2005年03月01日

『機』2005年3月号:中世とは何か

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 中世とは何か。このような一般読者の疑問に答える者として、ジャック・ル=ゴフに勝る適任者はいないであろう。西洋中世史の第一人者として生涯にわたる探求を続ける一方で、ル=ゴフは、学術の外の世界との対話を常に精力的に試みてもきたからである。聖王ルイの側近であったジョアンヴィルが齢八十にして敬愛する王の思い出をその回想録に綴ったように、八十歳を目前にしたこの歴史界の大御所が、その「知りえたままの」中世を、歴史家としてあくまで厳密に、しかしまた肩肘張らず率直に語ってくれた、それが本書『中世とは何か』である。

文明としての「西洋」の誕生
 商業が日常生活の中に定着し、新しい知の流入とともに大学が生まれ、托鉢修道士たちが都市生活者のための新たな生活倫理を説いた時代。教会の相次ぐ改革のため、信者たちの道徳観、時間意識、死生観が大きく再編成されつつあった時代。父なる神から子なる神キリストへと神の概念の中心が移動し、人間主義が芽生えた時代。イスラム世界、ユダヤ人といった外なる内なる他者との関係から、文化的・地理的概念としての「西洋世界」がゆるやかに形成されつつあった時代。ル=ゴフが語る中世とは、そのようなダイナミックな中世である。実際、ル=ゴフがここでわれわれに立ち合わせようとしているのは、文明としての「西洋」が誕生する様なのである。やがて世界の諸文明を凌駕することになる西洋文明は、こうして中世において生まれた。「中世とは何か」、だからそれは、「西洋とは何か」という問いでもある。
 本書においてル=ゴフは、文化ジャーナリストのジャン=モーリス・ド・モントルミーを前に、その生涯を回想し、その研究内容について、また研究対象である中世について語っている。こうして、少年時代における中世との出会いから歴史学の発見までが、アナール派との出会いと歴史家としての出発が、『中世の商人と銀行家たち』、『中世の知識人』、『西洋中世の文明』といった初期著作執筆のエピソードが、伝記『聖王ルイ』を準備しながら抱いた問題意識がそれぞれ喚起され、これらの自伝的な言及を出発点としながら、ル=ゴフの歴史観、独自の視点からの中世文明の興味深い解説が展開していくのである。
 「歴史家がある時代を理解するためには、現在と過去との間を行ったり来たりしなければならない」とル=ゴフは言う。われわれ読者もまた、ル=ゴフの人生と西洋の過去との間を行ったり来たりすることになる。このようにしてわれわれは、ル=ゴフの探求を、そして彼が追い求めた中世を理解することになるのだ。

未だ終わらぬ探究
 リュシアン・フェーヴル、マルク・ブロック、フェルナン・ブローデルらのあとを受け、アナール派第三世代のリーダーとして活躍したル=ゴフの名は、わが国でもすでに馴染みが深く、邦訳書も多数出版されている。1924年、南仏のトゥーロンにおいて生まれ、高等師範学校を卒業したル=ゴフは、俊英の歴史研究者として将来を嘱望される一方で、早くから出版界でも活躍し、『西洋中世の文明』(1964)に代表される、専門家から一般読者まで広範な影響力をもつ著作を発表している。1969年以降、『アナール』誌の編集委員として歴史人類学の研究を推進し、『もう一つの中世のために』(1977)、『煉獄の誕生』(1981)、『中世の想像世界』(1985)という重要な著作を発表した。また1975年には、高等研究院第六部門部長として、当部門の社会科学高等研究院としての独立に尽力している。
 退官後に発表した大部の伝記『聖王ルイ』(1996)ののちも、その執筆活動は衰えることを知らない。刊行される著作は、今も数多い。ル=ゴフの生涯をかけた探求は、まだ終わってはいない。

(すがぬま・じゅん/フランス近代文学)