2003年06月01日

『機』2003年6月号:ブローデル以来の歴史学の歩み I・フランドロワ

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進化し続ける「アナール」の百年を鳥瞰する独創的な試み

『アナール』におけるブローデルの影響力
 フランスの歴史家をめぐるこの散策は、藤原書店の希望によりフェルナン・ブローデルを出発点とすることとなった。出発点としてごく至当な選択である。というのも、長期持続にかんするブローデルのプログラム=宣言が『アナール』に発表された一九五八年いらい、歴史研究の分野ではさまざまなできごとが起こったし、その反映をお読みいただいたインタビューに辿ることもできるわけだが、「ブローデル的契機(モメント)」はきわめて重要なものとして各人の精神に組み込まれ続け、必ずしもわざわざ立ち戻るべき点とは見なされていないからである。
 人選は私が自由に行なった。〔雑誌連載にあたって〕藤原書店が加えた希望はごく少数である。他の時代に比べて近代史〔十六世紀から十八世紀末〕の専門家が多すぎるという印象をもたれるかもしれない。 しかし、これもまた『アナール』におけるブローデルの影響を反映しているのである。

ブローデル以来の『アナール』
 『アナール』とはなによりもまず雑誌である。一定の重要性をもつ唯一の雑誌というわけではないが、さまざまな趨勢や変化を推し進め、さまざまな要求を課してきた結果、「『アナール』学派」と称されるまでになった唯一の雑誌である。フェルナン・ブローデル以来、ブローデルによって選ばれた二人の後継者マルク・フェローとジャック・ル=ゴフによって継続されている『アナール』の歴史と方針を明らかにしたい。これが私の目論見であった。
 本インタビューでは偉大な継承者ピエール・ショーニュとル=ロワ=ラデュリによって「ブローデル的契機」が明らかにされている。インタビューには地理学者がひとり入っているが、びっくりなさらないでいただこう。べつだん歴史家たちのなかに彷徨い込んできたわけではない。リュシアン・フェーヴルなきあと、フェルナン・ブローデルは歴史学と地理学の関係に仕事の力を注いできた。そして、地理学者にして歴史家たるすべを知るイヴ・ラコストは、この仕事に最も注目するひとりなのである。ラコストは地政学の学生たちにブローデルの仕事を読むよう勧めている。

新しい展開を見せ続ける『アナール』
 イヴ=マリ・ベルセとマドレーヌ・フォワジルにはロラン・ムーニエと伝統的な歴史学に、アルレット・ファルジュにはミシェル・フーコーと新しいタイプの歴史学に言及していただいたが、これは『アナール』が豊かな交流によって培われ、そしてその交流によって新たな研究方向が切りひらかれたことをとりわけ示したかったからである。
 また、ピエール・グベールとジャン=ピエール・バルデには人口統計学について、ジャン=ピエール・ペーテルには身体の歴史について、アラン・コルバンとロジェ・シャルチエにはブローデル時代の心性史の流れを汲む表象の歴史について、それぞれお話をうかがった。私がそこで明らかにしたかったのは、新しい歴史学が要求する研究方向、すなわち新しい方法論によるアプローチと新しい対象である。
 以上のように個人に偏った不十分な散策ではあった。しかし、それでも、フェルナン・ブローデル以来の歴史学の歩みをかなり把握できたと考えている。歴史学の歩みを築いたこれらの方々には自由に語っていただいた。こちらからの誘導はほとんどない。取り留めのないこれらの発言を読み直していただいたが、どなたも手を加えるということはなさらなかった。健康上の理由から、私の質問に答えるかたちでインタビューテクストをくださったピエール・グベールと、郵便でやりとりしたアルレット・ファルジュのお二人以外、後からの書き直しはいっさいない。

(Isabelle Flandrois/歴史学)
(おがわ・なおや/早稲田大学講師)