書評・紹介

知の総合をめざして 歴史学者シャルチエとの対話

7/21 図書新聞 【小倉和子氏】

『ディスタンクシオン』の著者として名が知られ、同時に民族学、学校制度、写真、美術、結婚戦略、ファッション、スポーツ、雇用、司祭職など多岐にわたる関心も抱いて脂の乗り切ったブルデューと、彼よりひと回り以上若い気鋭の歴史学者との対談には、快い緊張感が漂っていて、じつに興味深い。当代一流の社会学者と歴史学者が互いに豊かな思索を展開している。(中略)対談が行われてから三〇年を経た今になって読むと、いささかの既視感は免れないが、ブルデューの原点に立ち戻るよい機会ではあるし、ブルデュー初心者にとって、恰好の入門書であることは間違いない。現在でこそ、フランス本国でもわが国でも、フランス社会学をリードしてきた彼のゆるぎない地位を疑う者は少ないだろうが、当時、社会の在りようを根底から抉り出し、そこに働いている「象徴的暴力」のメカニズムを読者の目の前に突き出してみせたこの社会学者が、彼の目にはぬるま湯に浸かっていると見えた歴史学者たちにはとうてい計り知れない苦しみの中で研究対象と格闘していた様子が浮かび上がってくる(因みに、ブルデューの歴史学批判が先鋭化したのは、この対談の翌年、革命二〇〇周年以降のことで、対談の時点では、シャルチエとのあいだに学問的批判はあっても、険悪さは皆無だ)。

(中略)

ブルデューは生前、自らの仕事の全貌を要約した著作を望んでいたそうだが、コレージュ・ド・フランスの就任講義は、その一例と解釈することも可能な内容である。CNRSでの演説では、還暦を過ぎたブルデューが、若手社会学者たちの生計を気遣い、社会学の教育がさらに広範に浸透する必要があること、理学部、法学部、医学部、政治学院や国立行政学院でも専門科目を補完する教養科目として社会学が重要であることを熱っぽく説いている点が印象的だ。そして最後に収められている「参与的客観化」は、社会学という学問の根本的な問題を見事に要約したテクストである。
 第Ⅰ部は倉方健作訳、第Ⅱ部は加藤晴久訳だが、難解なブルデューのテクストを滑らかな日本語に直してくれた両氏の苦労に敬意を表したい。訳注やそれぞれのテクストにつけられた丁寧な解説も本書の理解に大いに役立つ。

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苦海浄土 全三部

6/7 朝日新聞 「折々のことば」欄 【鷲田清一氏】

ボラもなあ、あやつたちもあの魚どもも、タコどもももぞか(可愛い)とばい。                   石牟礼道子
 「海の上はほんによかった」と、漁師の妻は口を引き攣らせつつ語る。夫と二人で櫓を漕ぎつつ、波をなだめ、「ほーい、ほい、きょうもまた来たぞい」と魚を呼ぶ。そのつましくも満ち足りた二人ながらの暮らしを水俣病が絶つ。漁ができず舟も売った。それが「なんよりきつか」と、そして夫のことを「もぞか(いとしい)」と口惜しがる。詩人・作家の『苦海浄土』第一部から。

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明治の光 内村鑑三

5/27 毎日新聞 「今週の本棚」欄 【村上陽一郎氏】

 著者にはすでに『内村鑑三』(構想社、一九九〇年、文春学藝ライブラリーに文庫版あり)という本があって、言わば内村の評伝を書くという作業はすでに果たした、という思いはあるのだろう。本書でも随所に表現されているように、著者自身の考える内村の本質は、その無教会主義のなかにではなく、近代化に奔走する明治日本への、根源的な批判者という所に定位されている。ただ本書では、その著者の内村観を裏付ける目的もあって、ほぼ同時代人の間で、内村に何らかの形で言及している人々の言説を丹念に洗い出して、彼らの内村観を考察することで、内村の生きた時代の社会相の一端を描き出す、という手法がとられている。(中略)本書の特色の一つは、実にヴァライエティに富んだ登場人物の多彩さであろうか(本書末尾の「索引」は、主要人名だけで七ページに及んでいる)。そうした様々な人々の断簡零墨まで探査して、内村への言及を探し当てようとする、著者の意欲と博捜ぶりは、感嘆に値する。
 一人の読者の立場でみれば、内村という人の存在は、明治・大正期の日本において、やはり一つの社会的事件であったのだ、ということを痛感させられる。著者は、そうした内村の存在を、ポストモダンさえ曖昧になった今日の日本(ばかりではなく、恐らくは世界)にとって、一つの指針になり得ると主張する。確かに内村の『余は如何にして基督信徒となりし乎』や『代表的日本人』(どちらも原典は英語)、あるいは『羅馬書の研究』や『一日一生』などは、評者も小学生の時の担任の先生が熱心な内村派の方だった関係で永らく親しんできたが、内村が持っていた日本社会全体への、影響力の可能性に関して、心を届かせることを怠っていた、と反省させられた。しかし、現代の日本にそれを受け止める力があるだろうか。

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