2003年07月01日

『機』2003年7・8月号:対談 「読む」とは何か 竹内敏晴+松居直

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「からだでヨム」こと
竹内 私が「からだでヨム」と呼ぶことは、ドラマの創造行為のプロセスでもありますが、「からだとことばのレッスン」という形で人との関わりにおける現象をくり返し問い返してきた中で気がついて来たことです。こんなことがありました。 ――なくなった友人宮本研の若い頃の戯曲で、幕が開くと、半開きになった押入れの中の男に向って少女が怒鳴っているのがあります。これを稽古してる時、いくら女優が感情を爆発させてわめいても、相手の男にしてみるとあっちでワァワァ騒いでるとしか聞えない。オレとはカンケイナイよ、と言うことがありました。これはなぜだ、これでいいのか、という疑問から「呼びかけのレッスン」が生れた。人が人にほんとに呼びかけるとはどういう行動なのだろう、と。こうして稽古をし直してゆくと、少女はただ怒りを爆発させてるのでなくて、「とにかく出てきて顔を見せてよ」とからだ全体で訴えてるのだとヨメて来る。 「からだでヨム」とは、ある意味で「人の身」に、つまりその状況に身を置いて、その人の目で世界を見ようとする試みと言ってよいでしょうか。

ヨムことの現在
竹内 ひどく大ざっぱな言い方をしますが、今はことばの崩壊期だと思うのです。敗戦直後の混乱期を経て高度成長期、反面を言えば農村共同体の解体期、から消費社会成立期まで、ある上昇に伴う安定期に、いわゆる中流社会の成立と共に日本語としてはいわゆる標準語がかなりの広がりにおいて定着した。生活感をかなりな程度捨象された、そして近代ヨーロッパの理性主義的文脈をある程度担いうる、情報伝達パタンとして。それが崩壊しつつある。こう言えばこう答えるのが当然と思い込まれていたパタンが通じなくなる。たぶん三〇年前若者たちが自分たちの状態の表現として「ムカツク」ということばを見つけだしたころからそれは顕在化したのだろうと思います。他人を受け入れることも拒むこともせず宙ぶらりんで、次第に自分を表現することを拒み始めたからだたち、ことばは最早コミュニケートのためというよりは、孤立を防衛するための弾幕のようなものになりつつあるようです。 こういう状況に応じてことばは二つの方向に分化してゆくように見えます。ひとつは勿論、高度情報化社会の成立に伴う、軍事技術に先導され電子情報に先端化されるデジタル化された多様な信号たちで、もう一つは、ことばの解体 ――というより喪失と言った方が近いか。たとえばひきこもりとか摂食障害とかさまざまな様態の病む人たち、不登校や保健室につめかける多くの子どもたちなど広範に見られる、表現を失ってゆく傾向です。 しかしことばの解体は、家族を第一として、これとかかわる人々にとって、全く今までと異質の、からだとことばをヨム力、じかにからだにふれからだがみずから感じ見つけ出す表現、を生み出すことに、必死にかかわらざるを得なくさせます。からだと、解体したことばの断片を、在来の思考=言語パタンから外れてヨムことを、逆に、未成熟なことばの断片を新しい言語表現としてなんとか記録することを。それを他人がヨム、理解できるためには在来のことばとの橋渡しと統合のためのはてしない討論が要るでしょう。そこに新しい介護や看護、いや一般に臨床と名のつく学(医学・心理学・教育学・哲学など)すべての成立がかかっている、と言っていい。ここでは常にヨミ、吟味する主体自身のからだとことばが吟味批判されざるを得ないし、解体しなくてはならない。この全過程が新しい意味で「からだでヨム」ことであり、そこから長い苦労を経て、新しいデジタル記号とのつながりも含めた、実践と論理の一体化した、現代というより未来の言語と学問とが生まれうる、かどうか。たぶん近代の始まりにおいてガリレオたちが手紙のやりとりで歩んだようなプロセスが、今改めて求められている、ということなのでしょう。

絵本からはじまることばの体験
松居 そういうことばの体験が、いまおとなも子どももとっても弱くなっている。けれどもたまたま絵本をよく読んでもらった子どもは、それに近いことがあります。これは二歳、三歳、四歳ぐらいの子どもまでしかできませんが、そのころの子どもで、自分の好きな本をくり返しくり返し読んでもらいますと、全部覚えてしまいます。その覚え方に特色があるんです。原文と一言半句違わないで覚えるんです。 これは原文と一言半句違わないというのが特色なんです。小学校ぐらいになるともうできません。おとなになると全然できません。一番典型的な例は俵万智さんです。俵万智さんが三歳の時に、『三びきのやぎのがらがらどん』を全部言えたと、エッセイに書いています。「二歳から三歳までに毎晩、母に何度も読ませていた」と書いてありますから、おそらく千回以上聞いているんです。 三びきのやぎの吊り橋を渡る音が違う。「ガタンゴトン ガタンゴトン」というのと、「ガタゴト ガタゴト」というのと、「カタコト カタコト」というのと、これは私の子どもも全部覚えていました。俵さんは、「三歳の時にある日絵を見ていたら、ことばが全部出てきた」と書いてあります。めくっていくと、どんどん言えた、まだ字は読めないけれども。最後の「チョキン パチン ストン」の、話はおしまいまで言えたというんです。私は、そうか、いい体験をされたんだねと思ったんです。その物語を聴くのが何よりの喜びでしょう。ことばというのは喜びだと……、楽しいことばを全部食べちゃうんです。ぼくは「食べる」としか言いようがないと思います。その食べたことばが血肉になっているものですから、絵を見た途端それが出てくるんです。それがいつ出てくるかはわかりません。俵さんの表現の原点は、これかと思いました。聴くことが喜びだったのが、お母さんが読むのとまったく同じように自分で言えるわけですから、こんなに楽しいことはありません。ことばで表現するというのがどんなに楽しいことかというのを、彼女は三歳の時に知ったんです。だったらあの生き生きしたことばの使い方はわかるよと、私はそれで納得したんです。 そういうことばと喜びとが一つになったときに、ぼくはことばの命というものが感じられるんだと思うんです。そしてことばの世界を自由自在に耳から出たり入ったりして、楽しい体験をもっているものですから、ことばが大好きになっているので、文字を読むという技術を習得したときにその技術を見事に駆使できる。いままで耳だったのが、目にチャンネルを切り換えるだけですから。そうしたら、どんどんどんどんことばの世界に深く入っていく。そういう実例が、読書感想文を読んでいますと、子どものなかにいます。あ、この子どもは原作者を越えてるっていうのが(笑)。子どもはすごく深く入っているんです。だから子どものことばの力というのは、聴くことからはじまって、そして読むというところへつながっていくんだと思うんです。(抜粋)

(たけうち・としはる/演出家)
(まつい・ただし/児童文学家)

  
(構成=編集部・全文は『環』14号に掲載)

※全文は『患者学のすすめ』に収録(構成・編集部)。