2008年01月01日

『機』2008年1月号:イスラーム恐怖症の虚構 ―エマニュエル・トッド、最新インタビューほか―

前号   次号


問題作『帝国以後』に続く

トッドの最新作『文明の接近』完訳刊行迫る!

イスラーム恐怖症の虚構エマニュエル・トッド、最新インタビュー

「イスラーム教キリスト教」の虚構
■あなたは、イスラーム世界は良い方向に変化していると断言なさっていますが、あなたがそこまで楽観的になれるのはなぜでしょう。


 私は、楽観主義からものを言っているのでありません。本書にイデオロギー的な意図がないと言えば、それは嘘になるでしょう。その意図とは、ある言説に待ったをかけることなのです。
 フランス社会の上層部には、イスラーム恐怖症的傾向の言説が蔓延しつつあり、それは、イスラーム教は本質的にキリスト教と対立するものだとする言い分なのです。世界は全体としていくつかの文明に分裂しており、その中で重要な対立とは、イスラーム主義と欧米主義の衝突のことであるとあたかも決めつけているのです。ユセフ・クルバージュや私のような人口学者に言わせれば、そうした言説はまったく馬鹿げています。

■なぜですか。


 数値を見ればわかりますが、イスラーム諸国は完全に普遍的世界史の進展の中に組み込まれつつあります。まず男性の識字化があり、それから女性の識字化、出生率〔一人の女性が一生に生む子供の数〕の低下が起こるという、従来通りの古典的なシークエンスが見られるのです。

移行期ゆえの危機
 このようにして、主要な影響力は、イスラーム世界からヨーロッパに向けて作用するのではなく、逆の方向、例えばフランスからマグレブに向けて作用する、ということが確認できます。マグレブは、かつてはアラブ世界で最も遅れた地域の一つでしたが、今日では人口動態の面では、最も進んだ地域の一つとなっています。
 本書は天使のごとき美辞麗句をこととするものではありません。イスラーム世界が遅れているのは明らかですし、現在進行中の移行期が暴力を産み出しているということも、明らかなのです。それはちょうど移行期が、かつてキリスト教国において暴力を産み出したのと同様です。


■危険な状態にある国として、あなたはモロッコとパキスタンをあげていますが……


 この2国は移行期の真っ只中にあります。モロッコでの最近の選挙は、イスラーム主義の挫折と解釈することが出来ますが、最大の山場が越えられたのかどうかは、何とも言えません。もしそうだと言えるとしたら、それはモロッコ自体の変化によるというよりも、何よりも先ずアルジェリアという反面教師のおかげだと言えるでしょう。
 パキスタンの方も移行期の真っ最中です。この国こそわれわれの見解では、監視すべき国、手助けすべき国で、アメリカ政府が行なっているように、圧力をかけるべき国ではありません。

イランの近代性
■逆に、あなたはイランの近代性を断言されていますが……


 ええ。人口動態を見ると、イランが革命過程にあることが分かります。それは、かつて、ロシア、フランス、それにとりわけ清教徒革命とクロムウェルによってイギリスが経験したのと同じものです。黒衣に身を包んだ女性達のイメージやアフマディネジャド大統領の演説より奥深いところで、イランは急速に発展しています。


■イラン大統領の反ユダヤ主義の発言をあなたは少々性急に見過ごしていませんか。


 欧米のメディアはアフマディネジャドの発言に少しでもおかしなところがあると、こぞって飛びつきます。しかし彼がすでに過半数を失ったことを忘れています。また、イランでは絶えず選挙が行われており、大学に通う女性の数は男性より多いことも、忘れています。イランはその大統領とイコールではないのだ、とおおむね考えるべきなのです。
 フランスもニコラ・サルコジやベルナール・クシュネール〔「国境なき医師団」創設者の一人で、現フランス外務大臣〕等々の好戦的な発言に還元することができないのと同様です。イラン問題は、欧米人のモラルを問う本物の試金石となりつつあります。この問題への対し方いかんで、私達がどんな人間かが分かります。
 イスラームは民主主義とは相容れないと言われます。ところがイランは、民主主義が生まれつつあるイスラーム国の実例なのです。それはフランス流の民主主義ではなく、宗教的原型のせいでアングロサクソン・モデルに近いものです。完成に達してはいませんが、生成過程にある民主主義なのです。したがって主要な問題は、核兵器ではなく、次のような問題なのです。すなわち、われわれは、民主主義とはキリスト教圏に特有のものだと主張する偏狭な欧米的見方に閉じこもるのか、それともイスラーム世界の民主主義大国のトップランナーに手を差し伸べることを受け入れるのか、なのです。


■そうしますと、あなたはフランスのイラン政策に賛成ではないのですね。


 そうです。なぜなら、それはモラルにも、わが国の通商上の利益にも反しているからです。
  私はアメリカの政策には良心の呵責なき臆面のなさがあると思いますが、ニコラ・サルコジの常軌を逸した姿勢は無能力から来るものだと思っています。

社会党解体こそ問題
■ニコラ・サルコジの大統領としての最初の数カ月をどのように総括しますか。


 最富裕層には税の優遇措置、そしてスケープゴートの指名です。選挙戦の最中には、移民や郊外の若者たちが指名されましたが、今や教員や公務員などがスケープゴートに指名されています。
 サルコジはフランス人同士の対立を煽っています。これは、経済不安がのしかかる社会にあっては、まことに重大なことです。それに、富裕層への税の優遇措置と世の中を悪くする犯人とされる者の指名とは一体になっていて、同じ一つの政策の両輪をなしています。


■で、あなたの陣営たる左翼の動向はいかがでしょうか。


 私には「陣営」などありません。私が左翼だとしても、です。実を言うと、今日、本当に問題なのはサルコジではなく、社会党の解体だと思います。それは深刻で粗暴な様相を呈しており、これを理解するには大量の研究者を動員しなければなりません。

(『ル・プログレ』紙2007年9月30日付)
(聞き手=F・ブロシェ/訳・鈴木隆芳)