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【書評・紹介】 |
【目次】
第1場 新しいリハビリテーションへ 第2場 ひとりずつ目標が異なる 第3場 患者学のすすめ 第4場 リハビリテーションの科学モデル 第5場 専門職――普遍的法則と個別性 第6場 内発的発展論とリハビリテーションの思想1―指導者 第7場 内発的発展論とリハビリテーションの思想2―援助 第8場 内発的発展論の模式と検証 第9場 内発的リハビリテーション あとがき 鶴見和子 〈対談を終えて〉鶴見和子さんへのお答え 上田 敏 |
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【藤原書店PR誌『機』2003年7・8月号より】 患者が人間らしく主体的に生きるために患者学のすすめ 上田敏
鶴見和子
ひとりひとりに応じた目標を 上田 私たちは、最初のゴールとして、鶴見さんは車椅子でもいいから、着物 を着て、講演をなさる、できれば外国まで行って英語で講演なさるという、そ ういうゴールでいきましょうとお話をしましたけれども、これは鶴見さんだか らそういうことを言ったのであって、ほかの人には、またその人に応じた生き 方の目標というものをいっしょに考えましょうということです。そのためにはこちらは専門家として、現実的にこれは可能ですということを はっきりと呈示します。リハビリテーションをすれば種々の活動の能力をどこ まで高めることができるかという見通しをはっきりさせた上で、ご本人のいま までの生き方とか、いちばん得意とされることとか、いちばん興味をもってお られることとか、もちろんいろいろと話し合って、よく知った上で、三つでも 四つでも、多ければ多いほどいいんですけれども、あなたのこれからの人生に はこういう可能性がありますから、その中のどれを選びますか、と複数の選択 肢を出して問いかける。 さまざまな可能性が開ける 鶴見 先生のやり方であれだけお稽古をしていただいてわかったことは、はじ めはできないと思っていたことができるようになる。それは当然のことだと思 うけれど、それだけじゃなくて、さまざまな付随的な可能性が開けていくとい うことがあるのよ。それは驚くほどだったんです。つまり歩くというのは、歩くために歩くんじゃないということがわかったの 。そうじゃなくて、歩くお稽古をすることによって、私全体が変わってきたと いうことなの。だから可能性を引き出そうとすれば、いままで思いもかけなか った可能性が生まれるということなの。歌は最初からわきだしてきたんだけれ ど、それがいままでずっと続いているということは、これは思いもかけないこ となんです。これは毎日歩くお稽古をすることによって、私自身がいままで考 えないような感受性、つまり自然に対する、人間に対する、そのほかの動物に 対する、植物に対する感受性がまったく違う形で開けてきたこと。これははじ めから全然思いもしませんでした。だから自分の内発的発展論についても、い ままで考えていた筋道と違うところで開いてきたんです。 リハビリテーションと内発的発展 上田 内発的発展論の勉強を少しさせていただいて、私はリハビリテーション 医学で目標指向的アプローチと非常に似ているところが多々あるなということ を感じました。内発的ということと響きあうのではないかと思うのは、前にもお話ししまし たけれど、自己決定権を尊重するということが、発展させていく自発性を非常 に尊重することと響き合うものがある。内発性と自発性というのは、やはり内 発的発展論でも絡みあっているのではないかと思っています。 次に、違いになってくるんですが、対象が個人であるか、あるいは地域社会 や国家であるかということによって、当然の違いかもしれないけれども、リハ ビリテーションの場合には、患者さんが一人で、自発的になんの助けも得ずに 内発的に発展していくのではなくて、専門的な援助者がいるということです。 いままではその専門的援助者、つまり医療チーム、リハビリテーションのチー ムの人たちが、いわば帝国主義的に、内発的でない発展を押しつけて、こっち へ行け、あっちへ行けというふうに押しつけていった。それは大きなまちがい だったんですが。そうではなくて、本当に内発的に患者さんが発展していける ような専門的援助をする。そのための援助の仕方はどうあるべきか、というこ とを目標指向的リハビリテーションのプログラムとして、専門家がそういうプ ログラムを立てなければいけないといっているんです。 それを今度は内発的発展論にあてはめて考えた場合にはどうなるのか。支配 でない援助、本当に自立性や自発性を尊重する援助というものが行われるなら ば、われわれがリハビリテーションの個人のレベルで行おうとしているものに 非常に近い。 (つるみ・かずこ/社会学者)
(うえだ・さとし/リハビリテーション医学) ※全文は『患者学のすすめ』に収録(構成・編集部)。 |