書評・紹介

現場とつながる学者人生 市民環境運動と共に半世紀

10/15 朝日新聞 「折々のことば」欄【鷲田清一氏】

雑談ができないのは、本当にピンチです。 石田紀郎

 農薬公害、琵琶湖汚染などの調査に取り組んできた農学・環境学者は、昨今の研究が、入手したデータの解析に没頭するばかりで、現場に身を置きそこから真に考えるべきテーマを汲み上げるという作業を蔑ろにしていると警める。農学ならまずは農家の人と膝を交えて話すことから始めよと。雑談の中にこそ思いがけないヒントが潜んでいる。『現場とつながる学者人生』から。

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看取りの人生 後藤新平の「自治三訣」を生きて

10/14 東京新聞 【澤地久枝氏】

 「看取り」とは、いまの言葉で言えば「介護」だ。著者は後藤新平の娘愛子を母に、政治家であり
『母』など戦前の大ベストセラーを書いた鶴見祐輔を父に、四人きょうだいの三人目として生まれた。
 姉鶴見和子と十歳、兄俊輔と六歳ちがい、姉兄が大正生まれであるのに対し、著者と弟は昭和に生まれ、その時代を生きた。
 この人が看取った家族は息がつまるほど多い。すべてを運命のように受け入れて、最善の看取りをした。自身、夫と一人息子を喪う人生である。
 後藤新平の自治三訣は「人のお世話にならぬよう/人のお世話をするよう/そしてむくいを求めぬよう」であり、母から懇々と言い聞かされる。姉と兄の生前にはこわくて書けなかったというが、今年の鶴見和子生誕百年の山百合忌にあわせて書かれたこの本は、ひかえめながらみごとで、何度読み返しても新しい発見のある最近まれな一冊であった。
 この人は、昭和二十年春、母が脳出血で倒れたとき、父の言うまま学校をやめ、空襲下の東京を離れて軽井沢の別荘へ行く。生まれてはじめての掃除、料理、毎朝の御清拭にはじまる看取りの日になる。当時、疎開してくる親族も多く、十七人になった。家族の面倒をみるのは一家の長男であり、その嫁だった。絶対安静の長男の嫁・母に娘がかわる。食糧は乏しい。下肥を作り、野菜を作り、野の草も教えられて食べる。「人知れず涙を流した」と書いている。戦争下、十六歳の身に生きることはどれだけ辛かっただろうか。
 逝く人がじつに誠実であり、言葉を失っても看取る人への感謝をそれなりに表現することに心をゆさぶられた。
 本人は書いていないが、七十五歳で京都造形芸術大学通信教育部に学び、和子を看取る間休学し、八年かけて卒業している。兄俊輔の思い出に、楽しみは乗馬とあり、自慢の乗馬服を来て疾駆し、夕方、馬をつれて近くの川へ行き、体を洗ってやるのが好きだったとある。

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モードの誘惑

9/6 東京新聞夕刊 「大波小波」欄 【ユニクロ氏】

 一昨年惜しまれつつ急逝した山田登世子の膨大な遺稿から、モードとブランドに関わる文章を集成した『モードの誘惑』が藤原書店から刊行された。(中略)全盛期の登世子節が満載・キレ味鋭く大胆かつ魅力的で、まるで元気な著者の新著のようだ。(中略)「デオドラント文化の行方」では、強烈で濃密なものを回避する今日の「弱いナルシス」たちを論じ、ケータイなどを媒介した間接表現こそが、彼らのコミュニケーション形式であることを指摘している。二十年近く前の視点は現在まで見通している。
 ファッションを論じる者の第一の資格は「ミーハーであること」としながら、同時に哲学にジャンプしなければならぬと説く「誘惑論」の文章通りの、文化の哲学を体現した思想家だった。愛と理解に貫かれた、経済学者の夫君の編集が見事である。

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