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百年先を見通し、時代を切り拓いた
男の全体像が、今、蘇る

〈後藤新平生誕150周年記念大企画〉

後藤新平の全仕事

〈編集委員〉
青山やすし粕谷一希御厨貴

 医療・交通・通信・都市計画等の内政から、対ユーラシア及び新大陸の世界政策まで、百年先を見据えた先駆的な構想を次々に打ち出し、同時代人の度肝を抜いた男、後藤新平。その知られざる業績の全貌を初めて明らかにする。



■「後藤新平の全仕事」を推す

日本の21世紀への新しい展開の書
 下河辺淳(元NIRA理事長)

国家経営者としての後藤新平
 三谷太一郎
   (成蹊大学教授・東京大学名誉教授)


後藤新平の様な人物が今の日本国にいたら
 森繁久彌(俳優)

後藤新平が築いた今日の台湾
 李登輝(台湾・前総統)


■「後藤新平の会」HP
 後藤新平の仕事に関心をもつ人々が出会える「場」として創立!



■後藤新平の全生涯を描いた金字塔

〈決定版〉正伝 後藤新平 
(全8分冊/ 別巻1)

鶴見祐輔 著/一海知義 校訂

Now Printing
 波乱万丈の生涯を、膨大な一次資料を駆使して描ききった評伝の金字塔。完全に新漢字・現代仮名遣いに改め、資料には釈文を付した決定版。

 1 医者時代  前史〜1893年
(第1回配本 2004年11月)

 2 衛生局長時代 1894〜98年
(第2回配本 2004年12月)

 3 台湾時代 1898〜1906年
(第3回配本 2005年2月)

 4 満鉄時代 1906〜08年
(第4回配本 2005年4月)

 5 第二次桂内閣時代 1908〜16年
(第5回配本 2005年7月)

 6 寺内内閣時代 1916〜18年
(第6回配本 2005年11月)

 7 東京市長時代 1919〜23年
(第7回配本 2006年3月)

 8 「政治の倫理化」時代 1923年〜29年
(第8回配本 2006年7月)

 別巻 年譜・総索引・総目次


四六変上製 各巻約700頁 
(2007年5月刊行予定)


■今、なぜ後藤新平か? その業績と人脈の全体像を、四十人の気鋭の執筆者が解き明かす!

〈プレ企画〉
時代の先覚者・後藤新平 1857-1929


御厨貴 編
A5判 304頁 3360円
(2004年10月刊)


■雄渾な筆跡による二人の全書簡を、写真版で収録。

往復書簡
後藤新平-徳富蘇峰 1895-1929


高野静子 編著
菊大判 216頁 6300円
(2005年12月刊)


〈続刊〉マイクロフィルムから膨大な手稿を今初めて活字化する

後藤新平日記(全巻予定)
後藤新平全書簡(全巻予定)
後藤新平集(全巻予定)

今だからこそ読みたい後藤新平の箴言集

〈現代語訳〉政治の倫理化  後藤新平著/解題=御厨貴
大 義――後藤新平語録  青山やすし編
後藤新平言行録
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後藤新平(1857-1929)とは・・・・・・

 水沢藩(岩手県)の医家に生まれ、藩校をへて福島の須賀川医学校卒。1880年(明治13)、弱冠23歳で愛知県立病院長兼愛知医学校長に。板垣退助の岐阜遭難事件に駆けつけ名を馳せる。83年内務省衛生局技師、ドイツ留学後同局長。相馬事件連座のため衛生局を辞すも、陸軍検疫部にて日清戦争帰還兵の検疫に手腕を発揮し、衛生局長に復す。
 1898年、総督児玉源太郎のもと台湾民政局長に抜擢、足かけ九年にわたり台湾近代化に努める。1906年、初代満鉄総裁に就任、満洲経営の基礎を築く。
 1908年より第二次・第三次桂太郎内閣の逓相。鉄道院総裁・拓殖局副総裁を兼ねた。16年、寺内正毅内閣の内相。ついで外相としてシベリア出兵を主張。
 1920年東京市長となり腐敗した市政の改革を唱導。在任中の23年、ソ連極東代表のヨッフェを私的に招き、日ソ国交回復に尽力する。23年の関東大震災直後、第二次山本権兵衛内閣の内相兼帝都復興院総裁となり、大規模な復興計画を立案。
 政界引退後は、東京放送局初代総裁、少年団(ボーイスカウト)総長を歴任、「政治の倫理化」を訴え、全国を遊説した。
 1929年、遊説先の京都で死去。
 

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