2007年06月01日

『機』2007年6月号:戦争体験から戦後生活へ 黒井千次

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「戦争」と「平和」の共存
 1949年は日本の敗戦から4年後で、戦争の記憶はまだ生々しく生きていた。同時に戦後と呼ばれる新しい時代の実質が形作られていく時期にも当たる。
 1ドル=360円という単一為替レートが設定されたのもこの時なら、年齢を数え年ではなく、満で数える法律が公布されたのもこの年だった。下山事件、三鷹事件、松川事件という国有鉄道に関わる大きな事件が続け様に発生し、湯川秀樹博士の日本人初のノーベル賞受賞があった。中華人民共和国が成立した。
 この8篇の短篇小説は、そのような年に発表され、読まれたものである。発表順に作品を見ていくと、前半は、戦争の体験を題材に据えているのに対し、後半の作品は戦後の生活にウエイトが置かれていることに気づく。1949年とは、人々の意識のうちにそのような「戦争」と「平和」の共存した年であった。

原民喜「壊滅の序曲」
 この作者の代表作が「夏の花」(1947年)であることは知られている。敗戦の前年に妻を失った原民喜は広島の兄の家に疎開し、そこで原子爆弾に遭遇する。被爆体験を一人称で描いた短篇小説が「夏の花」なのだが、「壊滅の序曲」はその凄絶な日に至るまでの、戦争末期の一族の暮しの姿を捉えている。
 兄達夫婦に寡婦の妹、更にそれぞれの子供である甥や姪を加えた人々は、どこにもありそうな気持ちの軋みを抱えて生きている。だがそこを流れる時間が壊滅の行き止まりに達することを知る作者の目には、ささやかな出来事の一つ一つが終末の閃光の反映を受けて影の世界を浮かび上がらせているかに感じられる。
 作者と重なる三男の正三は、しかしこの重い流れの単なる傍観者ではない。終末への予感の中でこの世界を認識しようとし、同時に当の自分自身のあり方も彼は常に観察し続けねばならない。
 正三が生きるのは、日常が異常となり、異常が日常となる世界に他ならない。この二つの相の入れ替わり、反転、逆転は人間の生きる上で本質的なものではあるのだが、当の異常が壊滅と呼ばれるほど巨大で決定的である場合、日常生活の細かな襞は間もなく消え失せるものとして、終末からの光の中に哀切で切実な姿を浮かび上がらせることを、あらためて感ぜずにいられない。

太田良博「黒ダイヤ」
 戦後の日本文学に関心を持つ人にとっても、この作者の名前と作品名は目新しいものであるだろう。それはこの短篇が沖縄で書かれ発表され、その後読まれる機会が少なかったためと思われる。同じ占領期といっても、軍政下の沖縄は他の地域と異なる状況に置かれていた。
 地上戦の戦場となったこの土地では、文書・図書が全滅に近いまでに消尽し、印刷機や謄写版までが焼失して、人々は印刷物から遠ざけられた生活に陥った。その上、行政的分離によって「日本本土」との交流を絶たれた沖縄は、1冊の雑誌さえ読むことの出来ぬ状態が続いた。
 太田良博の「黒ダイヤ」は戦後沖縄文学の出発点として評価されたのだから、「日本本土」の戦後文学の誕生からは数年遅れたことになる。そこにこの土地の文化的苦境が窺われる。
 戦時中インドネシアに駐在し、日本語を教えたりマレー語の通訳をしたりする任務を負っていた「自分」と現地の18歳の美しい少年との、心の交流とも精神の共鳴とも呼べそうな関係を抑制のきいた言葉によって綴る短篇だが、列強の支配から独立へと向うアジアの一少年の姿が複雑な感慨をもって描き出される。(抄)

(文責・編集部)(くろい・せんじ/作家)