2003年02月01日

『機』2003年2月号:現代日本人の生のゆくえ 島薗進

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揺れ動く現代日本人の心の実像を丹念な聞きとりから描き出す!

従来と異なる対話的アプローチ
 その人の生きがいを語る言葉を引き出すために、こんな質問をする。人生観、価値観についての会話を進めながら、ツボに入っていこうという質問だ。
 「これなしでは、自分らしく生きているとはいえないというものがありますか。」
 病気による進行性の障害のために二十代で大企業をやめ、塾教師をしている四十代の女性が応じる。
 「面白がるということでしょうね。何でも面白がる。困ったな、不便だなという時に、どうしたら便利になれるんだろうって。苦しいときしか知恵は出てこないでしょう。困ったって考えるまえに、まずどうしたらって考えることが素敵じゃないですか。ヘルプって言う前に。」
 こんな言葉に「現代日本人の生のゆくえ」をうかがうことができないだろうか。これまで「自律」がこのように語られてきただろうか。
 ユニークな語り口をもつこのSさんは、また「仲間の優しさ」についても語っている。
 「周りにいいエールをおくってくれる人がいて、それだけですよ。……発する言葉は素っ気なかったり、乱暴でも、奥にある温かさは……、人間一人では生きられませんので、どれだけお力をお借りしたかという……」
 こんなやりとりから、一九九〇年代後半の日本人の新しい「自律とつながり」の意識を考える。およそ一二の質問項目を立て、一〇〇人の方々から話をうかがっている。かつての「日本人論」のアプローチとは異なる。こちらから枠組みをあてはめるのではなく、調査対象者から聞き出したことを導きの道標として考え直す。そのような対話的なアプローチを重視している。

未来からやってくる声
 確かに個人主義的な意識が強まっている。「自分のけつくらい自分で始末して生きている」「少々のことでは頼まんし、頼まれんね」と語る人もいる。こう語る個人タクシー運転士のTさんが、「人間はね、助け合いという精神も必要だしね。」「頼まれるうちが花というかね。これもおふくろではないけど、人間、頼まれてできることがあったら、やりなさいと言われてきた」とも言う。最後はひとりで「しぶとく生きる」ことだと家族を突き放しているTさんは、また「つながり」こそが生きがいの根であることを独特の言い方で語ってくれる。
 Tさんはまた、障害をもつ子供が「たくましく生きていくために、またつぶれないために」健常児のクラスに入れている。そして、陰湿なものに負けないように、第一の教育方針は「大きい声でしゃべる」ことだという。TさんがPTA会長を務めているのは、「裏切らない」というモットーをもっていることと関わりがありそうだ。そういえば、Sさんが「責任がなかったら、後味が悪いでしょう」と語っていたことも思い起こされる。
 こんな会話記録を手がかりに、家族、教育、地域社会、職場、宗教とテーマを分け、「自律」と「つながり」の考え方を聞き出そうとしている。力点は昔ながらのものではなく、新しい生き方、考え方の方にある。未来からやってくる声の響きに耳を傾けようとしている。また、理論よりも感性に重きを置いてもいる。
 境(ボーダー)を超えることもこの本の実験の一部だ。「現代日本人」といっても移民や移住者がかなり含まれている。共著者の専門分野も倫理学、宗教学、教育学、社会学など多様である。学科的な学知を日常の言葉で鍛え直すとともに、新しい越境的な知の開拓ももくろまれている。

(しまぞの・すすむ/東京大学教授)