「からだでヨム」こと
竹内 私が「からだでヨム」と呼ぶことは、ドラマの創造行為のプロセスでも
ありますが、「からだとことばのレッスン」という形で人との関わりにおける
現象をくり返し問い返してきた中で気がついて来たことです。こんなことがあ
りました。
――なくなった友人宮本研の若い頃の戯曲で、幕が開くと、半開きになった
押入れの中の男に向って少女が怒鳴っているのがあります。これを稽古してる
時、いくら女優が感情を爆発させてわめいても、相手の男にしてみるとあっち
でワァワァ騒いでるとしか聞えない。オレとはカンケイナイよ、と言うことが
ありました。これはなぜだ、これでいいのか、という疑問から「呼びかけのレ
ッスン」が生れた。人が人にほんとに呼びかけるとはどういう行動なのだろう
、と。こうして稽古をし直してゆくと、少女はただ怒りを爆発させてるのでな
くて、「とにかく出てきて顔を見せてよ」とからだ全体で訴えてるのだとヨメ
て来る。
「からだでヨム」とは、ある意味で「人の身」に、つまりその状況に身を置
いて、その人の目で世界を見ようとする試みと言ってよいでしょうか。
ヨムことの現在
竹内 ひどく大ざっぱな言い方をしますが、今はことばの崩壊期だと思うので
す。敗戦直後の混乱期を経て高度成長期、反面を言えば農村共同体の解体期、
から消費社会成立期まで、ある上昇に伴う安定期に、いわゆる中流社会の成立
と共に日本語としてはいわゆる標準語がかなりの広がりにおいて定着した。生
活感をかなりな程度捨象された、そして近代ヨーロッパの理性主義的文脈をあ
る程度担いうる、情報伝達パタンとして。それが崩壊しつつある。こう言えば
こう答えるのが当然と思い込まれていたパタンが通じなくなる。たぶん三〇年
前若者たちが自分たちの状態の表現として「ムカツク」ということばを見つけ
だしたころからそれは顕在化したのだろうと思います。他人を受け入れること
も拒むこともせず宙ぶらりんで、次第に自分を表現することを拒み始めたから
だたち、ことばは最早コミュニケートのためというよりは、孤立を防衛するた
めの弾幕のようなものになりつつあるようです。
こういう状況に応じてことばは二つの方向に分化してゆくように見えます。
ひとつは勿論、高度情報化社会の成立に伴う、軍事技術に先導され電子情報に
先端化されるデジタル化された多様な信号たちで、もう一つは、ことばの解体
――というより喪失と言った方が近いか。たとえばひきこもりとか摂食障害と
かさまざまな様態の病む人たち、不登校や保健室につめかける多くの子どもた
ちなど広範に見られる、表現を失ってゆく傾向です。
しかしことばの解体は、家族を第一として、これとかかわる人々にとって、
全く今までと異質の、からだとことばをヨム力、じかにからだにふれからだが
みずから感じ見つけ出す表現、を生み出すことに、必死にかかわらざるを得な
くさせます。からだと、解体したことばの断片を、在来の思考=言語パタンか
ら外れてヨムことを、逆に、未成熟なことばの断片を新しい言語表現としてな
んとか記録することを。それを他人がヨム、理解できるためには在来のことば
との橋渡しと統合のためのはてしない討論が要るでしょう。そこに新しい介護
や看護、いや一般に臨床と名のつく学(医学・心理学・教育学・哲学など)す
べての成立がかかっている、と言っていい。ここでは常にヨミ、吟味する主体
自身のからだとことばが吟味批判されざるを得ないし、解体しなくてはならな
い。この全過程が新しい意味で「からだでヨム」ことであり、そこから長い苦
労を経て、新しいデジタル記号とのつながりも含めた、実践と論理の一体化し
た、現代というより未来の言語と学問とが生まれうる、かどうか。たぶん近代
の始まりにおいてガリレオたちが手紙のやりとりで歩んだようなプロセスが、
今改めて求められている、ということなのでしょう。
絵本からはじまることばの体験
松居 そういうことばの体験が、いまおとなも子どももとっても弱くなってい
る。けれどもたまたま絵本をよく読んでもらった子どもは、それに近いことが
あります。これは二歳、三歳、四歳ぐらいの子どもまでしかできませんが、そ
のころの子どもで、自分の好きな本をくり返しくり返し読んでもらいますと、
全部覚えてしまいます。その覚え方に特色があるんです。原文と一言半句違わ
ないで覚えるんです。
これは原文と一言半句違わないというのが特色なんです。小学校ぐらいにな
るともうできません。おとなになると全然できません。一番典型的な例は俵万
智さんです。俵万智さんが三歳の時に、『三びきのやぎのがらがらどん』を全
部言えたと、エッセイに書いています。「二歳から三歳までに毎晩、母に何度
も読ませていた」と書いてありますから、おそらく千回以上聞いているんです
。
三びきのやぎの吊り橋を渡る音が違う。「ガタンゴトン ガタンゴトン」と
いうのと、「ガタゴト ガタゴト」というのと、「カタコト カタコト」とい
うのと、これは私の子どもも全部覚えていました。俵さんは、「三歳の時にあ
る日絵を見ていたら、ことばが全部出てきた」と書いてあります。めくってい
くと、どんどん言えた、まだ字は読めないけれども。最後の「チョキン パチ
ン ストン」の、話はおしまいまで言えたというんです。私は、そうか、いい
体験をされたんだねと思ったんです。その物語を聴くのが何よりの喜びでしょ
う。ことばというのは喜びだと……、楽しいことばを全部食べちゃうんです。
ぼくは「食べる」としか言いようがないと思います。その食べたことばが血肉
になっているものですから、絵を見た途端それが出てくるんです。それがいつ
出てくるかはわかりません。俵さんの表現の原点は、これかと思いました。聴
くことが喜びだったのが、お母さんが読むのとまったく同じように自分で言え
るわけですから、こんなに楽しいことはありません。ことばで表現するという
のがどんなに楽しいことかというのを、彼女は三歳の時に知ったんです。だっ
たらあの生き生きしたことばの使い方はわかるよと、私はそれで納得したんで
す。
そういうことばと喜びとが一つになったときに、ぼくはことばの命というも
のが感じられるんだと思うんです。そしてことばの世界を自由自在に耳から出
たり入ったりして、楽しい体験をもっているものですから、ことばが大好きに
なっているので、文字を読むという技術を習得したときにその技術を見事に駆
使できる。いままで耳だったのが、目にチャンネルを切り換えるだけですから
。そうしたら、どんどんどんどんことばの世界に深く入っていく。そういう実
例が、読書感想文を読んでいますと、子どものなかにいます。あ、この子ども
は原作者を越えてるっていうのが(笑)。子どもはすごく深く入っているんで
す。だから子どものことばの力というのは、聴くことからはじまって、そして
読むというところへつながっていくんだと思うんです。(抜粋)
(たけうち・としはる/演出家)
(まつい・ただし/児童文学家)