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「骨のうたう」竹内浩三の詩と自筆の絵で構成!

竹内浩三集

竹内浩三文と絵
よしだみどり編
Now Printing

 泣き虫で笑い上戸、淋しがりやでお姉さんっ子、「よくふられる代わりによくホレる」……思わず吹きだす天賦のユーモアに溢れながら、ギクリとさせられる、人間の暗い内実を鋭く抉る言葉。しかし底抜けの明るさで笑い飛ばすコーゾー少年の青春!! 自ら描いたユニークなマンガとの絶妙な取り合わせに、何度読んでも涙と笑いが止まらない!!

B6変上製 272頁 2310円
◇4-89434-528-5 2006年10月刊)

【書評・紹介】

●目 次●
I 五月のように
 五月のように
 三ツ星さん
 雲(一)
 説教
 夜更け
 膀胱
 うどん
 放尿
 烟
 秋の色
 雲(二)
 かえうた
 しかられて
 口業
 十二ヶ月
 YAMA
 愚の旗
 よく生きてきたと思う
II 芸術について
 大正文化概論
 江古田の森
 人生
 町角の飯屋で
 金こない
 雨
 金がきたら
 麦
 ある夜
 東京
 泥葬
 ひたぶるにただ
 生きていることは
 芸術について
 モオツアルトのシンホニイ四〇番
 メンデルスゾーンのヴァイオリンコンチェルト
 チャイコフスキイのトリオ
 トスカニニのエロイカ
 手紙
 こん畜生
 あきらめろと云うが
 おんな
 みじか夜を
 妹
 空をかける
 星
 海
 北海に
 むしょうに寂しうございます
 夜汽車の中で
 わかれ
 兵隊になるぼくは
III 色のない旗
 ぼくもいくさに征くのだけれど
 蝶
 詩をやめはしない
 冬に死す
 わが影
 宇治橋
 おとこの子
 曇り空
 おもちゃの汽車
 なんのために
 横町の食堂で
 夕焼け
 鈍走記
 色のない旗
 空は ぼくは
IV 入営のことば
 入営のことば
 兵営の桜
 ぼくのねがいは
 雀
 寒イ景色ノ中デ
 行軍(一)
 ベートーベン第七交響曲
 白イ月ノ夜
 行軍(二)
 風とマンジェと
 ナポレオンハネェ
 射撃について
 今夜はまた……
 夜通し風がふいていた
 空ヲトンダ歌
 南からの種子
 ボクの日本は
 春ガキタ
 陽炎ガ
 五月ガキテモ
 うたうたいは
V 骨のうたう
 みどり葉の五月
 ことしのせっく
 はつはな
 汗
 月夜ノ剣術
 田園詩
 ボクガ戦ウ
 ハガキミタ
 白い雲
 演習(一)
 望郷
 演習(二)
 姉よ
 日本が見えない
 お前
 帰還
 骨のうたう
 
 鈍走記(草稿)
 骨のうたう(原型)
 
 出典一覧
 あとがき

【藤原書店PR誌『機』2006年10月号より】

●人間の暗い内実を鋭く抉りながら、底抜けに明るい浩三の世界!

いのち煌めく詩
よしだみどり
 毎年、終戦記念日が近くなると、必ずといってよいほど取り上げられる、竹内浩三の詩。
 しかし、浩三の作品を知れば知るほど、彼の天才は戦没詩人の枠からはみ出してゆく。
 それは天衣無縫ともいえる詩の、生命煌めく言葉が、あまりにも魅力的だからである。
 恐らく、二十三歳で命日を与えられていなければ、彼の夢であった映画監督、そしてジャン・コクトーのような多才な詩人にもなっていたのかもしれない。本人も「芸術の申し子」を自覚していた。
 彼は恋愛がほとんど成就せず、「おんなに、たいして、しびれるようなみれんを、おぼえるけれど、それは、それだけのことである」と書き、「墨をすって、半紙に『以伎芸天為 我 妻』と書いて、壁にはった。そしたら、涙がぽろぽろと出た。伎芸天とは、芸術の神である」と宣言したりしたのは、失恋の傷手による青春の一コマかもしれないが、戦時中であることを考えれば、半ば本気でもあったろう。「粗食難行のあげくさとる。死人に慾はない。死人が女にだきついたハナシはワイ談でなく、クワイ(怪)談である」――。
 学徒出陣で繰り上げ卒業、入隊が近付き東京を離れる時、「おれ征きたくないよう」とワァワァ泣きながら路地裏に消えた浩三。いよいよ実家から見送られる時、自室で一人チャイコフスキーの交響曲「悲愴」を背を丸めて膝を抱きながら聴き、姉が促すと、「姉さん、こんな音楽、もう 以前、弟がどんなに軍人に不適合であるか知っていた姉が思案して、伊勢選出の大臣の秘書に面会に行くよう説得した時、「一生のお願いだそうですが、こんなたわいもないことに一生のお願いでは、人間が安すっぽく見えて、いけません。(中略)大映の京都の助監督の口があったが、兵隊前なので、ダメでした。ぼくは、芸術の子です」と返事を書いた。
 親友の回想には、「彼は、生れながらにして円光をもっているような善人であり、生れながらの数少ない詩人の一人であった。呼吸をするように、詩が生れ、画ができた」とある。
 誰もが皆、軍国少年になっていた頃、洗脳教育にけがされることのなかった尊い詩人の魂は、ついに詩の中で「日本が見えない」と叫ぶ。当時の言論弾圧の厳しさを考えると、このような詩が生まれ、遺されたことに奇跡さえ感じる。
 戦争の狂気をおそれ、正気を失うまいとしてがけで書かれた詩ゆえに、人間らしさに満ち溢れ、今や、物質主義によって人間性を失いつつある社会にあっては、浩三の詩は足元を照らす光のようにも思われる。
 「生きることは楽しいね/ほんとに私は生きている」とうたう五月生まれの浩三の天真が「赤子/全部ヲオ返シスル/玉砕 白紙 真水 春の水」とまで透徹した境地に行きつくまでの作品を追うと、それは、人類救済の魂のうたのようにも聞こえてくる。
(よしだ・みどり/作家・画家)