哲(インタビュー)、放射線と化学物質の発ガン性研究の野村大成、農薬被害患者を診ている臨床の青山美子、回虫の免疫機能の藤田紘一郎という方々である。いずれも生涯をかけて取り組んできた専門の立場から「環境病」へのアプローチに重要な示唆を与えている。化学物質の被害者としては、和歌山県の三舟幸子、横浜市の村山澄代・安夫妻、杉並区の津谷裕子・和男夫妻が寄稿している。これに、最近の生活習慣病キャンペーンを批判する吉岡やよい・斉の論文が加わる。
 特集の他には、イラクで使われた劣化ウラン弾の報告を藤田裕幸が、カネミ油症事件から30年後の市民調査報告を水野玲子が、代替フロン国際条約の政治分析を松本泰子が行う。(敬称略)

(まつざき・さなえ/環境化学)