2003年06月01日

『機』2003年6月号:清(ちゅ)ら島の真振(まぶい) 海勢頭豊

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伝説のミュージシャンが沖縄の美しい精神世界を初めて語る

沖縄の言葉の謎
 沖縄は謎に満ち溢れた所。そもそも何故、台湾に近い与那国島までの琉球が、日本語圏なのか。長い中国との関わりがありながら、何故に古代の日本語を伝え残しているのか。何故、友という言葉を使わずに同士(どうし)を使うのか。何故、魂のことをマブイと言うのか。言葉の謎は数えあげたら切りがない。
 逆に沖縄からヤマトに目を向けると、何故、大きな和と書いて大和(やまと)と無理な読ませ方をしているのか。何故、沖縄では平気に部落という言葉を使うが、ヤマトの国では差別用語にしているのか。何故、二十一世紀の今日まで、日本政府は沖縄を差別し続け、日本の歴史の真実を隠し続けて美化しようと努力しているのか。考えたら切りがない。

清ら島に生まれ、人類の罪とは何かを考える
 私は、沖縄本島中部、太平洋側に点在する島々のひとつ、平安座島(へんざじま)に生れ育ち、戦後、現代文明に破壊され、汚染され続ける、琉球の自然と清らな精神に心を痛めてきた。そして、世紀末から二十一世紀初頭にかけて訪れるであろう破局に対処するために、人類の未来に対する罪とは何かを考えるようになった。そしてその罪を総括する武器としてギターを独習し、作詞作曲をして自ら歌いながら沖縄問題を訴え続けてきた。自らの日常を美化する弱い心を打ちながら、音楽の罪のみならず、社会的常識を価値として疑わない全ての事象の罪を見つめて「破局総括試論」を書いたのは、今から三〇年前のこと。しかし、この程度のことは誰にも考えられることだからと思い、それは闇に葬った。だが、人類社会は益々文明の罪を総括できずに混迷し、混乱してしまっている。

守り続けられてきた美しい祭祀
 しかしながら沖縄では、世界の崩壊現象を他所に、女性中心の祭祀が、今も静かに行われている。その神女たちが祭祀を仕切る時の祈りの言葉や、威厳ある振る舞いを見る時の感動は、こどもの頃から、今も変らない。特に、海の彼方にあるとされるニライカナイの理想郷に向って、世を願う真剣な姿は幻想的で美しい。
 しかしこれは幻想ではなく、具体的事実として、沖縄が守り通してきた神との約束である、と認めざるをえない。
 何故、神女たちの祭祀が古代ヤマトの古墳時代の衣装に似て、頭には木や草の葉の冠を被り、首には勾玉をかけているのか。
 その古風な祭祀が、神国日本の皇民化教育を受けようが、琉球処分を受け続けようが、伝統は古代から延々と絶えることなく、守り続けられてきた。
 結局、沖縄戦に到ったヤマトの皇軍による琉球支配は失敗し、日本復帰後の沖縄でも、その祭祀の伝統を見る限りに於いて、今も成功しているとは言えない。
 沖縄戦終結後の島々の神女たちは、素早く立ち上り、沖縄本来の祭祀を取り仕切る時の真振りを魂に込め、ヤマト魂に汚染された心を清めていったのである。
 絶対平和を尊い思想として祈り続ける大きな和の島を差別し、沖の縄で縛り続けるヤマトは、大和を名乗る資格はまだない。ニライカナイに大和の心を持ち帰り、平和の国造りを約束した古代のたちの活躍の跡が、私の故郷である島々に、数多く残っている。その何もない岩場を聖地として、神女たちは約束を待ち望んでいるのである。
 このようなことを考えている私が、藤原さんのインタビューを受けた。まともな話になったかどうかは疑問だが、とりあえず仕方なく本が出ることになった。

(うみせど・ゆたか/音楽家)