2006年07月01日

『機』2006年7月号:強毒性新型インフルエンザの脅威 岡田晴恵

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もはや「インフルエンザ」ではない
 先月(2006年5月)、インドネシアでH5N1型高病原性(強毒型)鳥インフルエンザの家庭内集団感染が報告された。少なくとも七人が感染し、六人が死亡した。人から人への感染が起きた可能性が高い。
 現在流行中のH5N1型は強毒型であり、血流に乗って全身を回り、様々な臓器で増殖し、鶏を一~二日間で100パーセント殺す。これに感染し、犠牲となった人も、全身感染して過剰免疫反応を招き、多臓器不全を起こしていた。これは、従来のインフルエンザとは明確に区別すべき、全く新しい重症疾患である。

世界で数千万~三億人の死者?
 この強毒型鳥ウイルスから、人間への高い伝播力を持った新型インフルエンザが出現した場合、犠牲者は世界で数千万~三億人、日本で二一〇万人(オーストラリア・ロウィー研究所)に達し、経済的損失は世界全体で4.4兆ドル、日本で20兆円を超えると試算されている。
 インドネシアでの事例を踏まえて、5月26日、WHO(世界保健機関)総会は、H5N1型を含む危険性の高い感染症の発生を直ちに通報するよう義務付ける決議を採択した。
 我が国でも今月(2006年6月)2日、H5N1型を「指定感染症」及び「検疫感染症」として定め、患者の入院勧告や就業制限、患者に接触した人への健康診断の勧告など、拡大予防策を知事の権限として取れることとなった。

90年前のスペインかぜの教訓
 およそ90年前、弱毒型鳥インフルエンザから変異した通称「スペインかぜ」が世界的に大流行した。
 このとき日本人の罹患率は42パーセントで、45万人もの犠牲者を出した(速水融『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』)。昼夜を問わず患者は増え、上野駅や大阪駅では地方の火葬場で荼毘に付すための棺おけが山積みされたという。

国家危機管理の問題
 現代では医療技術や衛生環境が改善されたとはいえ、スペインかぜの当時より人口は三倍以上に増えており、高速大量輸送を背景に、飛沫、空気感染するウイルスの感染率は飛躍的に上がる。
 自給自足の習慣のなくなった今、物流が止まれば食糧は不足し、電気や水道が止まれば国民生活は破綻する。パニックになれば治安の維持すら難しい。新型インフルエンザ問題は、まさに国家危機管理の問題である。

十日分の食糧備蓄を!
 欧米の先進諸国では、政治リーダーによる直轄型の対策が推進されている。流行時の緊急事態には、厳しい政治決断が求められるのは必至である。すでに、米国政府は国民に十日分の食糧備蓄や流行時の行動制限等を示し、企業や教育機関等の対応も勧告している。
 日本でも医療関係のみならず、企業、教育機関、そして国民一人一人が整えるべき備えを、政府主導で早急に進めていくべきだろう。

与謝野晶子の叫び
 「スペインかぜ」が猛威を振るう中、歌人与謝野晶子は、『横浜貿易新報』(現・神奈川新聞)の紙上で政府の対応の鈍さに不満を語っている。
 「大呉服店、学校、興行物、大工場、大展覧会等、多くの人間の密集する場所の一時休業を(なぜ)命じなかったのでせうか」与謝野一家には11人の子供がいたが、一人が小学校で感染したのをきっかけに、家族全員が次々に倒れた。政府への不満は、子を持つ親として当然の心情だったのだろう。


平時の準備こそ重要
 今まさに、新型インフルエンザに対して、国、経済界、国民が一丸となって取り組むべき時が来ている。国家の危機管理とは、流行していない平常時に、十分な備えを持ったプログラムを発動することである。

(おかだ・はるえ/国立感染症研究所ウイルス第3部研究員)