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《関連書》 沖縄島嶼経済史 一二世紀から現在まで 真振 MABUI |
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ギターを通して沖縄の美を遺したい ――海勢頭さんがこれまでどういうふうに生きてこられたのか、少しお話下さい。 本土復帰する以前から相当苦労されたのでは?
海勢頭 いや、苦労はしてないでしょうね。貧しくはあっても、苦労したとい
う記憶はあまりなくて、人生って意外とおもしろいなと、非常に楽天的な性格
をもっているので、だからちょっとした困難な問題にぶつかっても、何か解決
の方法があるだろうということで、これまでそうやって乗り切ってきたんです
。 ――沖縄といえばすぐに三線と思うわけですが、三線ではなく、ギターでやられる ところに意外な感じを受けます。 海勢頭 三線はだれでもやるし、三線だけで沖縄を表現すると、いわゆる三線
の音色しか出せないんで、それをギターでやると小さなオーケストラと言われ
るぐらいに世界に広がるいろんな表現方法がとれるんで、それでやってるんで
す。三線をやろうと思えばいつでもできる。だれでもできるものは、べつに自
分がやる必要はないという考えで、ギターを勉強しはじめたんです。 ――海勢頭さんの音楽には商品性が感じられない。 海勢頭 岡部さんとお会いして、岡部さんの言葉で一番びっくりしたのは、「 自分を売ったらあかん」という、あの詩で。ぼくはそれを守っててよかったと 思いながらも、でもみんなが要求したら、歌は聞かせないといけないし、遠慮 しいしい、これまでやってきたんです。必要だと思うことに対しては、全身全 霊を打ち込んで、生活のことも考えないでやってきたから……。それだけでい ままで生き延びてこられたという、幸せだなと自分では思っています。 「清(ちゅ)ら」としての美 岡部 それはどんなにお人柄、お歌、その志、怒り。やっぱり怒りというもの は、本当の真実を求めるもの。このことはこうしなければだめだという真実を 求めるのでなければ怒りは歌えない。それがはっきりと歌える。みんながドキ ンとするほど、みんながええかげんにしているところをグッと、お前は何だと いう問いかけがある。それが私は一番好きですね。 ――怒りでもあるのですが、怒りの中に、さきほど「琉球の美」と言われましたが 、何か美しさを感じます。 岡部 そうよ、愛があるんだよ。その怒りは愛からの怒りでなければだめ。愛
があるから、腹立つことは腹立つわけや。だから海勢頭さんの人柄にみな惹か
れる。その情愛の深さ、情愛が深いからこそ、あかんことはあかんと歌う。言
わざるをえない。言いたくないと思うても、言わざるをえない。そこが他の、
どういうのか、他人(ひと)の歌を作った歌を歌う歌い手さんと全然違うところですよ。 海勢頭 愛というか、琉球の美が消えていくことに対する哀惜だな。これを胸 に秘めて見てきたものだから。そういうのがバックにあって、自分はやっぱり 清らでないといけない。ちょっとでも心に濁りがあると、だんだんそれが自分 の中で嫌なものは排斥するという、その代わりいろんな悪に対しても包みこむ やさしさを自分で持たんといけないなというふうに、一応努力はしてきたんで すけどね。だけど岡部さんの本、どこを開いても、鋭い言葉で、そういうの、 みんな切るでしょう。私も切られながら反省しているんですよ。 岡部 私はやさしく言うてますねん。 海勢頭 いやいや、やさしい言葉だけど、まるでカミソリのようにぼくは鋭い 切れ味だと思ってます。 岡部 ほんまのことをいうてるだけ……。 海勢頭 そうそう。だからぼくは岡部さんの本は聖書のようなものだと思いな
がら、今日まで来たんですけど……。とにかく清らで。 (おかべ・いつこ/随筆家)
(うみせど・ゆたか/音楽家) |