2010年07月01日

『機』2010年7月号:“生きものらしさ”とは何か 大沢文夫

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 (前略)さて、自発性というのは自分でやるのだから、別に仲間とも関係なしに自分自身で勝手にやるのかと思ったら、そうでもなくて、仲間がいるかいないかでえらい違うんです。面白いことに、ゾウリムシは仲間がいないとまっすぐ泳ぎます。一匹しか入れ物に入れずに、顕微鏡で見ていますと、入れ物の端から端までシューっと泳いでいきます。大勢いますとあっちに行ったりこっちに行ったりお互いにしています。お互いにぶつかるほどはいないけれども。だから少ししかいないとまっすぐ泳ぐ、大勢いると盛んに方向変換する。自発性にも、仲間がいるかいないかが影響する。
 大勢いる方が自発性が大きい。だから自発性と相互作用とはお互いに関係がある。大勢いる方が自発性が大きいという話をしますと、勘のいい人はぱっとわかって、うちは一人っ子だったな、と(笑)。やっぱり大勢子供をつくらなければいかんな、と。人に思い当たるんです、ゾウリムシを見ながらね。大勢いる方が、新しい環境に適合しやすい。これもゾウリムシの実験でそうなったんですが、これは教育の現場ではなかなかいい話でありまして、新しいことを勉強するときには大勢いる方がいいんです。多人数教育より少人数教育の方がいいと言いますけれども、それはそう正しくはないんです。ただし、このとき大勢というのはお互いに通信しないといけない。先生から一方的に何かを教えられたのでは、何もならない。生徒がお互いにやりとりすると、大勢いる方が新しいことを覚えやすいんです。先生は別として、これを勉強したいという仲間が大勢いる方が早く覚えるんです。そういうことをゾウリムシはやっている。今のは、ゾウリムシの話ですよ(笑)。
 自発とは言いながら、お互いはお互いに影響し合っている。し合った上での自発性である。その自発性には、個体差が大きい。お互いにやりとりする方が、個性が伸びる。お互いに似てくるのではないんです。だから、「私は自分の個性を伸ばしたいために、だれの話も聞かなくて自分だけでやるぞ」とやるのはいかんのです。……いかんと言うと悪いけれども、その方がいいと思っている人がいると、それは誤解なんです。お互いにしゃべり合っている方が、自分の個性が伸びる。みんな、人で、ああ、そうかと思うようなことをゾウリムシがちゃんとやっとるという、そういうお話であります。 (構成・編集部)


(おおさわ・ふみお/生物物理)
*全文は『環』42号に掲載