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デリダは何を遺したのか? 決定版特集
 
別冊『環』13
ジャック・デリダ1930-2004



2007年12月刊

菊大判 400頁 3990円
◇978-4-89434-604-8
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〈生前最後の講演〉 赦し、真理、和解――そのジャンルは何か?
ジャック・デリダ
〈講演〉 希望のヨーロッパ
ジャック・デリダ
〈対談〉 言葉から生へ
ジャック・デリダ+エレーヌ・シクスー


 ジャック・デリダへのオマージュ
アラン・バディウ
 フィシュとカルソン
エレーヌ・シクスー
 始原学とたわいなさ
ロドルフ・ガシェ
 生をめぐる別の思考
   あるいは、友愛の彼方の来たるべき民主主義
パオラ・マラッティ
 「わたしはきみに正しい/正しく付いていく」
          【マラーノからわたしに到来するもの】

ギル・アニジャール
 信仰と知 【宗教的なものの本質、根本悪、近代という問い】
セルジュ・マルジェル
 ニーチェの試練 【断念と来たるべき哲学者たち】
アヴィタル・ロネル
 冒頭へ到来する
ペギー・カムフ
 盲者のオリエント
鵜飼 哲
 エルゴ・ユダエウス・スム 【「最後のユダヤ人」としてのデリダ】
増田一夫
 デリダのセミネール【「最後のユダヤ人」としてのデリダ】
浅利 誠
 刻む時々 【技術の最初の問い】

港道 隆
 隔たり・イマージュ・忘却 【デリダによるブランショ】

守中高明
 デリダの贈与 【脱構築/ポリティックス/ポスト性的差異】

竹村和子
 敵対と友愛の政治 

藤本一勇


〈鼎談〉

作品と自伝のあいだ【ドキュメンタリー映画『デリダ、異境から』をめぐって】
サファー・ファティ+鵜飼 哲+増田一夫




〔附〕デリダ年譜 1930-2004/デリダ著作目録〔2007年版〕/デリダ日本語関連文献


【藤原書店PR誌『機』2007年12月号より】


〈講演〉 希望のヨーロッパ(抄)

ジャック・デリダ

「新しいインターナショナル」

 かつて私は「抵抗」という言葉への昔からの愛着を公然と語り、この語を自分の書物の題名として選んだことがあります。また私は、数10年来、端的には1993年の『マルクスの亡霊たち』と97年の『万国の世界市民たち、もう一努力だ!』の両著や、ほかの様々な場所で、世界市民のコスモポリタニズムを取り上げ、コスモポリタニズムそれ自体に対してではなく、主権と領土国家という一時代前の政治神学に未だしがみついている一部のコスモポリタニズムに対して、非難の論陣を張ってきました。私はまた、世界化と言いながら、実際には世界市場だけを意味しているにすぎないこの語彙の濫用や「道具化」した用法、イデオロギー的・経済至上主義的な偏向を批判してきました。私はこうして「新しいインターナショナル」を擁護してきたのです。かつて私は、抵抗の矛先を向けるべき諸悪を弾劾した後で、この理念を次のように定義したことがあります。「新しいインターナショナル」とは「数々の犯罪に対し国際法の刷新を図る役割だけにはとどまらない。それはまた、置かれた情況の近さや苦悩、希望を介して結ばれた絆である。まだ慎ましく(これを書いたのは1993年の時点でした)ほとんど秘匿されていながら、しだいに誰の目にも明らかに見えるものとなりつつある絆である。つねに反時代的な絆、身分も肩書きも名前も持たない絆、地下組織ではないにしても、公にされることの稀な絆である。契約も政党も故国も不在の絆、国民共同体とは無縁の絆、どんな国民的境界であろうと、この境界が引かれるよりも手前に、あるいはこの境界を横断して、あるいは超えて初めて作りだされるという意味でのインターナショナルとしての絆、特定の共同体が保有する市民権意識には帰属しない絆、ひとつの階級に帰属しない絆である」

ヨーロッパを守り、闘う

 私は、ヨーロッパ中心主義的な哲学者とは見られてはおりません。40年来、むしろそれとは逆の立場にあると言われて非難されてきました。しかし、私は次のように信ずるのです。啓蒙主義の記憶とともに、しかしまた過去にヨーロッパが犯した全体主義、民族大虐殺、植民地主義の数々の犯罪に対する罪の意識も同時に引き受けつつ、われわれは、ヨーロッパ中心主義的な幻想や言辞に耽溺せず、ヨーロッパ・ナショナリズムにいささかも屈せず、現在のヨーロッパ、そして今後変わろうとしつつあるヨーロッパのあり方に過大な信頼も寄せることなく、ヨーロッパの名が今日表象しているものを守って闘ってゆかねばならない、と。来るべき世界でヨーロッパが堅守してゆくべきその代替不能な役割に向けて、そして単一市場や単一通貨、ネオナショナリズムの巣窟、新軍事勢力を超えたものへとヨーロッパが生成していくために、われわれは闘ってゆかねばならないのです。

私の夢

 私はこうした観点から、イグナシオ・ラモネが〔ル・モンド・ディプロマティーク紙代表として署名を書き入れた同紙2004年5月号掲載の巻頭論説「様々な抵抗」において〕提唱した様々な「抵抗」のうち、特に一三番目の「ウイ」を強調し、これを別格に扱っておきたいのです。ラモネは書いております。より社会福祉を重視し商業主義を抑えたヨーロッパにウイ、と。私はラモネの言うウイをさらに展開してこう言います。超権力との覇権争いに自足せず、しかし同時に超権力を野放しにもせず、ヨーロッパ憲法の精神とその政治実践の上で「もうひとつのグローバル化」の推進力たらんとするヨーロッパに、そのための実験場たらんとするヨーロッパに、そしてイラクやイスラエル=パレスチナといった場への介入力をもつヨーロッパにウイ、と。
 二元論に陥らぬ判断に向けて開かれ、過去の啓蒙主義、来るべき啓蒙主義を継承した政治・思想・倫理とはいったい何であるのか、その範例を示すヨーロッパにウイ。
 反ユダヤ主義ともユダヤ嫌悪とも決めつけられることなく、イスラエル政策、特にシャロンとブッシュの政策を批判することができるヨーロッパにウイ。
 権利と土地の奪還と国家の樹立を求めるパレスチナ民衆の正統な祈念を支持できるヨーロッパにウイ。他方でまた、自爆テロや反ユダヤ主義プロパガンダを承認しないヨーロッパにもウイ。反ユダヤ主義とイスラム嫌悪の拡大に同時に不安を覚えることのできるヨーロッパにウイ。
 そして最後に、サダム・フセイン体制のおぞましさを拒否し、同時にブッシュ、チェイニー、ウォルフォウィッツ、ラムズフェルドたちの計画を批判できるヨーロッパにウイ。自国の政府や支配層を批判する勇敢さとわれわれ以上の警戒心をもち、私がこれまで列挙してきたすべての「ウイ」に「ウイ」と返してくれるアメリカ人やイスラエル人、パレスチナ人と、われわれが反米感情も反イスラエル感情もなく、イスラム嫌悪もなく連帯することを可能としてくれるヨーロッパにウイ。

 以上が私の夢です。同紙〔ル・モンド・ディプロマティーク紙〕に感謝を捧げます。こうした夢、ラモネによれば「もうひとつの世界は可能だ」という夢を見る手助けをしてくれたからばかりではありません。こうしたことがすべて実現するように、このもうひとつの世界が現実に可能となるために力を与えてくれたことに感謝いたします。世界の何十億の男女がこの夢を分有しています。彼らは産みの労苦とともにこの夢をゆっくりと実現させていくでしょう。実現するその日はきっと晴れやかなものとなるはずです。

(逸見龍生訳)
※全文は別冊『環』Lに掲載(構成・編集部)

ジャック・デリダへのオマージュ

アラン・バディウ

哲学的世代の終結である

 1980年にサルトルが亡くなった。彼の前にメルロ=ポンティが亡くなっていたので、その時われわれは、フランス哲学50年の終結を迎えたことになる。すなわち、戦争と抵抗運動の30年代の終わり、共産党との関係という胸の疼く問題、反植民地戦争の50年代の終わりである。
 80年代にはラカンとフーコーが相次いで亡くなった。そして90年代にはアルチュセール、リオタール、ドゥルーズが。
 そして今、ジャック・デリダが亡くなった。これは、もう一つの終結である。すなわち、60年代を特徴づけてきた哲学的世代の終結である。この世代は、おそらくとくに1962年から68年にかけての激動の5年間、つまりアルジェリア戦争の終焉と68年から76年の革命の嵐の間の期間に、一番多くの著作を「書いた」世代である。たんなる短い期間だが、本当に閃光のような期間だった。
 そして今、この時期を特徴づけてきた哲学的世代は、ほとんど完全に姿を消した。もはや引退した後見人、きわめて高齢の冷静で誉れ高い人物しかいない。すなわち、もはやクロード・レヴィ=ストロースしかいないのである。

歴史的署名の死

 ジャック・デリダの死によって、何かに「署名した」ことのある人々の死が終わった。歴史的署名の死、一時的署名の死である。そして私がもちえた最初の感情は、もちろんこのように署名された歴史的時間が消滅したという今なお印象的な確認を除けば、勝利の感情ではなかった。私はこう独りごちた、「今や、われわれが年寄りなのだ」。
 では、われわれとは誰か。もちろんそれが意味するのはまさに、亡くなった人々の直接の弟子だったわれわれのことである。63年から68年までのこの時期に20歳から30歳の間だったわれわれ、この教師たちの授業を熱心に受けたわれわれ、彼らが老いて亡くなっていくにしたがって年長者になったわれわれである。年長者とはいっても、彼らと同じ資格においてではない。彼らは今私が述べた時期の署名者だったからであり、現代はおそらくいかなる署名にも値しないからである。われわれは年長者になったが、その青年期の実態は、この教師たちの言うことに耳を傾け、彼らの書いたものを読み、彼らの命題を昼夜論じていただけだった。

60年代の署名者全員に賛辞(オマージュ)

 ここで私は、皆さんの前に年寄りとしての姿をさらしている。そして年寄りは、不幸にも早く亡くなったすべての人に、例外なく賛辞を送らなくてはならない。なぜなら、こうした人々の多くが、本当に歳老いて亡くなったわけではないからである。60年代、つまり私が語っている時期の人々は、唯一ラカンを除いて、75歳を越えなかった。したがって、亡くなったすべての人々、またそのせいでわれわれが年長者となり、私が年寄りとなったすべての人々に、讃辞を送らなければならない。われわれは、彼らの精神的庇護の下にいた。もはや彼らがわれわれに庇護を申し出ることはない。われわれは、もう彼らの声の偉大さによって現実から切り離されることはない。
 したがって私は、突然亡くなったばかりのジャック・デリダに、そして彼を通して彼ら全員に讃辞を送りたい。60年代という偉大な時期の署名者すべてに。実際、彼ら同士の違いがどれほど大きく、また彼ら同士が頻繁に、とりわけ68年5月以後どれほど激しく争ったとしても、今日、いかに彼らが例外的な思想的時期の共同署名者であったかは誰の目にも明らかである。彼らより上だと称していた多くの人々が衰退していくなかでのことだが。だからといって意見の相違が消えるわけではないが、彼らが語ったことや書いたことについての新たな理解を通して、全員に、そして一人ずつに、新たな讃辞を述べることはできる。(後略)

(Alain Badiou/哲学者)
※全文は別冊『環』Lに掲載(構成・編集部)