2003年11月01日

『機』2003年11月号:科学者の目で見た有明海荒廃の真実 江刺洋司

前号   次号


諫早湾干拓をめぐる議論の誤りを厳密な科学的検証から暴く!

環境問題への関心の世界的な高まり
 国連という政治・経済問題に関する人類全体の調整機関に委ねられないほど、惑星地球号の環境は産業革命以降の生活様式の革新的変貌によって劣悪な状況となってしまった。そこで国連は、これらの環境問題に宗教・人種を超えて取り組み、各国政府の合意を得るべく第一回地球サミット(リオデジャネイロ、一九九二年)を開催し、多くの課題を一つずつ片付けることにした。サミットでは、一部の研究者が「このままでは太陽系の寿命(五千億年)よりもごく短い年月で『水の惑星』が灼熱の惑星と化すのでは」との不安を表し、その不安は各国の専門家にも浸透し、この地球を少しでも長く人類の住処とするための最大の課題は温暖化の防止であると強く認識された。

繰り返される日本の過ち
 上記のようなことと比較すれば、有明海の荒廃などということは取るに足らない些細な日本の国内問題として処理すべきかもしれない。ただ、地球サミットで取り上げてきた各問題で、アジア地区からの代表として指導的役割を果たしていた日本が、有明海の荒廃が(本書でも詳しく論じたが)有機酸剤依存のノリ養殖法に原因があることを知っていたにもかかわらず、情けないことに、韓国には輸出用の高価なノリを養殖させるためであろう、日本の間違ったノリ養殖法を模倣した法令を韓国に施行させるまでに影響を与えてしまった。日本も批准し国内法としても整備した「生物多様性保全条約」に違反するだけでなく、そのような種々の国際法違反を他国にも押し付けるに等しい行為を行なっている現状は、その条約の起草に関わった一人として放置できない問題であった。 かつて、日本は東南アジアの森林を丸裸にして世界中から避難を浴びるという苦い経験を持つにもかかわらず、有明海荒廃の原因でもある有機酸剤のメーカーは既に工場を中国に移転しているとのことであり、今回、韓国のノリ産業に適用された悪法が広大な海岸線を有する中国にまで普及する可能性がある。現在日本国内に普及しているノリ養殖法が欠陥法であることを知っている科学者はほんの一握りであり、この事態を食い止めるためには、まず日本人にこの悪法が有明海の荒廃をもたらした主犯であることを知らせる義務があると感じた。

故広松伝氏を悼む
 一度だけではあるが、幸いにも、荒廃した有明海を再生させるべく奮闘しておられた故広松伝氏にお目にかかり、現場を見せて頂き、説明を受け、ことの重要性を認識する機会を持てた。私が有明海荒廃の原因を科学的に分析し、それを説明するに際して、彼が以前に藤原書店から出版した著書(『よみがえれ! “宝の海”有明海』、二〇〇一年)を参考にして筆を進めることが、読者の理解を得やすくするのではと考えた。また、荒廃の原因の理解が得られればこそ、故広松氏の“宝の海・有明海よ、よみがえれ”という願いに応える手法を、地元の方々は見付けることができるに違いないと思われた。日本が世界に誇るべき、特異で貴重な自然環境であった有明海を誰がどのように破壊してしまったのか、ここで展開された科学的論理が日本の将来における環境行政の発展にも貢献できるような内容にしたつもりである。

(えさし・ようじ/東北大学名誉教授)