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従来のパリ・イメージを一新する、全く新しい試み!

パリ・日本人の
    心象地図

1867-1945

和田博文・真銅正宏・竹松良明・宮内淳子・和田桂子
Now Printing

 明治、大正、昭和前期にパリに生きた日本人60余人の住所と、約100の重要なスポットを手がかりに、従来のパリ・イメージを一新する、全く新しい試み! ●写真・図版200点余/地図10枚

A5上製 384頁 4410円
2004年2月刊)
◇4-89434-374-6


【書評・紹介】

  • 7/31 図書新聞「2004年上半期読者アンケート」欄
  • 4/4 読売新聞「読書」欄

  • 《目次》

    プロローグ  パリ・日本人の心象地図 1867-1945
    第1部 パリの日本人社会と都市の記憶
    第2部 日本人のパリ都市空間
     1 エッフェル塔とパッシー
     2 凱旋門からルーヴルへ
     3 モンマルトル
     4 オペラ座界隈
     5 カルチェ・ラタン
     6 リュクサンブール公園とサン・ジェルマン・デ・プレ
     7 モンパルナス
     8 日本館付近とその他の地域

    〔附〕在パリ日本人年表 1867-1945


    《関連書》
    『言語都市・上海』
    『言語都市・パリ』


    【藤原書店PR誌『機』2004年2月号より】

    文学・歴史・地理の横断的成果

    パリ都市空間への日本人の視線

    和田博文

    日本人住所とスポットの地図
     「言語都市」のシリーズが藤原書店から刊行され始めたのは、1999年のことである。『言語都市・上海』が最初の一冊で、2002年に『言語都市・パリ』をまとめ、現在は『言語都市・ベルリン』のための調査を進めている。言葉で描かれた海外の都市像を通して、近代日本の異文化体験を問う一連の仕事は、まだしばらく続くことになるだろう。
     本書は、成立過程から言えば、『言語都市・パリ』と双子の関係になる。だが31人の日本人のパリ体験を論じた前著とは、目鼻立ちがかなり異なる。本書の大部をなす「2  日本人のパリ都市空間」では、パリの地図に、長期滞在者を中心に、63人の日本人の住所四六ヵ所を書き込んだ。居住した場所に引き付けて、パリ体験を考えてみたかったからである。
     また日本人がしばしば立ち寄り、作品に描いた93のスポットも、パリの地図に記載した。それらはシャンゼリゼ通りなどの観光地、ロダン美術館などの美術館、オペラ座などの劇場、エスカルゴなどのレストラン、クロズリー・デ・リラなどのカフェ、諏訪旅館などの日本人経営店、さらには娼館や、死体収容所・変死人掲示場にまで及んでいる。
     合計139ヵ所のスポットを、本書は八つのエリアに布置した。@エッフェル塔とパッシー、A凱旋門からルーヴルへ、Bモンマルトル、Cオペラ座界隈、Dカルチェ・ラタン、Eリュクサンブール公園とサン・ジェルマン・デ・プレ、Fモンパルナス、G日本館付近と、その他の地域。エリアをあらかじめ決めていたわけではない。139ヵ所のスポットが、結果としてエリアを分けたのである。

    心象地図と日本人社会
    そのことは本書が単なる文学散歩の本ではなく、日本人にとってのパリ都市空間を問う本であることを語っている。本書のキーワードとなった心象地図は、地理学の分野での認知地図とほぼ同義だが、心象=イメージに、より軸足をおいた概念である。都市イメージは、情報に基づく身体移動によって形成される。だが情報にも身体移動にも、ナショナリティーや職業性や経済力という網が、あらかじめ被せられている。
     日本で最も定着しているパリ・イメージは、芸術の都だろう。モンパルナスを拠点とした美術家や、美術館を訪れた観光客が、そのイメージを揺るぎないものにした。しかし日本人の心象地図はより多層的である。実際に日本人の多くが居住したのは、高級住宅街のパッシー地区だった。また日本に経済的な支えがない長期滞在者は、貧困や病気や老いに直面することになる。
     本書の「1  パリの日本人社会と都市の記憶」は、パリの日本人社会やネットワークを明らかにしている。パリでの日仏文化交流の問題も取り上げた。画家や知識人にとってのパリや、帰国後の追憶に現れるパリも対象化している。ここで見えてくるパリ・イメージや日本人の姿は、「2 日本人のパリ都市空間」の地図の、八つのエリアやスポットと、有機的にリンクしているはずである。
     外務省外交資料館で調査中に、公文書から思いがけない人物のドラマが現れてきて、胸をつかれたことがあった。小松清が編集し、NRFの知識人が協力した、日仏文化交流誌『フランス・ジャポン』の発行所が、満鉄の欧州事務所と同一住所であると判明したときは驚いた。衝撃や驚きは、本書で開くことができたケースも、謎のまま残されたケースもある。その意味で合計139ヵ所のスポットは、近代日本や日本人の、もう一つのドラマにつながる通路にもなっている。
    (わだ・ひろふみ/東洋大学教授)