2011年01月01日

『機』2011年1月号:劉暁波氏との最後の会見 麻生晴一郎

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拘束の二カ月前
 劉暁波氏が拘束されたのは〇八年一二月八日。ぼくはその二カ月前、北京市内・航天橋近くの四川料理店で彼と会ったのが最後だった。自宅前には警官が張り付いており、事実上の軟禁状態に置かれていたそうだが、彼は警官を怖れず、「今の政権は現状維持をするだけで精一杯。自分たちを守るために規制を強くする以外に何もできません」と語り、尾行の刑事がいた可能性が大きかったにもかかわらず、周囲の席からも聴き取れるようなはっきりとした口調で現政権を批判した。
 〇八年一〇月と言えば北京オリンピックが終わってまもない頃で、言論や社会活動への締め付けが厳しくなるかどうかも含めて、今後の方向性がはっきりしない時期に思えたが、劉氏には政府の動向が明白だったのだろう。記憶にあるやりとりを以下に記す。


麻生 メラミン入り毒ミルク事件など、政府は被害者を助けるために無償で訴訟を行なう弁護士に圧力を加えるなど、事件の解決を望んでいるようには見えません。


劉氏 今の中国政府の指導体制ではいかなる問題も解決できません。四川大地震など大きな出来事があっても解決困難な問題は下に責任転嫁をするだけです。オリンピックで中国は大きく変わるのでないかと期待されましたが、結局それほどは変わらなかったのです。


麻生 ……オリンピックはご覧になりましたか?


劉氏 若手の警官が「開会式を見ましたか? すごかったでしょ!」と尋ねてきたから「開会式の派手な演出を見て文化大革命時代を思い出した。あの時代ならもっとすばらしい開会式になったのではないか」と言いました。


麻生 ……今の政府には何一つ期待できないのでしょうか?


劉氏 経済成長ぐらいしか期待できない政権です。ただ、経済成長も今や不動産価格が高水準になってしまい、昨年(〇七年)あたりまでの段階で住宅を買えなかった人はもはやこれからも住宅を買うことは難しいのです。一般庶民の生活は経済成長率のようには向上していません。


麻生 ……日本に対してはどのように見ていますか?


劉氏 私が日本に期待するのは、日本政府がもっと中国の民主化や人権状況に関心を持って、中国政府の人権軽視の姿勢を批判してほしいということです。

おそらく覚悟はできていた
 劉氏はその後、08憲章の主謀者とみなされて拘束・逮捕されたが、少なくとも一〇月初旬の段階では08憲章はでき上がっていたと見るべきだ。だが、一〇月に会った時には話題に出なかった。08憲章の存在はごく親しい関係者ですら直前まで知らなかったのであり、あえて語らなかったととらえるべきであろう。
 ただし、同じ席で、彼は現政権を批判しながら「知識人がもっと批判をすべきでした」。「他の作家たちにブログの開設をすすめています。ブログを作って大いに語ることです」とも言った。日ごろ彼らの文章を国内で閲覧することはきわめて難しいが、それでも劉氏はなんとか大勢の目に届くように努力をしており、その上で批判の声をさらに大きくしなければいけないと強く自覚していたのだろう。今から振り返ると、劉さんの心の中ではすでに獄中に入る覚悟ができていたように思う。

(あそう・せいいちろう/ノンフィクション作家)