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【書評・紹介】 |
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《目次》
日本の読者へ はじめに 第1部 「痕跡」としての女性史 女性が記憶をとどめるとき マルクスの娘たちの未刊の手紙 貴族街の若い女性の私生活――見出されたカロリーヌ・Bの日記 カロリーヌ日記――家族・社交界・宗教・個の目ざめ 乳幼児へのまなざし――カロリーヌ日記における「ベビー」 第2部 仕事と女性 女性のストライキ 女性のストライキの特徴/女性のストライキの職業社会学 主婦を礼賛する労働者の言説 反抗する民衆の女性 機械と女性 乳母から従業員へ 「女性にふさわしい職業」 第3部 都市と女性 女性の強さ? 男性の権力? 家から出る――社会活動・就職・移住・旅・戦場 禁じられた言葉――聴衆を前にした発言 市民権――ジェンダーと政治 都市のジェンダー 第4部 人物 社会主義者フロラ・トリスタンのジャーナリズム 政治に関与した初の女性、ジョルジュ・サンド 第5部 論争点 戦争は両性の関係を変えたか 女性の身体は誰のものか――「初夜権」をめぐって 女性とその、あるいは女性のまなざし 公的生活と私生活 アイデンティティ、平等、差異 対立のない歴史――モナ・オズーフ『女性の言葉』について ミシェル・フーコーと女性の歴史 原注/訳者あとがき/ミシェル・ペロー著作一覧/人名索引 |
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【藤原書店PR誌『機』2003年7・8月号より】
「女性史」研究の世界的第一人者、積年の労作の集大成!
歴史の沈黙 持田明子
女性の歴史を書くこと 本書は、アナール派の中心人物G・デュビィとともに、女性史研究者七〇名 のグループを率いて、浩瀚な『西洋における女性の歴史』(全五巻)(邦訳『女の 歴史』藤原書店)を完成させた、ミシェル・ペローの二〇余年にわたる「女性の 歴史」に関する主要論文を集めたものである。著者自らの言葉を借りるならば 、「個人的な道のりと同時に、共同の冒険を浮かび上がらせる」二五篇の論文 が、産業革命以後のフランス社会の中の〈女性の世界〉を重層的に照射する。 「沈黙は社会、家族、そして身体の規律であり、同時に、政治的、社会的、 家族的な規範である」と著者は言う。女性の歴史を書くことは、沈黙を強いら れてきた女性たちが残した記憶のわずかな痕跡を丹念に拾い集め、その姿を見 えるようにすることである。 たとえば、第1部「『痕跡』としての女性史」では、偶然著者の手元に届いた 、「カロリーヌ・ブラムの日記」と手書きされた八つ折の褐色のノート――一 九世紀後半のパリの貴族街に暮らした若い女性の私的な日記。遠い過去からの 細く長い糸を手繰るように、一葉一葉、ゆっくりと頁を繰ることで、現実に生 きた一人の女性の、信仰に篤い日常生活が細部にわたって再構築される。娘ら しい笑い声、ひそやかなため息、押し殺した嗚咽が我々の耳に響く。そして、 その背後に、この時代の、この階層の女性たちの人生が鮮やかに浮かび上がる 。 あるいは、マルクスの三人の娘たち、ジェニー、ローラ、エリナが交わした 数多くの手紙から、「巨人」の(その死後さえも)大きく、重い影に覆われた 、三様の〈女性の生涯〉が現出する。『資本論』、インターナショナル、コミ ューン……の時代と社会。現実の苦境からの、唯一の出口であるかのように、 自らの生に終止符を打ったエリナ……。 一方、第部「都市と女性」では、十九世紀の都市空間の性別化や、公的空間 からの女性の締め出しが語られる。フランスで女性が選挙権を獲得するのは第 二次世界大戦後のことである。 サンドへの関心の高さ ところで、本書でも大きな紙幅が割かれているジョルジュ・サンド(一八〇 四―七六)にペローは大きな関心を抱いているように思われる。一九七七年に 、サンドの政治的論文集を編纂し(邦訳『サンド――政治と論争』藤原書店) 、「この女性の冒険には普遍的広がりと輝かしい今日性がある。サンドは我々 の同時代人である」と言明した。今年初め、二〇〇四年のサンド生誕二〇〇年 を機に《サンドのパンテオン[フランス国家に対して偉大な貢献をした人々を合 祀する霊廟]入り》の推進を目的とした国の委員会が設立され、委員の一人に就 任した。この運動に対する賛否両論が『ル・モンド』紙を中心にメディアを賑 わせたことは記憶に新しが、五月半ばに著者から頂いた手紙に、「目下、私は ジョルジュ・サンドに囚われています。彼女についてラジオ(「フランス・キ ュルチュール」)の三十分番組で、五回話すために、準備しています。これは 楽しいことです」とあった。本書の序文の中で著者が回想したその少女時代、ボーヴォワールの『第二の 性』の衝撃、ソルボンヌ大学の専任講師であった〈六八年五月〉の日々。その 沸き立つような熱気の中で、重ねられた議論の中から生まれたという、新しい 〈女性の歴史〉研究の形成過程は、ミシェル・ペローという女性史研究の世界 的第一人者の研究者としての〈道程〉を語るものに他ならず、その声を直接に 聴く思いで、ひときわ心に響くテクストであった。 (もちだ・あきこ/九州産業大学教授)
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