2003年06月01日

『機』2003年6月号:転換期にある世界を読み解く I・ウォーラーステイン

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世界の「現在」を長期的スパンから読み解く新シリーズ!

説得力を欠く戦争の動機
 二〇〇二年から二〇〇三年の初頭にかけての世界は、イラクに対する合衆国の軍事行動の問題に支配されていた。結局、それは実行に移され、とりあえずは「成功」した――もっとも、それは「成功」をサダム・フセイン政権の打倒と定義すればの話だが。しかし、本書に収められた諸が対象としているこの十五カ月間をふりかえるに、問題はむしろ、この純粋に軍事的な結果をもって「成功」の定義としてよいのかどうかということである。
 まずもって、〔戦争の〕動機の問題がある。合衆国は、この軍事行動を正当化する議論を、次々と繰り出した。それらのなかで最も前面に立っていたのは、イラクの体制が、いわゆる大量破壊兵器を所有しており、それは、当該兵器の廃棄を求める国連決議に反するものであるという主張であった。この議論は、世界共同体の大部分に対しては、十分な説得力を持たなかった。合衆国の立場に長らく敵対してきた国々や、合衆国の立場に不安を感じてきた国々ばかりでなく、伝統的に合衆国と最も近い立場にある同盟諸国のなかにも、この合衆国の主張に納得しない国が出てきたことは、きわめて注目すべきことである。
 こういった不安感が、事実上のパリ=ベルリン=モスクワ同盟へとつながっていった。この同盟は十分な力を発揮し、合衆国は、その軍事行動に対する国連の承認の獲得を阻まれることになった。それにもかかわらず合衆国は、イギリスと協同して、このような国際的正統性の欠如を無視し、ひとたび彼らの政治的・軍事的目標――バグダッドの体制転換――が達せられれば、世界のその他の諸国は事後的に合衆国の行動に追従し、支持するようになるだろうとの希望と期待のもとに、その行動を押し通そうと決め込んだ。

戦後も持続する不透明な世界
 二〇〇三年六月の時点で、西側世界の政治的亀裂は、手詰まり状態にあるように思われる。合衆国が、イラクにおいて、最小限の秩序となんらかの望ましいかたちの政治体制の移行を実現するのは、かなり困難な状況である。世界のその他の諸国は、依然として、合衆国の行動が、賢明なものであるとも、実際たしかに成功であったとも得心はしていない。要するに、戦争に先立って〔世界システムの〕ジオポリティクスにおいて進行していた構造解体過程は継続しており、最終的な展望も不透明なままなのである。またイラクが関心の焦点となったその一方で、北東アジア情勢に対する、この紛争のインパクトは、きわめて重大である。おそらく、長期的に見れば、同地域における将来の事態の展開は、イラク情勢をさらに上回る重要性を持つだろう。
 本書に収められた諸評論(コメンタリー)は、この〔近代世界システムの〕ジオポリティクスの転換点において、さまざまな勢力が、世界を舞台にどのような行動をとっており、その背後にある論理が何であり、またその動機が何であるかについて、説得力のある説明を与えようと試みたものである。そしてそれは、長期的な歴史において、直近の状況を理解しようとする試みである。

(Immanuel Wallerstein/ビンガムトン大学フェルナン・ブローデル経済・史的システム・文明研究センター所長)
(訳 山下範久/やました・のりひさ/北海道大学助教授)