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書評・紹介情報(2006年) 10月21日更新
1998年分  1999年分  2000年分  2001年分  2002年分  2003年分  2004年分  2005年分 
12月
脱デフレの歴史分析
週刊東洋経済 12/30-1/6月号 「経済・経営書ベスト100」欄
【田中秀臣氏・中村宗悦氏・
原田泰氏】
 近代以降の日本の経済を政策レジームの推移から分析した鋭い論考。日本がここ十数年直面した経済的停滞の評価とその処方箋も歴史的見地からクリアに提示している。06年の一大成果である。(田中氏)
強毒性新型インフルエンザの脅威
バイオニクス 12月号 「BOOK SHELF」欄
 歴史学の視点からみた過去のインフルエンザ流行の実態や規模に関する研究が頻繁に引用される点も興味深い。近年1918年の大流行の研究が進み、悲惨な実態や従来の見方よりも大規模な被害者数がみえてきた。歴史に学べば、新型インフルエンザがひとたび流行すれば、指数関数的に患者数は増加し、社会の中核を構成する青年・壮年への打撃が大きいという。……
 なんとかインフルエンザの被害を封じ込める方策を社会として構築し、実施していく必要がある。われわれは「適切な危機感」を共有できるだろうか。
11月
竹内浩三集
サンデー毎日 11/26号 「読書の部屋」欄
【池内紀氏】
 竹内浩三を詩「骨のうたう」で知っている人もいるだろう。……
 幼いころから漫画が好きで、絵をたくさん残していたので、編者が詩と絵をくみ合わせて一冊の選集にした。……
 国家の命令で死地の赴く前の、ほんの短い青春のひとこま。
 意味ありげな、ものものしい、つくりものの言葉がハンランする時代には、ものしずかな、なんでもない言葉こそが、なおのこと光ってくる。
「お札」にみる日本仏教
11/19 東京新聞 【川村邦光氏】
 お札から日本の仏教史を論じようとする、それはなんと無謀な試みかと思われるかもしれない。このようなことは誰も構想したことがない。それが本書では敢行されているのだ。……
 一般民衆が諸尊のお札をどのような御利益のために祀ったのかについても解説されていて、民間の仏教信仰までフォローされている。仏教の教学よりも、庶民仏教に重点が置かれ、本書を一層魅力あるものにしている。
満鉄調査部の軌跡
11/19 毎日新聞 21世紀を読む
【小林英夫氏】
 満鉄の歩みは、明治以降敗戦までの日本近代の大陸政策の軌跡であり、調査部の活動もまたその例外ではなかった。そこには、帝国日本のアジア植民地化の跡が色濃く投影されていた。そうした制約はあるものの、調査部は、膨大な調査を実施し、その調査報告書を残し、そして国策に関与するなかで戦後の高度成長に連なるアイデアを案出した。この遺産のすべてとはいわずとも、最良の部分を引き継いで将来の日本とアジアの政治・経済・思想の連携に生かすべきものは少なくない。
苦海浄土 第二部 神々の村
11/15 朝日新聞 「文化」面
【福島建治氏】
 作家の石牟礼道子さんによる『苦海浄土』3部作の第2部『神々の村』が藤原書店から単行本として出た。……
 株主総会で、患者たちのご詠歌が響く。一方、訴訟に加わらず行政に任せた一任派の初代水俣病患者家庭互助会長に、共同体での義人としての存在を読み取ってもいる。近代に踏みにじられる、前近代の基層にあった残光を、祈りと共に書きとどめた。……
 石牟礼さんは「登場していただいた方々も亡くなられ、ご仏前に本を供えたいと思っていたが、私も体が不自由になってしまって。株主総会の時、患者さんにちゃんと書いてくださいと言われた約束がやっと果たせた気がします」と話している。
乳がんは女たちをつなぐ
11/12 日本経済新聞 「患者の目」欄
【大津典子氏】
 たまたま同じ時期に同じ乳腺クリニックで乳がんの手術を受けた、それだけの縁なのに、ある意味では、家族より頼りなる仲間が十人ばかりできた。この十二年で三人を失ったが、三人とも愚痴も言わず、転移の状況と治療内容を仲間に教え、「乳がんでよかった」と旅立っていった。……
 彼女の七回忌を機に私は書き始めた。それが、「乳がんは女たちをつなぐ―京都から世界へ」という形になった
天皇と政治
11/12 日本経済新聞
 「前近代から連綿と続く天皇なる存在」を軸に、明治国家の完成期から現代までを対象に、政治と思想を考察した気鋭の政治学者の評論と対談、インタビューなどを集成。「どこまでいっても憲法に規定されない天皇というのがあって、そこを正面からつかまえないと、日本の近代というのはわからない」といった指摘が示唆に富む。
帝国以後  「帝国以後」と日本の選択
11/9 産済新聞 「断」欄
【富岡幸一郎氏】
 (ポール・)ニザンの孫の歴史学者エマニュエル・トッド氏が、日本は核武装の選択の可能性を考えるべきだ、と提案している。朝日新聞のインタビューである。……
 トッド氏は、北朝鮮の核問題にふれながら、バランス・オブ・パワーの観点から、「一定の条件の下で日本やイランが核を持てば世界はより安定する」と言う。被爆国である国民感情はわかるが、米国と中国という「二つの不安定な巨大システム」の間にある日本は、核を所有することで、むしろ「戦争の巻き込まれる恐れはなくなる」とドゴール主義的な自説を堂々と展開している。
 
11/8 日本経済新聞(夕刊) 「ベストセラーの裏側」欄
 『雪』は作家自身が「最初で最後の政治小説」と呼ぶ作品。1990年代初めのトルコの国境の町カルスを舞台に、ドイツから戻った「無神論者」の詩人が、イスラム原理主義と世俗主義の対立で起きたクーデターに遭遇するとの内容だ。英訳は欧米の一部でベストエラーになったという。
 
黒衣の女ベルト・モリゾ 
11/5 日本経済新聞 【坂上桂子氏】
 ボナ氏の語り口は冷静で、決して意図的に何かを強調しようとはしていない。それは彼女の文章のリズムを反映した簡潔な翻訳と相俟って、表向きは淡々としながらも内には確固たる情熱を秘めた、熱い一人の女性の生涯を、みごとに私たちに伝えてくる。
 今、日本ではベルト・モリゾが注目されている。本年は巣すでに、評伝と画集もはじめて出版された。本書の出版によって、モリゾが私たちにとって、またさらに身近な存在となったことはうれしい限りである。
後藤新平の全仕事
歴史街道 11月号 【岡田幹彦氏】
 統治が困難を極める台湾は、二人の日本人の派遣とともに近代化への道を歩み始める。その人物こそ、のちに日露戦争を勝利に導く児玉源太郎と「台湾近代化の父」と称される後藤新平であった。彼らはなぜ、奇跡的発展の礎を築くことができたのだろうか。
10月
『環』26号
10/26 朝日新聞 「学のいま」欄
【鈴木京一氏】
 少子化が社会で問題とされるようになったのは、合計特殊出生率(女性が生涯に生む子の平均数)が「ひのえうま」も66年を下回って最低となった、89年の「1・57ショック」からだ。しかし人工学者の間では、早い時期から出生率低下が警戒されていた。
わたしの名は紅 
イスタンブール
NEWSWEEK 10/25号 「Literature」欄
 今年度のノーベル文学賞の受賞者に決まったトルコ人作家のオルハン・パムク。彼の作品で最も重要な要素は、物語の舞台となる場所だ。代表作『わたしの名は紅』や自伝的作品『イスタンブール』で、パムクは東洋と西洋の摩擦を誰よりも巧みに描いてきた。
わたしの名は紅 イスタンブール
10/22 毎日新聞 「文化という劇場」欄
【佐藤由紀氏】
 イスタンブールは昔もいまも新旧、東西の文化が無秩序に混在する魅力的な街である。
 「私はイスタンブールで生まれ、いつもここに帰ってきた。イスタンブールの運命は私の運命なのだ。街は私をひきつけて離さない。なぜならこの街が私を作ってくれたのだから」
 今年のノーベル文学賞が決まったトルコ人作家、オルハン・パムクさんは、自伝『イスタンブール』にこう書いている。……
 04年に歴史ミステリー『わたしの名は紅』が邦訳出版され、来日したパムクさんに話を聞く機会があった。……「異なるものが存在する場所でこそ、新しいものすばらしいものが生まれる。近代化とは古来の文化をすっかり捨てることではなく、多様なものを融和させることなのだ」と語った。
西欧言語の歴史
10/22 毎日新聞 【鹿島茂氏】
 言語こそは民族がどこから発し、征服や被征服、交易や交流などを通してどのように変容していったか、その史的変遷を教えてくれる重要なカギなのである。
 本書は、言語の起源と歴史と分布をヨーロッパの全言語(スラブ語系とアジア系は除く)について調べ、目の覚めるような見取り図を示した画期的な本である。……
 バスク語のようなマイナー言語にまで目配りのきいた素晴らしい一般書。言語クイズのコラムも好奇心を刺激する。言語好きには欠かせない一冊。
「機」10月号
10/21 東京新聞 筆洗
 〈政人いざ事問わん老人われ生きぬく道のありやなしやと 〉7月末に、88歳で急逝した鶴見和子さんが遺した歌だ。免疫学者の多田富雄さんが『機』10月号の追悼特集に寄せた文章「山姥の死」の中で紹介している……
 鶴見さんは最後のエッセーで「老人は寝たきりにして死期を早めようとするのだ。この老人医療改定は、老人に対する死刑宣告のようなものだ」と糾弾、冒頭の歌を詠んだ……
 阿部政権の発足と北朝鮮の核実験で、政治の目は外に向かい、内では教育基本法改正が焦点という。この“姥捨”の現実を見過ごしていいのか。
O・パムク氏ノーベル文学賞受賞
10/19 日本経済新聞 「文化往来」欄
 同書(『わたしの名は紅』)が刊行された2004年秋に来日。「西洋画の影響を受けて消えていった細密画への郷愁を書きたかった。とうした東西関係を『文明の衝突』としてとらえる考え方には興味がない」と述べ、文明の交流こそが優れた芸術を生み出すとの見方を示した。……
 ポストモダニズムの作家として実験的な作品を次々に発表してきた。『わたしの名は紅』は人間以外のモノも含む様々な視点から語られており、日本で今春刊行された『雪』では作中に作家自らが登場する。西欧化の魅力と伝統文化への郷愁で揺れ動くトルコの人々を、西洋の新しい小説技法で描く姿勢こそが、まさにパムクの本領なのだろう。
O・パムク氏ノーベル文学賞受賞
10/17 読売新聞  
 今から2年前、初来日したオルハン・パムク氏にインタビューした時のこと。ノーベル文学賞について切り出すと、「だれもが聞く一番嫌な質問です。やめておきましょう」と、苦笑混じりにかわされてしまった。その氏がついに受賞を決めた。54歳の若さである。……
 「トルコは東西の懸け橋、と形容されることが多いが、重要なのはパムク氏がヨーロッパ側に橋を渡ってきた人だということ。彼への受賞には、イスラム教徒が固有文化の障壁を自ら越えて西欧的価値観を共有してほしいという、西欧知識人のメッセージが読み取れる」と池内氏は見る。
 現在はEU(欧州連合)加盟をめぐって揺れるトルコ。……受賞決定後、地元テレビの電話インタビューでパムク氏は、「机の前に座って仕事をする孤独な人間にとって賞は大きすぎるが、トルコと、トルコ語と、トルコ文学にとって大きな意味がある」と答えたという。
石牟礼道子
10/17 読売新聞 「編集手帳」欄
 水俣病を題材とした「苦海浄土」の作家石牟礼道子さんに、「祈るべき天とおもえど天の病む」という句がある。すがるべき政治や行政が頼りにならない、その絶望だろう
O・パムク氏ノーベル文学賞受賞
10/16 朝日新聞 「単眼/複眼」欄
【加藤修氏】
 ノーベル文学賞に決まったトルコの作家オルハン・パムクさんと、04年に東京・汐留のビル街を歩き回ったことがある。政治的な発言ばかりが注目されているが、おどけた表情で高層ビル群を背に自ら写真を撮り、冗談を言う朗らか表情と、日本文学への深い愛が印象に残っている。……
 パムクさんは英訳されたほとんどの谷崎作品を読んでいると言った。谷崎に興味があるのは「若いころ西洋文化にひかれ、後年、自国の伝統的な文化に回帰した姿が、自分自身に重なるから」だという。近代化と伝統のなかで悩んだ日本作家に、トルコの未来像を感じている。
 パムクさん自身も東と西、二つの文化が交錯するイスタンブールに生まれ、葛藤のなかで自己をみすえ、物語を作ってきた。
 「過去を忘れ、社会を忘れ、自分に閉じこもって本物(オーセンティック)になることはない。東と西の中で、私は私である……このテーマを書き続けてきました」
O・パムク氏ノーベル文学賞受賞
10/15 読売新聞 「よみうり堂から」欄
 注目すべきは、版元が、ブローデル『地中海』など人文・社会科学系の出版で知られる社員13人の藤原書店だったことだ。世界的には著名だが、日本では無名だったパムク作品に藤原良雄社長が注目したのは「東西文明が衝突し、融合するトルコの文学作品のすごさに一読して驚嘆したから」。同時に、「これほどの作品を大手の文芸出版で紹介してこなかったことにも驚きを感じ、使命感から出した」という。小出版社の「時代を捉える眼」が際立つ受賞だった。
 
漢詩逍遥
10/15 日本経済新聞 「活字の海で」欄
 『漢詩逍遥』は、一海知義・神戸大学名誉教授によるエッセー集。天安門事件を批判して米国人留学生が『人民日報』海外版に投稿した暗号めいた漢詩を取り上げ、「社会批判、政治風刺をこうした形でつきつけるのも、中国古典詩三千年の伝統の一つ」と指摘している。
O・パムク氏ノーベル文学賞受賞
10/14 信濃毎日新聞 「斜面」欄
 村上春樹さんの本を並べて、ノーベル文学賞発表に備えた。一部海外メディアで名が挙がっていたからだ。受賞したのは村上さんではなく、トルコのパムクさんだった。……20世紀初めオスマン・トルコ帝国で起きたとされる「アルメニア人虐殺」について、パムクさんは昨年、史実だと述べた。国家侮辱罪で起訴された。……起訴は今年初め取り下げられた。欧州(EU)加盟交渉の中、トルコ政府がEU側の懸念に配慮したとみられる。イスラムと西洋世界の接点にある国の難しさだ。パムクさんへの国内の風当たりは今後どうなるのか。受賞記念の講演とともに気になる。
O・パムク氏ノーベル文学賞受賞
10/14 共同通信社配信 【野中恵子氏】
 西欧はあこがれの対象であるとともに、強者たる覇権文化として、他者をのみ込み同化させる脅威ともなる。人々は危機感を抱き、失いかけた本来の自分を取り留めようと、一度は遠ざけた伝統や価値観に立ち戻る模索を始める。だが、たどるべき道を思うように見だせず、新たな独自の世界の創出も容易ではない。そうしてくすぶり続ける祖国トルコを、パムクは物語の中の観察眼として潜みながら、いら立ちの思い出見つめているのだ。
 ……固有の文化や価値観の再認識を促すパムクのメッセージは、国や地域を問わず、多くの人々が内に秘めていた問題意識に見事に応えたのだといっていい。
 パムクはこのメッセージを、グローバル文化が世界を席巻し、固有の文化を放棄させる無言の圧力として働くことへの反発にまで広げている。それが名実ともにグローバル文学としての金字塔を打ち立てた、逆説的な勝利の意義は大きい。パムク自身のスケールの大きさと、作家としての比類なき力量のなせるわざだ。
O・パムク氏ノーベル文学賞受賞
10/14 中日新聞 【稲葉千寿氏】
 「トルコは歴史的に東西問題を抱える国。日常生活での東西の人間の調和にずっと関心があった。衝突に関心はない」とにべもなく答え、「東」の人間が欧化されようとするときに感じる精神的苦痛を、あくまでも文学が扱わなくてはならない人間の苦悩としてとらえ、「変わりたいが変われないゆえに西欧化にあらがい、宗教や伝統に引き返すのだ」と分析していた。
O・パムク氏ノーベル文学賞受賞
10/14 産経新聞 【山内昌之氏】
 パムクは、『わたしの名は紅』の登場人物にユダヤ人の行商女を登場させ、『雪』の主人公にドイツ亡命生活の長いコスモポリタンをあてはめたように、作品をあえてトルコに限定した政治小説とせずに、広がりをおびた世界文学にしようとしているようだ。ドストエフスキーのように個々の登場人物を自由に語らせるパムクにとって、作品の人物はイスラム主義者であれ神秘主義者や世俗主義者であれ等しく個性的な人間として描きたいのである
 こうした世界観の葛藤の中から見えてくるのは、文明の衝突から対話と調和にいたる一筋の光明である。この希望の道筋を表現した点への評価こそ、ノーベル文学賞につながったのであろう。
O・パムク氏ノーベル文学賞受賞
10/14 毎日新聞 【和久井路子氏】
 オルハン・パムクはこの数年来、ノーベル文学賞に一番近い作家と言われていた。昨年受賞したピンターは、受賞を知らされた後も、「パムクがとるべきだった」と言ったという。世界中でこれほど多くの人々が熱狂的なまでの関心を示す理由の一つは、パムクの文学が特殊な地域のエスニックなものや、ものめずらしさを売り物にするのではなく、そこに人間の普遍性を見るからで、トルコ文学というよりむしろ世界文学の範疇に入るものだからだろう。……
 今回のノーベル賞受賞は、パムクの小説が、東と西、異なる文明をつなぐ架け橋であるという点が大きい評価を得たのではないか。パムクは「文明の衝突」という言葉をきらっている。異なる文明の出会いと理解が問題になっている現代に、パムクの創作活動はさらに意義が増すだろう。
O・パムク氏ノーベル文学賞受賞
10/14 朝日新聞 「世界発2006」欄
 20世紀初頭、オスマン帝国が崩壊し、近代トルコが成立する時期に起きたアルメニア人大量殺害が、にわかに世界の注目を浴びている。フランス議会が12日、これを「民族虐殺(ジェノサイド)」だと認めない者を処罰する法案を可決。同じ日に、虐殺に触れた発言を理由にトルコ国内で訴追された作家オルハン・パムク氏がノーベル文学賞に選ばれた。トルコでの民族主義の高まりも懸念され、欧州連合(EU)加盟をめざすトルコ政府は苦慮している。
O・パムク氏ノーベル文学賞受賞
10/14 朝日新聞 「天声人語」欄
 狭い海峡を挟んで、アジアとヨーロッパが向き合っている、トルコ最大の都市イスタンブールは、文明の十字路にある……
 日々、文明の十字路に身を置きつつ、歴史と向き合うことの大切さをかみしめているのではないか。文学賞は発言とは別だろうが、波紋を呼ぶ授賞となった。
O・パムク氏ノーベル文学賞受賞
10/14 日本経済新聞 「春秋」欄
 ノーベル文学賞を得たトルコのオルハン・パムク氏の最新作『雪』の終幕は、主人公が一人汽車に乗る雪の駅だ。欧州とアジア、キリスト教とイスラームに居て「この街の悲哀の本質を追究するうちに、文化・文明の衝突と融合の新しい表象を発見した」作家は鉄道を西欧の象徴と見るように思える。
 パムク氏は授賞決定後のインタビューで「文化・文明とは混合、別々の源から出た事物が一つになったのも」と語った。文明開化に始まり、新幹線網と精細なダイヤを築いた今の鉄道は、日本と西欧が混合した、パムク氏が言う文化・文明そのものだ。
O・パムク氏ノーベル文学賞受賞
10/13 毎日新聞 「総合」面
O・パムク氏ノーベル文学賞受賞
10/13 朝日新聞 「国際」面
 ノーベル文学賞に選ばれたオルハン・パムク氏は、西洋とイスラム世界の歴史的葛藤をテーマに著述活動を続けてきた。授賞は、トルコの欧州連合(EU)加盟交渉が続くなか、イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画騒動などで対立が深まる欧州とイスラム世界に対話と共存を求めるメッセージといえる。
 ……
 ……代表作『わたしの名は紅』で、滅びゆく細密画の伝統への哀惜を描いた氏の授賞は、かつての栄華と現代のはざまで苦闘するイスラム世界へのエールともいえる。
わたしの名は紅 
10/13 日本経済新聞 「社会」面
 今年のノーベル文学賞をトルコの作家、オルハン・パムク氏に授与すると発表した。……
 代表作の「わたしの名は紅」はイスラム原理主義の暴力と独断を糾弾、日本を含め20数カ国語に翻訳された。最新作の「雪」は近代化に揺れるトルコ東部の街を舞台にイスラム原理主義と世俗主義の衝突を描いた。
O・パムク ノーベル文学賞受賞
10/13 朝日新聞 「総合」面
苦海浄土
10/8 読売新聞 「ホントの旅」欄
【泉田友紀氏】
 水俣に育った主婦、石牟礼道子さんが、水俣の言葉でつづった『苦海浄土』。それは苦しむ患者のそばに寄り添い、心の声に耳を傾けて書かれた静かな、けれど鋭い告発の書であった。
 ……
 「苦海浄土」は3部構成のうち、2部は長年未刊のままだったが、2年前に全集の刊行開始を機に完成した。編集に携わっている渡辺京二さんは「運動が分裂と混乱の時代に書いた第2部こそ、3部作の要」と解説。今月、初めて単行本になる。
「お札」にみる日本仏教
10/5 日本経済新聞 「文化」欄
【仏蘭久淳子氏】
 「お札(ふだ)」はかつて日本の人々にとって身近な存在だった。お寺にお参りした際、ご本尊などを木版で刷った紙に寺印を押してもらって持ち帰り、仏壇や台所に護符として張る。貴重な美術品ではなく、日々の信仰の対象として生活の中に根を下ろしていた。
 フランス人の私の夫、ベルナール・フランクはそんなお札に魅了された。1954年(昭和29年)に初来日し、日本の古典文学を研究する傍ら全国を行脚。10年前に亡くなるまで1千枚以上のお札を収集した。
 ……
米寿快談
俳句αあるふぁ 10-11月号 「BOOKS」欄
米寿快談
高齢社会ジャーナル 10月号 「読んでみました」欄
 生命がここにあった。闘病ゆえの集中力。病が教えた健康。痛みが原動力になり生まれた数々、健康で長生きするための情報が溢れるなか、病になってからの人生に花を咲かせるひときわ際立つ一冊である。
 俳句に短歌、万物が種となり心地よいリズムを刻む、酸いも甘いも宝。歌人鶴見和子と俳人金子兜太、両者の才覚が四方八方に学び回る愉快で快いこのセッション。心得なければ、感じて読もう。心得あらば、まさに快挙の「快談」である。
天皇と政治
出版ニュース 10/下号 「ブックハンティング」欄
【中川隆介氏】
 最近出た御厨貴著『天皇と政治』は、明治から現代までにおける天皇と政治の関わりについて、深い本質的なレベルから論じた本である。著者は近代日本政治史の専門家で、最近は様々な場で天皇に関連した発言を行っている。……
 いくつかの章で、「国家とは何か」ということについて本気で考え、論議すべきだということを繰り返し強調していることを付記しておきたい。
9月
ハルビンの詩がきこえる
9/29 週刊ポスト 「味わい本発見」欄
【田畑光永氏】
 著者は歌手・加藤登紀子さんの母上であるが、タレントのあやかり本ではない。
 ……
 今でも街路や建物に当時をしのばせるものが色濃く残ってはいるが、それらが現実に生きていた時代のロシア人や中国人との暮らしがどんなふうであったかを伝えてくれるものは、あまたの“満州本”の中でも多くはない。
 異国の、それも極寒の地で新婚の家庭を持ち、子供を生み、育てる中で、接するロシア人の暮らしぶりが、そのやさしさ、つましさへの愛情をこめて丹念に描かれる。
 ……
 数多くの写真が当時の雰囲気を伝えて、理解を助けてくれる。
「お札」にみる日本仏教
9/26 朝日新聞(夕刊) 「単眼複眼」欄
 サンスクリット語も漢籍も読みこなしたフランクさんは、仏教がインドから中国を経て日本の民衆へと受容される間にどのように姿を変えたか、一方でインドや中国の宗教観がどのように残っているかを、お札の図像の中から読み取ろうとした。
 新著によれば、単純にもみえるお札の図像に、フランクさんは「東洋の壮大な文明史が潜んでいる」と考えていた。尊像のバリエーションに魅了され、「宗教に対する日本人の柔軟性、寛容性の証しであり、またその想像力の豊かさを示している」ととらえていた。
強毒性新型インフルエンザの脅威
9/25 日本農業新聞 「こころの一冊」欄
【金丸弘美氏】
 H5N1型ウィルスは、これまでのタイプとは異なり強毒性を持つ。どこかで猛威を振るえば、人類が経験したこともない被害に広がる恐れがあり、国連では1億5000万人の死者が想定されているという。
 ……
 これは……大量生産と飼育の結果、自然界がもたらしたしっぺ返しではないかというのだ。
 ウィルス感染の死亡者は、死んだ鶏を食べたり、密接な接触をしたりした者に限られているというが、一般的に広がらない保証は全くないという。国家的危機管理をし、養鶏業者には保障制度を敷き、新型ワクチンの開発や、流行時の自宅待機に備えて食料や日用品を備蓄すべきだと、警告する。
鞍馬天狗とは何者か
9/24 北海道新聞 【黒古一夫氏】
 著者の方法は、思想史の専門家らしく、すでに「全集」となっている膨大な作品を読み、その上で「欠落」していた資料を発掘し、さらに同時代人の遺した文献類を読み、総合的かつ実証的に作家の「全体像」に迫るというものである。特に、大佛次郎の戦争協力を明らかにした「第2章 戦時下の大佛次郎」は圧巻である。
 そして、何よりも本書を魅力的なものにしているのは、全編に底流している「現代」への視線である。戦後61年、何やらきな臭いにおいが漂い始めたこの時代だからこそ、「あの戦争」とは何であったのか、「戦後振興」はどのような思想によって実現したのかが問われなければならない。本書に底流しているのは、まさにそのような著者の真摯な「問い」である。著者の「問い」は私たちのそれに重なる。その意味でも、本書は時宜を得た好著と言っていいだろう。
強毒性新型インフルエンザの脅威
9/23 産経新聞 「書店員のオススメ」欄
【国友貴友氏】
 いたずらに危機感をあおっているのではない。それはまさに「いまそこにある危機」として受け止めなくてはならない現実だ。「自分は大丈夫」などという根拠のない楽観はできなくなるだろう。
強毒性新型インフルエンザの脅威
9/17 朝日新聞 【加藤出氏】
 地震など非常時対策を有している企業は多いが、新型インフルエンザに対しても、本書を参考にして感染拡大を防ぐために社員をどの程度自宅待機させるか、といった冷静な対策を検討すべきだと思われる。
中世の身体
9/17 朝日新聞 「話題の本棚」欄
 フランス中世史学の最初の総合的身体史論。身体の象徴的な意味や作用を明らかにしようとする。キリスト教の下では、身体は抑圧と賛美の両極端の性格を持っていたと論述する。
環 26号〈特集・「人口問題」再考〉
9/10 毎日新聞 【中村達也氏】
 とりわけ興味をそそられたのが、「政策の対象」としての人口よりも「生きる主体」としての人間という視点である。……少子化「対策」は果たしてどのような答を用意しているのか。
……
 「特集」冒頭の「死を奪われ、生も奪われた人々」(イバン・イリイチ)が、重く胸に突きささる。……もちろんのこと、少子化対策費数千億円などといったことで解決できるはずもない。「政策の対象」としての人口ではなく、「生きる主体」としての人間のありようが、人口問題の中で忘れられてはならないというメッセージである。
鞍馬天狗とは何者か
9/10 朝日新聞 【野口武彦氏】
 まず、「これまで不問に付されてきた大佛次郎の戦争責任という、気の進まない内容」をあえて避けなかった点を評価すべきだろう。
 ……著者はこれをクリアした結果、大佛文学の普遍性をいっそう鮮明にして見せるのに成功した。偶像破壊でもないし、仮面剥がしでもない。……一面では軍部の独走を批判する高い西欧的教養をそなえた大佛は、反面また、国民の一喜一憂と心理的波動を共にする大衆作家であった。読者を動かすと同時に動かされていた、と。
ハルビンの詩がきこえる
9/10 毎日新聞  
 91歳の女性が本を書いた。加藤登紀子の母だが、結婚して旧満州(現中国東北部)のハルビンに渡り11年ほど暮らして、戦後に苦労して引き揚げた。だが辛苦を重ねた話が中心ではなく、過半は異郷の都市でのエキゾチックで楽しい生活ぶりである。70年も前の記憶がじつに明瞭で、高齢ながらしっかりした文だ。
鞍馬天狗とは何者か
9/10〜 共同通信社配信 【川西政明氏】
 本書によってようやく本格的に大佛次郎を論じる基盤ができた。
 本書の特徴は大佛次郎の戦争責任を追及したところにある。……
 ……
 著者は大佛を幕末の尊皇攘夷の志士「鞍馬天狗」の作家、パリ・コミューンを書いた「パリ燃ゆ」の作家、開国か攘夷かで国が揺れた幕末史を描いた「天皇の世紀」の作家としてとらえてみせる。そこにはつねに権力に反抗する人間像が定着していって小説を書くのではなく、職人として小説を書く作家にすぎなかった。
 著者はその点を詳しくたどり、戦中の体験を核に真のリベラリストになった過程を掘り起こしている。
強毒性新型インフルエンザの脅威
9/10 しんぶん赤旗 「ほんだな」欄
 人への感染・死亡例も増えており、人への高い伝搬効率を持つ新型ウィルスの発生が危惧されます。歴史学者とウィルス学者がインフルエンザの過去と発生メカニズムへの理解、脅威に備える対策を訴えます。
環26号〈特集・「人口問題」再考〉
9/9 熊本日日新聞  
 昨年11月に熊本で開かれた石牟礼道子、伊藤比呂美、町田康の三氏による公開座談会の全文を掲載。お互いの作品を読み解きながら、言葉や方言の可能性についてユーモアを交えて話す三人の様子を伝えている。
環20号〈特集・「情報」とは何か〉
9/5 朝日新聞(夕刊) 「思想の言葉で読む21世紀論」欄
 ドイツなどで議論されているのが「プラスチックワード」という考え方だ。
 言語学者のウーヴェ・ペルクゼンによると、世界には文明の正しい方向を示すように見える新種の用語が数多く現れている。
 ……
 「耳に心地よい言葉だけが、アメーバのように変形しながら世界を席巻している」と言語学者は警告する。
 全体知が失われた世界に増殖する奇妙な言葉のむれ。
鞍馬天狗とは何者か
9/5 エコノミスト 「著者インタビュー」欄
【小川和也氏】
 大佛さんの心中には常に軍国主義に対する反発と、「国民」との連帯感があった。前線で死んでいくのは徴兵された国民です。その犠牲を無駄にしないために「戦争に勝たずにいられるか」という、戦争協力と非戦・軍部批判の複雑な論理の同居があった。国民大衆の味方として権力と闘い、闇を切り拓こうとする鞍馬天狗が、戦中・戦後と、長く書き継がれた秘密もそこにあると思います。
「知識人」の誕生
9/3 朝日新聞 【巽孝之氏】
 本書の著者シャルルは、そんな「知識人」概念が、1894年に第三共和制のフランスで起こった「ドレフュス事件」をきっっかけに生まれたいきさつを比較社会史的に説き起こす。……
……
 人種をめぐる論争は、先行する「文人」の役割を発展させながら、ときに「エリート」とも対立しつつ「真のエリート」を自負するような新しい階級を浮上させた。
 ゾラが当時最先端の科学を意識した文学者だったことを考え合わせるなら、本書の知識人像は、いまなお啓発的に映る。
レーニンとは何だったか
9/3 日本経済新聞 【袴田茂樹氏】
 レーニンの本性を浮き彫りにしているのが、第3、4部だ。著者が強調しているのは、「スターリンの罪悪」のほとんどはレーニンがはじめたということだ。……
……
 著者の立場は、じつはロシア共産主義を批判する近年の多くのロシア知識人の観点でもある。作為的に作られた「善良な革命家レーニン」の像を批判する著者の立場は、……説得力のある名著といえる。
わたしの名は紅
9/3 読売新聞 「ForeignBook」欄
【山崎佳代子氏】
 トルコの現代作家パムクの小説が、日本などに続きセルビアで訳され評判を呼んでいる。
……
 西から個人の尊厳を、東から家族の絆を学んだというパムクは、コンピューターも使わず今も手書きで原稿を書く。500年ものトルコ支配を過去に経験したセルビアの読者にとって、東と西の出会いは身近な主題だが、世界にとっても永劫のテーマに違いない。
漢詩逍遥
9/3 京都民報 【筧文生氏】
 「超初級」者どころか、専門家ですら、この問題に答えるのは、容易ではあるまい。正解は本書を読んでいただくとして、著者はこうした基本的な問題から説き起こしつつ、漢詩、さらには中国文学の本質に迫って行く。
……
 なによりも若者たちがこの本を読んでくれることを、喜重を迎えた著者は、いちばん願っているのではないだろうか。
米寿快談
9/1 日中文化交流 「本・評と紹介」欄
 俳句、短歌の世界から、学問、自然、養生訓に至るまで、自由闊達、縦横無尽、時には少年少女のように語り合う正に“快談”である。
脱デフレの歴史分析
出版ニュース 9月中旬号 「ブックガイド」欄
 「失われた10年」と呼ばれる1996年以降の日本経済の長期停滞は、大恐慌以来のデフレーションをもたらした。本書はこの根因を「政策レジーム転換」という観念からそのプロセスを歴史的に考察することで、〈いまだに「近代」ですら超克していない〉経済政策をめぐる論議に一石を投じてみせる。
 ……経済政策論議で欠けているのは通貨システムの役割の過小評価だという歴史的教訓は示唆に富む。
8月
中世の身体
8/31 週刊 文春 「文春図書館」「私の読書日記」欄
【鹿島茂氏】
 それにつけても思うのは、クローデルを始めとするカトリック作家における現在の観念の激しさである。なにゆえに、彼らは性愛と肉体をかくも強烈に抑圧し、葛藤に苦しまなければならなかったのか?
 この問題に非常に明快に答えてくれるのがアナール派の泰斗ジャック・ル=ゴフの『中世の身体』。とくに、第一章「四句節と謝肉祭の闘い――西洋のダイナミズム」は身体史の総括として重要。
安場保和伝
8/31 熊本日日新聞 「近代肥後異風者伝」欄
【井上智重氏】
 豪傑・無私の政治家といわれる一方では、「反民権論者」とされ、近代史の研究者の間には、はなはだ評判がよろしくなかった。実学党の仲間たちを裏切った「変節漢」と厳しくとらえる向きもあったが、最近の研究では変わりつつある。いったい、どういう政治家であったのか。
レーニンとは何だったか
8/25 週刊 読書人 【内田健二氏】
 著者のレーニン像の基本は、自然発生性を否定し目的意識性の貫徹を説いた1902年の『何をなすべきか』の権威主義者レーニンである。本書はこの両者の対抗を軸に彼の活動と革命史を叙述する。二月革命後のソヴェトへの態度など、時に彼は自然発生性に屈しそれに依拠するが、最終的にはその成果を目的意識性で奪い取る。そして、この奪取を成功に導いたのは彼一流の革命(権力掌握後は権力の)プラグマティズムであると言う。
 ……
 本書中、最も精彩を放つのが第13章である。レーニンの国家は、世界革命を目指す普遍性と国境で囲まれた閉鎖性という二元性を持つ。著者は彼が提唱した民族自決原則をこの二元性の媒介環として捉え、その視点からロシア内外の諸民族の運命を叙述する。
ハルビンの詩がきこえる
8/24 読売新聞(夕刊) 「よみうり寸評」欄
 昭和戦争前後を追想する今夏、藤原書店刊の一冊だが、ある種の透明感、たくましい美しさが読後感に残った。
米寿快談
8/24 金融財政 「藤原作弥カラムコラム」欄
 「米寿快談」は、米寿を迎えた歌人の鶴見和子と俳人の金子兜太が、俳句と短歌という日本の定型詩をめぐって、詩人の魂の思いの限りをぶつけ合う知的格闘技である。鶴見さんは約十年前に脳出血で倒れ左半身麻痺の難病と闘いながらその思想と情念とを三十一字に紡いでいる。その作業は今春亡くなった兜太夫人の故・金子皆子さんの闘病と句作の鬩ぎ合いに酷似している。
ハルビンの詩がきこえる
8/23 日本経済新聞(夕刊) 「エンジョイ読書」欄
 戦後の混乱を体験し、「今日を生きる」ことの大切さを抑揚のきいた言葉で訴える。
米寿快談
婦人公論 8/22号 「カルチャーセレクション」欄
【渡邊十絲子氏】
 米寿を迎えますます思索を深めようと歩き続ける巨人たちは違う。病や障害という壁につきあたって初めて見えた風景、得られた思想を、かれらはじつに嬉しそうに語る。「あの人は健康なのに自分だけがなぜ病気に」などと、人生の得失点を他人と比べて生きていてもつまらない。自分の人生舞台には自分一人しかないと考えれば、脳出血も老人介護もチャンスである。自分に誇りをもつ、自分の可能性を信じるとは、いまの自分を傷つけずに温存することではない。不測の事態を迎えた時には 考え方が変化し、深まり、自分の思想が一歩前進する。そういう「自分の進化」に価値をおくということだろう。
漢詩逍遙
8/20〜 時事通信社配信 【加藤徹氏】
 著者は1929年生まれで、中国古典文学研究の第一人者である。本書に収められた文章は、しかしながら、どれも堅苦しくはない。ユーモアと、時には毒舌に近い社会風刺を交えた文体は、極めて読みやすい。
 ……一見、軽妙に見える文章の根底に流れているのは、現代社会に対する著者の熱い思いである。
 自分の専門の面白さと、熱い思いを、難解な言葉を一切使わずに一般読者に伝えることができる学者は、めっきり少なくなった。本書は、真の意味での「学者」が書いた本であり、熟読に値する。
鞍馬天狗とは何者か
8/20〜 共同通信社配信
中世の身体
8/20 読売新聞 「本 よみうり堂」欄
【青柳正規氏】
 本書の著者はヨーロッパ中世の「歴史に身体を返してやる」と同時に「身体に歴史を与える」ために本書を著した。といっても、現代ほどに容易な時代ではない。なぜなら、「体は魂の忌まわしい衣である」と教皇がのたまういっぽう、「体は聖霊のための聖櫃である」とキリスト教の直弟子が断言しているからである。遠く離れた二つの極を、身体に関する歴史的事実によってつなげようとするのであるから、遠大な構想と強靱な思考力、そして資料をくまなく調べあげる根気が必要である。
鞍馬天狗とは何者か
週刊新潮 8/17-24号 「福田和也の闘う時評」欄
【福田和也氏】
 小川氏によって発掘されたテキストは、従来の大佛次郎観を一転させるのに十分なものでしょう。
……
 大佛の「協力」は国策に沿ったものではなく、「平和な小さい生活を営ん」でいながら、「けなげらしく振る舞って」前線に赴いた国民への共感によってうながされたものであったものであった。と小川氏は云います。「鞍馬天狗」のように、戦時下の国民の側にたった大佛は、けしてみずからの「協力」を恥じることがありませんでした。ようやく、「戦争協力」を一刀両断にしない分析が可能な時代がやってきたのだと思います。
脱デフレの歴史分析
ダカーポ 8/16号 「旬の本」欄
【吉田司氏】
 「目からウロコ」なのは、第一次世界大戦後の「反動不況」の時代を考察した部分。当時の政府エコノミストはこれを「日本資本主義の行き詰まり」=「構造的経済停滞」と捉えて「国家による産業統制」を実施した。そのため大規模な倒産・デフレ不況を招くのだが、当時の日本資本主義の実態は(現在の視点で調べ直すと)「行き詰まっている」どころか「都市化」と「電力化」と「新興企業成立ブーム」によって新たな「経済フロンティア」が生まれ、欧米先進資本主義へのキャッチ・アップに成功しつつある段階だったと言うのである。いわゆる農村の飢餓暗黒(人口過剰)も、この国内の「経済フロンティア」の開拓によって収容可能だったと――“革命的な視点”である。なぜなら当時も今も「中国を中心とする東アジアへの帝国主義的な拡張志向が、『人口過剰』状態の中で国内の成長フロンティアが枯渇しているという認識」から強行された、日本が生きのびるためには仕方がなかったのだという言い訳が成り立っている。それは間違いだ。日本は侵略なしでやっていけた・・・・・・と。
脱デフレの歴史分析
週刊東洋経済 8/12-19号 「2006年上井半期経済・経営書ベスト」欄
 日本の近代全体を視野に入れた「天使のように大胆で、悪魔のように繊細」な業績。(田中秀臣)
 現代のわれわれが採るべき「政策レジーム」を考えるうえで……極めて示唆に富んでいる。(中村宗悦)
 20年代から昭和恐慌へと続く経済的閉塞感を、……誤った金融政策による自己実現的な閉塞感にすぎないと言う。(原田泰)
 政治と経済の結び付きをレジーム間競争という概念と豊富なデータに基づく歴史解釈で明らかにした独創的な快著。(若田部昌澄)
乳がんは女たちをつなぐ
8/10 東京新聞(夕) 「書物の森を散歩する」欄
 京都の小さな乳腺クリニックで、乳がんという共通の運命を偶然に背負っただけなのに、なぜか私たち患者は、命の絆のようなもので結ばれていました。退院の日が、それまで見ず知らずだった女たちの、残りの人生を共有する始まりの日になるとは、予想もしませんでした。
……
 ……乳がん患者に共通したものは、女たちが、同じ痛みのわかる仲間に癒され、生かされていることに感謝できる人間に生まれ変わっていくということでした。女たちは乳がんで心を開き、お互いにつながる、言い換えれば、乳がんは地域、国を越え、世界の女たちをつなげているのです。
 このつながりは、麻酔も消毒薬もなく、刃物と焼き鏝だけの手術に耐えた、2000年にも及ぶ女たちの忍耐の歴史の上に築かれたものなのです。彼女たちの犠牲を無駄にしない方法は、早期発見によって命をつなぐ以外にありません。増え続ける乳がんへの警鐘を願って、この本を綴りました。
鞍馬天狗とは何者か
8/9 日本経済新聞(夕) 「目利きが選ぶ今週の3冊」欄
【井上章一氏】
 作家の大佛次郎は、体制から距離をおくリベラリストとして、知られている。しかし、戦時下に書いた文章では、戦争へむけて志気を高めるようなことも言っていた。べつに、便乗的な気分でそう論じていたわけではない。当時の『日記』を読めば、作家が主体的に論陣をはっていたことも、見えてくる。
 大佛は、『鞍馬天狗』という作品で、国民的な作家となった。そして、国民の輿望をあつめたこの作家は、国民と戦争の熱気をわかちあう。軍や官僚には違和感をいだいていたが、国民的な戦意からはなれようとはしなかった。
 そのことが、戦後の大佛に、罪悪感をうえつける。いわゆる戦犯への追及も、人ごととは思えない。自らをむちうつような気持ちを、いだきつづけることとなる。そして、そんな思いが、戦後の諸作品に投影されていることを、この本はほりおこしてくれる。
 洋書購入の費用が欲しくて、『鞍馬天狗』は書きだしていた。根っからの通俗作家だったわけではない。国民的な意欲のもちようにも、複雑なニュアンスはあった。そこを腑分けしていくさばきが、読ませる。
苦海浄土
8/9 毎日新聞(夕) 「水辺をめぐる夏」欄
【米本浩二氏】
 『苦海浄土』は臨床記録などを引用しつつ、発症、共同体の崩壊、加害企業チッソや行政の対応、支援団体発足の経緯などを記すノンフィクション。患者も実名で書き、美化も誇張も行わないが、悲惨な現実と夢幻空間を時に地続きのものとする。「存在のありようは患者さんも精霊も同じ」という認識ゆえだ。救いのない場にいるからこそ浄土へ、ひいては洞察へと道が開ける。
 今年は水俣病公式確認から50年。崩壊した地域社会や人間関係の「もやい直し」が進むが、石牟礼さんは問題解決に「あと50年はかかる」と言う。大勢の未確定患者の存在に加え、公にされていない水銀の捨て場がまだある。幼いころキツネと戯れた土手もその一つだ。東京の業者による水俣への産廃処理場設置計画にも心を痛める。
 「精神の極度に荒廃した国をみんなで作るつもりでしょうか。滅びるにしても、近代の意味をとらえておかないと次の時代へ移れない。今水俣では患者さんらが残りの命と引き換えに『許す』と言っておられる。許すと思うことが闘い。問いかけが発されています、水俣から。」と石牟礼さんは力を込めた。
鞍馬天狗とは何者か
8/6 毎日新聞 「今週の本棚」欄
【大岡玲氏】
 単純な翼賛ではなく、反軍思想を保持しながら、「人道主義」「社会変革」を夢見るひとりの作家像。本書で提示されるのは、そうした大佛次郎の姿である。それはそのまま、鞍馬天狗のありかたに重なる。「戦争協力」を一途に悪と決めつけるのではなく、そこに大衆と豊かな西欧的教養を持つ作家の精神的同調、そしてそれゆえの過誤を見る著者の思考は新鮮だ。
ジャンヌ
8/6 西日本新聞 「読書館 本と人」欄
【大岡玲氏】
 男装の麗人として19世紀のフランス文壇に強烈な光彩を放ったジョルジュ・サンド。「フランスの最も偉大な作家」と詩人ハイネが論じたように、同時代の文化人にたちの評価は高かった。
 現代日本の文壇でも関心度は高い。「……女性がペンを持つなんてとんでもない時代に、社会に目を開き、女性の立場から晩年までペンを離さなかった。高齢化社会の今、サンドを知るだけでも面白いですよ」。サンドの魅力を語る目が輝く。
米寿怪談
8/2 読売新聞 「編集手帳」欄
 和子さんは10年ほど前、脳出血で倒れ、半身不随になった。重病のなかで体内から短歌があふれるように湧き出たという。落魄の人でも敗残の人でもない「玲瓏」の人は、病床の深いまなざしが見いだした言葉であったに違いない。みずからを京都の隠里に住む「山姥」と呼んだ。「毎日、空を眺めて、ああ、死んだらあそこへ浮游していくんだなあと考えてる」。5月末に刊行された俳人、金子兜太さんとの対談集「米寿快談」(藤原書店)でそう語っている。南方熊楠などの研究者として知られる人はいかなる権力とも金力とも終生無縁であったが、病める時を生きてみずからが山姥という名の「玲瓏の人」になっていたのだろう。最後の対談集から2か月余、急逝の報を聞く。享年88。「おもむろに自然に近くなりゆくを老いとはいわじ涅槃とぞいわむ」。透き通った玉が紡ぎ出す美しい言の葉を、もっと聞きたかった。
「知識人」の誕生
エコノミスト 8/1号 「新刊」欄
 1894年、ドイツへのスパイ嫌疑をかけられたユダヤ人将校の逮捕に始まったドレフュス事件は、フランスの国を二分する大論争事件に発展した。作家エミール・ゾラが軍部の不正を糾弾した大統領宛公開質問状は有名だが、本書では、そのドレフュス事件のなかで生まれてきた、社会的カテゴリーとしての「知識人」とは何かを論じる。詩人・芸術家・科学者・哲学者などの系譜的な流れのなかで「知識人の誕生」が語られ、豊富なエピソードから当時の状況が生き生きと描き出される。
米寿快談
経済界 8/1号 「書評」欄
【藤原作弥氏】
 本書は、米寿を控えた男女二人の情熱的な定型詩人が紡ぎ出す人生訓、養生訓の宝石箱である。
 ……一読して、二人の人生の大達人の逞しく老いる生き方に感動を覚えた。多くの人々に味読していただきたいと思い、本欄を借りてご紹介する次第。
セレンディピティ物語
化学 8月号 「化学の本だな」欄
 さて、「セレンディピティ」という言葉をご存知でしょうか?広辞苑によれば、「思わぬものを偶然発見する能力」とのことで、本誌出版社からも同名の書籍が刊行されています。また、ノーベル賞受賞者の白川英樹博士も著書でこの言葉に触れています。この語源となったお話が、『セレンディピティ物語』です。舞台は5世紀頃のスリランカ、3人の王子がある巻物を探して旅をします。行く先ざきで出会うさまざまな難問をクリアしつつ、王子たちは無事巻物を探しだすことができるのでしょうか・・・?
 「なぜこの本が理工書売場にあるの?」と疑問に思われる方もいらっしゃるでしょう。それは「ここに置いたら面白そうだから」です。藤原書店の担当者と新刊案内の打ち合わせのとき、「実は今度こういう本もだすんですよ」と見せてもらったのがこの本のチラシでした。「セレンディピティって、あのセレンディピティですか?だったらうちの売り場にも置いてみましょうよ」と話が進み、堂々と化学の棚に置いています。
いのちを纏う
母の友 8月号 「Hahatomo Club」欄
【小池昌代氏】
 ふたりの女人が、「着物」をめぐって語りあった。ひとりは、自然の草木を焚き出して糸を染色し、布を織るひと、志村ふくみ。植物の命が顕現したものとして「色」をとらえ、その命と触れ合う「染織」に、自分の命をかけてきた。捨てるものを捨て、仕事へ情熱を傾けてきたその半生は、しんと心が鎮まるような敬虔さにあふれ、しかも迫力と勢いがある。色に対する求道者のような一面と、二人の子どもを育てながらやってきた、職人的生活者としての一面の、絶妙なバランスも魅力的だ。
 また、もうひとりの話し手は、南方熊楠の研究などでも知られる社会学者・鶴見和子。歌人でもあり踊りの名取である。十年ほど前に脳溢血で倒れ左片麻痺となったが、そうして障害が残った身を「植物に近い」と言い、まさに、感じる植物のごとく、全身の感覚を研ぎ澄ましながら、着物について、瑞々しく語る。海外の講演会などは必ず着物で通し、着物をまとっているからこそ、内発的な思想をはっきり述べることができたと語る。そして着物は魂の依代であり、「姿の勢い」で着るものだと。
 最初は、気楽な気持ちで手に取った本だが、読み込むうちに大変なことになった。色や肌触りなど、着物の表層の魅力から、話は次第に、文化の深層まで、ぐんぐん追っていくからだ。「老年」といってもいいお二人だが、もはや年齢はすっとんでいる。ただ、ふたつの魂が、ぱっ、ぱっ、ぱっと、命の火花を散らしながら、光のような言霊をやり取りしている。まさに「命の華やぎ」である。ふたつの魂の起こす対流に、巻き込まれながら読み終えたとき、ふーっとしびれるような感動がやってきた。
米寿快談
俳壇 8月号 「本阿弥ブックシェルフ」欄
【村上護氏】
 初対面がこの対談だというから、飛び出す話題がおもしろい。第一日はジャブの応酬で、まずは小手調べ。これだけなら在り来たりだが、第二日目は金子先生の本領発揮。俳諧から俳句へと歴史を説き起こし、俳句と短歌の相違点にまで及ぶ。といいながら通底するものはあって、それはアニミズム。
住宅市場の社会経済学
都市問題 8月号 【五石敬路氏】
食の歴史
歴史と地理 8月号 【真柴晶彦氏】
 この『食の歴史』をすべて読破すれば、今までとは全く違った西洋史観、ひいては、新しい世界史観が見えてくるかもしれない。
ニコス・マガジン 7・8月号 「話題の話題。」欄
 イスラム伝統の価値観と、西欧のそれとの対比を描いた前著『わたしの名は紅』が欧米で絶讃され、現代トルコの最高峰作家と呼び声も高いオルハン・パムクの邦訳第二作。
7月
脱デフレの歴史分析
7/30 朝日新聞 【高橋伸彰氏】
 7月14日、日銀は5年4ヶ月ぶりにゼロ金利政策を解除した。デフレ(一般物価の継続的下落)が終焉し、この先も景気の拡大が続くと判断したからだ。これに対し、著者は、3月9日の量的緩和に続く一連のリフレ(緩やかなインフレ)政策からの転換は時期尚早だと警告する。根拠は、最新の数量経済学を駆使した実証分析ではなく、過去の政策分析から引き出した歴史の教訓にある。
 ……
 本書の分析は経済政策に止まらず、時々の外交政策や政権闘争および政策決定者の生い立ちや思想にまで及んでいる。……
 こうした論の広さに、本書の元になった論文が第1回「河上肇賞」を受賞した所以もある。……河上と著者の間には、歴史の中に今日的な問題点を見抜く鋭さでも共通点があるようだ。
 ゼロ金利政策が解除された今こそ、その顛末に関心がある人に薦めたい一冊である。
「知識人」の誕生
7/30 読売新聞 「本 よみうり堂」欄
【竹内洋氏】
 20世紀はじめに、フランスのある学者は、知識人という言葉についてこういっている。他人向けにこの言葉を使うときには、「皮肉」がこめられているが、自分がそう呼んでもらえないと、「誇り」を傷つけられる、自分自身をおおっぴらに知識人と呼ばないのは「うぬぼれ」と言われたくないからだ、と。(中略)
 本書の前半は、知識人という社会的カテゴリーの起源をドレフュス事件以前に遡りながら、その前兆つまり知識人の結集が半ば姿をあらわしていたことを描出している。後半は、ドレフュス擁護派と反擁護派に結集した知識人をいくつかの署名リストをもとに、署名者のひとりひとりを伝記資料などで照合しながら、職業、威信、地域、著作数をわりだしている。こうして左派知識人(ドレフュス擁護派)と右派知識人(反ドレフュス派)の形態学的特質があぶりだされる。(中略)
 知識人の英雄史ではなく、形態史であればこその激辛知見である。日本の知識人たちをこんなふうに料理してみたい。読後、そんな思いにとりつかれてしまう。
後藤新平の全仕事
7/30 福島民報
 明治から大正にかけて優れた行動力と先進性で日本をリードした本県ゆかりの人物、後藤新平が今、脚光を浴びている。22日には東京都内で人物像や理念を語るシンポジウムが開かれ、「今の日本に必要なリーダー像」とする声が相次いで上がった。
脱デフレの歴史的分析
7/27 図書新聞 「2006年上半期読書アンケート」
【吉田司氏】
 これ、実はまだ全部読んでないけど(笑)、39頁読んだところでもう早くも“推薦決定”。内容紹介? 自分で買って読んでくれ。
強毒性新型インフルエンザの脅威
7/28 東京新聞 「筆洗」欄
 日本人の平均寿命が六年ぶりに短くなったのは、昨年のインフルエンザによる死者数が増えた影響との厚労省調査が発表されたが、今年に入ってインドネシアで強毒性の鳥インフルエンザ(H5N1型)の流行が止まらず、死者は四十二人に達したという怖いニュースが入ってきた。
 世界保健機関(WHO)は人の新型ウイルスへの変異直前の「フェーズ3」段階と認定、変異は時間の問題として、世界的大流行への警戒を呼びかける。この事態に『強毒性新型インフルエンザの脅威』(藤原書店)を緊急出版、国内の危機感欠如に警鐘を鳴らすのは、国立感染症研究所の岡田晴恵研究員だ。
 岡田さんは、新型インフルエンザが出現した場合、犠牲者は世界で数千万から三億人、日本で二百十万人、経済的損失は二十兆円を超えるという怖い予測をする。新型ウイルスは若年層ほど過剰な防御免疫反応を起こし、多重臓器不全などで致死率は57%(WHO調査)といわれるからだ。(後略)
強毒性新型インフルエンザの脅威
7/27 河北新報 「河北春秋」欄
 このH5N1型鳥ウィルスは強毒性。感染すると、過剰免疫反応を起こし多臓器不全に陥って重篤状態を招く。これが新型に変わったら世界はパニックだ。……
 約90年前のスペイン風邪と比較した。世界中への感染はわずか4-7日。7-11ヶ月もかかった昔とは単位が違う。最大3億人の死者は3倍。世界の20人に1人が亡くなる。まさに死に神の跳梁。
 当節、わが国に自給自足の暮らしはない。「物流が止まれば食糧は不足し、電気や水道が止まれば国民生活は破綻する」。むろん治安の維持も危うい。岡田さんは国全体の危機意識の薄さを憂える。
乳がんは女たちをつなぐ
7/24 京都新聞
 「いとおしいおっぱいを失っても、乳がんを生きる女たちは逞しい」。同じ痛みを持つ者同士、心を開き、癒やされ、生きる力を見いだす女性の姿を愛情を込めて生き生きと描いている。
 大津さんはロシア経済を研究する夫と一緒にロシア、ヨーロッパと日本を行き来しながら、大学で英語を教えてきた。  乳がんと分かったのは1994年、54歳の時。著作は、人づてに評判を聞いた京都市内の病院を訪ねる場面から始まる。バスタオルで上半身を覆い診察を待つ不安。緊張しながらも居合わせた人と心が通い合う体験をした。
 大津さんは乳房を残す道を選び、手術を受けた。夜、入院患者同士で病や人生を語り合った。退院後も一緒につらい放射線治療に耐え、定期的に集まっては笑い合う。力をもらった。自らの命の意味を問いながら、日々を大切に生きる仲間の姿をつづる文章に尊敬の思いがにじむ。
ヒトの全体像を求めて
7/23 信濃毎日新聞 【中牧弘允氏】
 生物種としてのヒトはホモ・サピエンス(知恵のある人)を自認しているが、これからどこに向かおうとしているのか。二十世紀はヒトの生存のために資源の枯渇や自然環境の破壊がすすみ、世界は不平等の国家の枠で覆い尽くされ、世紀末には弱肉強食の原理が世界を支配した。そうかんがえる民族学者の編者と、同世代の自然人類学、霊長類学、先史学、考古学の碩学とが、ヒトの問題を縦横無尽に語り合っている。
 二十世紀に細分化され、全体像を見失った人類学を二十一世紀に回復しようとする意欲も全編にみなぎっている。紛争や飢餓、産児制限や人権、さらには身体技法から集団的暴力まで、打打発止の議論がつづく。しかも、自分史と学説史が微妙にまじりあい、フィールドでのデータも豊富で、教科書にはない人類学の醍醐味を満喫できる。
 ヒトとしての見識を磨く現代の人文主義――それがヒト学だと力説する編者にエールを送りたい。
乳がんは女たちをつなぐ
7/23〜 時事通信社配信 【大橋由香子氏】
 本書の特徴は、京都の経験を出発点に英国、ロシア、ハンガリーの乳がん事情に迫っていくところにある。単なる調査や視察ではなく、著者が当事者として、患者の助け合いグループと出合う旅なのである。
 英国では、最初の診察で再発を疑われたのに次の予約がなかなか取れず、結果判明は四カ月も後で、もしも再発していたら転移していただろうといった事例も紹介される。医療費は無料だが、医師と看護師が不足し、いつも待たされるという同国の問題点をのぞかせる。(後略)
中世の身体
7/23 毎日新聞 「読書」欄
【藤森照信氏】
 アナール派の名高い歴史家である著者によると、もともとキリスト教に禁欲性はなかったのに、古代ローマ時代のキリスト教国教化のなかで強化されたのだという。
 アダムとイヴ(エバ)は蛇にそそのかされてリンゴを食べ、性に目ざめ、恥ずかしくなってイチジクの葉で局部を隠し、そのことの罪(原罪)で楽園から追放された。蛇とかイチジクとか話に使われている小道具からして性的イメージがかき立てられるし、中世美術もくり返しそのイメージを追放定着しようとつとめているが、これがウソだというのである。
 「制度化されたキリスト教はある新機軸を西洋に導入する。すなわち原罪の性的な罪への転換である。この変化はキリスト教そのものにとっても新しいものである。なぜなら、その初期にはこの二つの罪の同等性を示す形跡などまったく見られない・・・・・・アダムとエバを天国から追い落とした原罪は、好奇心と傲慢の罪である。最初の男女が悪魔にそそのかされて知恵の木のりんごを食べたのは、知識への欲望に駆られてのことである。これはいわば神の最も決定的な属性の一つを奪い取ることである。」
 性に目ざめたのが罪だったわけではなく、あの話の本当の勘所は、全知全能の神のその知を自分も持とうとした人間の傲慢の罪だったのである。アダムとイヴがイチジクの葉で本当に隠すべきは、局部ではなくて、文字とか紙とかペンとかだった。
米寿快談
7/15〜 共同通信社配信
「読書」欄
【吉川宏志氏】
 鶴見和子の歌に、〈逸早く気圧の配置感知する痺れし脚は我が気象台〉という一首がある。天候の変化によって身体が痛むことを詠んだ歌だが、「脚は我が気象台」という表現が大変おもしろい。
 このように、自分の身体と大きな自然がつながっていることを、直観的な言葉でとらえることが、現代では大きな意味を持つのだろう。詩歌で表現することで、病んだときに私たちはどのように生きればいいのかが見えてくるのである。
 「病気になると、死が近くなると、命は輝いてくるのよ。(中略)日々が命でつながるのよ」という鶴見和子の言葉が鮮烈な印象を残す。
いのちを纏う
7/23 サンデー毎日 「本棚の整理術」欄
海霊の宮
7/22 産経新聞(大阪本社版)
 映像の最後を飾るのは一昨年、熊本県水俣市の海辺で奉納された石牟礼さんの新作能「不知火」と、不知火海に浮かぶ精霊船。水俣病の公式確認から50年。本離れが進むなか、風化させてはならない問題だからこそ、映像でより多くの人に、若い世代に伝えていきたいとの思いが込められている。
海霊の宮
7/16 毎日新聞 「文化という劇場」欄
 「『悶え』という命題は石牟礼文学を貫いている重要なキーワードだと思います」。先日、作家の石牟礼道子さんの作品世界を映像化したDVD『海霊の宮』の完成を記念した大阪での講演会で、在日朝鮮人の詩人、金時鐘さんが指摘した言葉だ。
……
 「悶え」「夜の闇の深さ」の言葉を聞きながら、改めて石牟礼文学の底でゆらめく孤独の深さ〈語ることの出来ない言葉の大地〉に対する諦念について思いを巡らした。
セレンディピティ物語
7/14 毎日小学生新聞 「新刊コーナー」欄
いのちを纏う
7/13 産経新聞(大阪本社版)
 国際的社会学者で着物三昧でも知られる鶴見和子さんと紬織りの人間国宝・志村ふくみさんの対話集『いのちを纏う 色・織・きものの思想』の出版を記念して、このほど京都市内でシンポジウムが開かれた。植物から命である色をもらい、人が染め、織ったきものは、単なる衣服ではなく“日本人の魂の依代”という二人(鶴見さんはメッセージ参加)に、日本舞踊家の西川千麗さん、歴史学者の川勝平太さんが加わり、きものの復興に日本人の心の再生を重ねた。
わが真葛物語
7/12 中日新聞
 前著『江戸女流文学の発見』で毎日出版文化賞を受賞した門さんが、真葛を知ったのは20年ほど前。「江戸の女性作家の中で、最も大物で難解な真葛を詳しく書きたい」と8年ほどかけて執筆した。
 資料集めのため、紀行の舞台や子孫を何度も訪問。「真葛が地元の人とどうかかわったかのか、時代が浮き上がってきた」と話す。本書では真葛の思索を追った論考だけでなく、自身の仙台訪問記も並行して載せた。
いのちを纏う
7/12 聖教新聞
 きものを愛する二人の語らいは、熱く、深い。話題はきものだけにとどまらない。
……
 紬や絣など、伝統ある手仕事の文化の存続が難しい時代。なくしたくない大切な宝物だという思いを、本書によってますます強くした。
脱デフレの歴史分析
7/9 東京・中日新聞
「読書」欄
【中村宗悦氏】
 近代日本の経済的基礎を築いたと言われる明治期の松方財政、禁輸出再禁止とリフレーション政策によって昭和恐慌からの脱却を果たした高橋財政、そして西欧近代の超克を大東亜共栄圏という形で実現しようとし、無残な挫折に終わった戦時体制。本書『脱デフレの歴史分析』は、戦前期の三度の大きな政策転換を「政策レジーム(体制、制度)」の転換としてとらえ、それらの分析を通じて現代日本への「歴史的教訓」を引き出そうとしている。
 通常、経済学的な意味での「政策レジーム」とは、政策当局が経済政策を遂行するにあたって選択するルールの体系であり、金融、財政、通貨政策といった政策手段の組み合わせによって具体化されるものを指す。本書は、これに外交政策のルールを加えることによって「政策レジーム」をより複眼的にとらえようとしている点でユニークである。さらに本書では、このような「政策レジーム」の選択に、“競争”という視点を導入することによって、政策史の過程をダイナミックに描き出すことに成功している。
セレンディピティ物語
7/2 信濃毎日新聞
「読書」欄
【吉永良正氏】
 原話は五世紀ころのものらしい。それが十六世紀にヨーロッパに伝わった。おそらくそれから何度も翻訳・翻案が出たのだろう。ウォルポートが参照したのがどういう本であったかは知る由もないが、本書は米国で1966年に出た版からの訳である。話の舞台はインドとペルシャにまたがり、竜王、巨大な手、三つ頭の大蛇、金の鳥などが出てくる。それぞれの国の宗教や文化によって何を善玉とし何を悪玉とするかも決まっていたはずだが、宗教色が払拭されているので、そのへんがよくわからない。人名にしても仙人のアポエニキィウスという名はヘレニズムの臭いがする。こうした不思議さは長い翻案の歴史の結果だろうが、いくども不死鳥のようによみがえって読みつがれていくのは、やはりこの物語の力であろう。
 そうした意味から本書も、今の日本の読者にこの物語の面白さを伝えることに翻訳の主眼が置かれ、訳者自身が描いた挿絵とともに、古い物語が楽しい日本版・よしだみどり版として再生されている。
7/2 読売新聞
「本 よみうり堂」欄
 年齢とともに、フィクションを読まなくなったという人は、読書好きの中にも少なくないに違いない。絵空事に飽き飽きした。作家の描く現実がナイーブすぎる。日本の場合、故江藤淳氏が言ったように、言語空間に「奇妙に閉ざされ」たものを感じる――など、理由はいろいろあるだろう。特に、政治や思想を題材とした小説に成功作が少ないことは、フィクションの読者層を狭める一因になっているのではないだろうか。
 『雪』は、そういう不満を一挙に吹き飛ばす政治小説の傑作だ。舞台となるのは、1900年代のトルコ東部、アルメニア国境の小さな町カルス。主人公「Ka」はドイツ・フランクフルトへの政治亡命から戻った「無神論者」の詩人で、幼なじみの女性を訪ね、また地元新聞に少女の自殺事件について書くため、故郷に帰省し、イスラム原理主義と世俗主義との対立から生まれる「クーデター」に巻き込まれる。
 主人公やイスラム過激派指導者“紺青”、旧左翼演劇人スナイら、いずれも一風変わった登場人物が語るのは、西と東、近代と非近代、金持ちと貧者など、何重にも引き裂かれたトルコの現状だ。エピグラフに掲げられた「民衆を片付けてしまえ。・・・・・・ヨーロッパ啓蒙運動こそ、民衆より遙かに重要なのだから」とのドストエフスキーの言葉にある通り、西欧化とは、大衆抑圧を伴う凄惨な過程なのだ。
 「ポスト・モダン」風の作風だけに、曖昧でわかりにくい個所もある。宗教学校生徒らによる蜂起の動機がどこにあるか、主役級の女性カディフェがスカーフにこだわる本当の理由は何かなど、時にそれは主テーマにもかかわる。だが、政治や暴力の世界と並行して、恋愛、芸術、孤独などをリリカルに描き分ける手腕には、誰もが舌を巻くに違いない。久しぶりにフィクションを、という読者にぜひ勧めたい作品だ。
セレンディピティ物語
楽しいわが家 7月号
「わが家の本だな」欄
 インド洋に浮かぶスリランカ(セイロン)は古くはセレンディップといいました。英国の初代首相で政治家兼作家ホレース・ウォルポールが、かの地に伝わる『セレンディップの三人の王子』の主人公たちにちなんで“セレンディピティ”ということばを造りました。幸福を招きよせる力という意味です。
 今回アメリカ版を基に翻訳されました。
 セレンディップの王は三人の息子たちを立派な後継者にするために、広い世界を旅し、見聞を広め、それだけでなく『竜退治の秘法』の巻物を手に入れるよう王命を下しました。
 冒険の末に戻った三人の王子を、王はこういって迎え入れました。「『竜退治の秘法』の巻物は持ち帰れなかったが、貧しき者苦しむ者にたいするそちたちの共苦の涙が、その秘法のもっとも大切な部分だったのじゃ」。
 幸福を招くのは何なのかお分かりですね?
セレンディピティ物語
産業新潮 7月号
「今月の本棚」欄
 人知、人力の及ばない自然現象に対する、近代以前の人々の恐れの感情の発露や、未知の事象に対処するための解釈に共感し、また、人々のエートスやモラルなどを培った古代以来の民話や叙事詩、寓話や教訓話の原型を見いだすこともできる、実に楽しい読み物になっている。
 さて、王が待ち望んだ竜退治の秘法とは何か。魔術や似非科学の錬金術といったものではなく、それは、私たちの心が生むシンパシーの力にほかならない。
6月
脱デフレの歴史分析
エコノミスト 6/27号
「書評」欄
【田中秀臣氏】
 本書の行った通説の破壊は衝撃的ですらある。政策レジームの観点からは、明治維新は政策の転換ではなかったこと、いわゆる「松方デフレ」がデフレーションによる構造改革の推進というよりも、むしろ通貨制度の幸運な選択が導いた円安効果による経済拡大路線の成果だったことが解明されている。
 さらに高橋是清による昭和恐慌脱出は、日本をデフレ不況から救ったものの、軍備拡張主義と手を切ることができない「擬似的小日本主義レジーム」であったため、やがて日本は「大東亜共栄圏レジーム」の勝利という敗戦の道に転がり落ちたことも説得的に描かれている。
 本書では通貨制度の選択が近代日本の針路に決定的な役割を持ったこと、そして政策当事者が目先の利害にとらわれ、過去の教訓をまったく活かさないことで失敗に失敗を重ねたことが明らかにされている。また今日の「東アジア共同体」についても、誤った通貨制度の選択であると著者は否定的である。
 意欲的な主張に満ちた本書はその斬新さと奥行きの深さで、まさに思想的な事件であるといえよう。
いのちを纏う
6/24 京都新聞
「ホーム」欄
 この間、鶴見さんと話をして、きものも大事だけど、私たちで、今の時代、もう少しみんなが「和」ということや日本の文化を見直しましょう、と呼び掛けましょうということになったんです。年がいっているから、今のうちに言いたいことを言いましょうって。鶴見さんは、世の中のことに対して皆さんの関心を少しでも呼び戻したい、と強い意志をお持ちです。
 日本の社会は今、ほんとにすごいことになっています。もう、染めとか織りとか色とかの問題ではない、もっと切実な問題が迫っています。例えば水俣の問題も、もっと身近に自分のこととして知らなきゃいけないと思います。
 環境問題だけでなく、多くの人の気持ちがどんどん破滅の方向に行っています。目先さえよければいいと、自分の親でも子でも殺す事件がたくさん起こっています。あまりにも恐ろしい時代ですから、社会のことをみんながもっともっと真剣に考えないと大変なことになります。そうではないですか?  ひどさは、のど元まで来ています。きもののことだけでなく、もっと大事な事を話したい。鶴見さんは社会学者ですから、もうそればっかりです。きものからおどり、社会問題まで、何でもよくご存知の方の、その思いを聞いていただきたい。
 私は、自分の仕事を通して、自然からいただいている色、繭からいただいている糸を非常に大事に、畏敬をもって使っているとお伝えしたいです。ただ美しいきものを作って女の人を美しく見せるだけではなくて、素材自体がすごいものだということを知ってほしい。自然からいただいている色は、簡単に「色」なんて言えないんです。
いのちを纏う
6/22 読売新聞(大阪本社版・夕刊)
 染織家・志村ふくみさんと社会学者・鶴見和子さんの対話をまとめた「いのちを纏う 色・織・きももの思想」が刊行された。異なるアプローチで人と自然のかかわり、いのちへの思索を深めてきた芸術家と思想家は、語らいを通じて何を得たのだろうか。志村さんに聞いた。
……
わが真葛物語
6/19 河北新報 「東北の本棚」欄
 仙台をはじめ真葛ゆかりの宮城県加美町などを訪れ足跡をたどっていく。章ごとに評伝だったり作品論だったりと多角的な手法で、真葛の姿に光を当てている。仙台ゆかりの隠れた女性文学者を知る格好の一冊だ。
ヒトの全体像を求めて
6/18 神奈川新聞
「ミニ書評」欄
 環境破壊と経済のグローバル化、戦争と差別・・・。ヒトとは何かが問われている今日、人類学が有効な役割を果たすためには、自然史の視点に立った総合人間学としての「ヒト学」を誕生させねばならない。文化人類学、分子人類学、先史学、霊長類学の第一人者たちが熱く語り合った記録。
 チンパンジーは戦争をするか、人種と民族という概念の再検討など、示唆に富む。
開かれた歴史学
6/18 朝日新聞
「読書」欄
 本書の各論者がくりかえし強調しているように、ブローデルの最大の遺産は、歴史学に、隣接の諸学問の知見を接続する大きな枠組みを敷き、ヒトとモノ、歴史と歴史以前、近代と前近代、国家と市場と社会といった区別立てで知を切り刻む作法に、あらゆるレベルで抗議する態度を歴史学にもたらしたことである。
 もちろん今日、学際性の必要は(歴史学に限らず)すでに当たり前に言われている。しかしむしろ当たり前すぎて、なぜそうするのかという問題意識が稀薄になってしまった。結果として、一方ではブローデルという虎の威をかりて、歴史を思想表現の道具のようにもてあそぶ似非学際的な歴史談義が跋扈し、他方で、既存の専門研究と専門研究の合間のますます狭いニッチの発見を学際性と取り違えるような「専門化の弊害」を指摘する声は絶えることがない。
 いまブローデルを読むときに必要なのは、単に没理念的な専門分化を批判するだけではなく、知的なスーパーマンへの幻想を捨てることでもある。言い換えれば、求められているのは適切な知的分業とその指針にほかならない。本書は、そのためのきっかけとして読まれるならば、ブローデルが遺した歴史学の学際的エートスを確認するうえでやはり有意義な総括を提供していると言えよう。
女教祖の誕生
6/18 東京・中日新聞 「『今』がわかる名著」欄【島薗進氏】
 尾張熱田の孤独な一女性が「三界万霊」の救済に目覚め、苦悩する庶民から武士まで多くの人々を導いてゆく。日蓮や親鸞の教え、そして金比羅信仰を引き継ぎ、慈愛に満ちた仏のもとへと帰心を誘う独自の信仰世界が形作られる。その姿はどこか孤独な現代女性を彷彿とさせる。
いのちを纏う
6/17 産経新聞
「ほん」欄
 紬織の人間国宝、志村ふくみさんと、“きもの”三昧で知られる社会学者、鶴見和子さんが、色・織・きものの思想について語り合った対談集。(中略)
 ともに80歳を超える人生に裏打ちされた対談は、展覧会の感想に始まり、織ること、着ることの喜び。植物の命の恵みである色、日本人の魂の依代としての“きもの”の思想へと深まる。着ることは、いのちを纏うことを。だからこそ・・・の思いが、全編にあふれる。
いのちを纏う米寿快談
6/11 朝日新聞
「話題の本棚」欄
 老いとは、彼岸ではなく、いまこの足下の先に、地続きにある。いつしか、そんな当たり前のことを実感するようになり、先達の声に耳を傾ける。近ごろの先達ときたら、「お達者」だの「枯淡」だの、いわゆる「老いの定番」に収まりきらない。右も左も、みな高齢者という近未来に向けて、後進としては、その底力にめまいを覚えつつ、慣れてみたい。
(中略)
 金子兜太・鶴見和子『米寿快談』は、俳句、短歌という短詩型の世界を入り口に、学問や生活、養生訓にいたるまで縦横に語り合う。「これほどの知性は・・・・・・。みんなタジタジだよ」と金子さんが舌を巻くように、鶴見さんの前向きな活力は驚異的。染織家の志村ふくみさんとも対談し、『いのちを纏う』では着物や芸術を語る。
安場保和伝 1835-99
6/11 西日本新聞
「読書館」欄
 肥後・熊本藩士の家に生まれた安場は、横井小楠に学び、維新政府で大蔵省租税権頭や福岡県令などを務め1899年、六十四歳で亡くなった。岩倉遣欧使節団の一員として同行したが「英語ができない自分がこの旅行をするのは税金の無駄遣いだ」と途中のワシントンから単身帰国した。
 無私の政治家と評され、伝記を書くための資料が集められたが、戦災で消失した。編者は安場の孫に当たり、研究者に呼び掛けて新聞記事などの資料を掘り起こし、今回の出版にこぎつけた。
 執筆者は花立三郎元熊大教授や哲学者の鶴見俊輔ら十人。安場の経歴に応じて十章に分け、日本の近代化を背景に足跡を明らかにし、業績を評価している。
米寿快談
6/11 日本経済新聞
「詩歌のこだま」欄
【坪内稔典氏】
 よくしゃべるのである。あきれるほどに。話すのは1918年生まれの鶴見和子と、鶴見より一つ年下の金子兜太。
 比較社会学の学者だった鶴見は、95年に脳出血で倒れ、以来、短歌が命の源泉のようにあふれ出してきた。そして、「短歌を杖にしていま生きつづけている」。一方の金子は、自分の肉体に細心の注意を払い、今なお俳壇の最前線に立つ。
 鶴見と金子は二日間にわたって対談し、その対談を『米寿快談』という本にした。この本の副題は「俳句・短歌・いのち」だが、米寿の年齢に至った二人の熱いいのちが語られている。
 たとえばぱっと開いた百三十八頁。鶴見が「世の中の権力、金力、名声欲、こういうものから離れたから自由になれたの。自由になったからいま、書けるのよ」と話している。それを受けて金子は、「かなり図式的なお考えですな、そうじゃないや(笑)。もともとあなたは自由人なんですよ」と応じる。鶴見はさらに、自分は「この世の人じゃないのよ」と応じる。すると金子は、「うん、それは事実ですけれど。しかし、徹底したんだ、この世に」と鶴見とは異なるとらえ方をする。このような丁々発止、つまり互いの違いをぶつけ合うやりとりが、この対談をまさに「快談」にしている。
日本を襲ったスペイン・インフルエンザ
6/11 しんぶん 赤旗 【岡田晴恵氏】
 20世紀最悪の惨事でありながら忘れ去られたこの大疫病の国内での被害の実態を、初めて明らかにしたのが本書である。とくにそれまで38万人とされてきた死亡者数を、歴史人口学の手法によって関東大震災の5倍近くの45万人、と算出し直したことに、本書のとりわけ大きな意義がある。
……
 危機意識の低い日本人が、疫病の大流行が巻き起こす事態を想定するには、過去の具体的事例に学び、想像力をたくましくして現代に置き換えることが必要だ。ほとんど避け難い「天災」をどこまで「減災」出来るのか。この本は、よみがえった当時の声を通して、政府が、自治体が、経済界が、そして国民一人一人が、いま何をすべきか、それを生々しく教えてくれている。
日本を襲ったスペイン・インフルエンザ
6/9 毎日新聞
「読みたい」欄
【関川夏央氏】
 第一次世界大戦末期、大正七年から八年(1918〜19)にかけ、「スペイン・インフルエンザ」が大流行した。渡り鳥が疑われるウイルスの原発地は特定できない。
 なのに、死者四千万人とされるこのパンデミック(世界的感染症)にスペインの名が冠せられたのは、スペインが大戦の中立国であったため、被害状況を秘匿しなかったからだ。
 日本でも全人口の四割以上が感染した。速水融氏は、当時の報道と人口統計をつぶさに検証する「歴史人口学」の方法でこの大流行の実情に迫り、『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』をあらわした。その結果、内地・外地をあわせた「帝国日本」の死亡者を、通説の三十八万五千人から四十七万人にあらためた。
 それは日露戦争の死者の六倍弱、関東大震災犠牲者の五倍にあたる。ピークであった大正七年十一月だけで、十三万人が亡くなっている!
 近代史上の大事件であるにもかかわらず、これまで忘れられがちだったのには理由がある。世界大戦の関心がまさった。強大な感染力のわりには死亡率は高くなかった。短期間で流行が消滅したうえ、超有名人の命を奪わなかった――。
 たしかに大流行によっても日本の人口は減少しなかった。増加率1%が半減した程度である。そして、直後に「ベビーブーム」(人口の補償的回復)があったのは、今次大戦後に似ている。(後略)
海霊の宮
6/8 佛教タイムズ 「話題」欄
 石牟礼氏本人による作品の朗読、インタビュー、原郷・不知火、水俣の映像を交え石牟礼氏の世界を再現した画期的映像作品。
セレンディピティ物語
6/8 週刊 新潮 「十行本棚」欄
6/4 しんぶん 赤旗 【浅尾大輔氏】
 本書において、イスラム教の伝統的価値観と西欧の合理的精神との衝突と融合(乗り越え)、そのとき生じる様々な人間の心と行動の変化を丸ごと描く試みを成し遂げた。
環 vol.25
6/4〜 共同通信社配信
「論壇リポート」欄
 「環」の座談会で評論家の粕谷一希が、「世界」のインタビューでは憲法学者の樋口陽一が、同じく司馬遼太郎のエッセー「この国のかたち」に言及する。粕谷は日本の伝統や「同胞のシンボル」の天皇という「かたち」を考え直し憲法と国家を論じるべきと言い、樋口は「かたち」とは土や血でつながった前近代性であり、司馬はそれを礼賛したのではなく、明治以降の日本が「かたち」と葛藤して近代法治国家をつくったことを分析したのだと言う。
 「環」で京大教授(社会経済学)の佐伯啓思は、「西洋型の憲法」ではなく、日本の歴史や宗教などの遺産の継承を考え、現憲法が「正当性を持たないのだという地点まで立ち戻」るぐらいの気構えを持つべきだと言い、樋口は憲法とは「一人ひとりが個人として尊重」されるような枠組みという「形式」であり「何か神秘的な歴史の過去にすがったりしてはいけない」と強調する。
いのちを纏う
6/2 週刊朝日
「Books Browsing」欄
【西條博子氏】
 着物三昧をつくした社会学者と、植物染料ほ平織で作品をつくる染織家が対話する。これが絶妙だ。
 まず新橋の芸者なのにお座敷着は大嫌いで芸事もしない「マリアさん」という女性が話題にのぼる。彼女は四十年ほど前、伝統工芸展に会長の細川護立さんと共に現れ、志村さんの「鈴虫」を見初めた。以来、倹約しては毎年初日に現れ、目当てのものを買いもとめる。そのコレクション六十枚ほどを美術館に寄贈し、次に現れたときには川端康成の形見の、男物の薩摩絣を着ていたという。粋な話だ。
 皇后陛下が、自ら養蚕をなさって作られた絹で織っものを外国のお土産にするエピソードや、ゲーテの色彩論にも話は及ぶ。着物は魂の依代、と自然との共生を鶴見さんが説けば、着物の帯を紐にして、能装束のような着方を考えたい、と志村さん。私たちは、なんと洗練された美意識を、生活に根付かせていたのだろう。
米寿快談
6/1 毎日新聞 「詩歌の現在」「私の3冊」欄
【酒井佐忠氏】
 人生を知り尽くした金子・鶴見両氏の「巨人」が生命と言葉を語り合う。
中央公論 6月号
「中公読書室」欄
 正直な話、読み始める前は、もっと辛気臭い小説かと思っていたのだが、ジェットコースター式に事件が起こり、ページを繰る手が止まらない。
 けれど、これがエンターテインメントだけを目的にした読み物と違うのは、そのよく練られた構成の中から、複数の人間の顔と声を立ち上がらせ、現代を覆う、いかんともしがたい状況を、「いかんともしがたさ」ごと、読者に提示してみせるところだ。
 政教分離主義者も、政治に興味のない詩人も、古きよき イスラム指導者も、急進的なテロリストも、それぞれが肉声を持って読者の前に立ち現れる。
 彼ら一人一人の「声」が響き合い、私たちはそこから、その「いかんともしがたさ」を読み取る。そして、読み終わったときには、遠い異国の文化と人々に注ぐまなざしが、以前とは変わっていることに気づかされるだろう。
(後略)
STUDIO VOICE 6月号
「SV CUT UP BOOKS」欄
 トルコの現代小説家オルハン・パムクは、9・11以降に急激に欧米で読まれだした作家だという。この小説でも、「紺青」という暗号名を持つ魅力的なイスラム過激派のリーダーが出てくる。だが、『雪』は特定のイデオロギー(イスラム原理主義)を代弁する小説ではない。むしろ、世界の政治と切り離されて生活しているように見えても、現代人はそれとは無関係には生きられないことを伝える「政治小説」なのだ。しかも、エーコやマルケス、オースターなどを知った小うるさい読者が読んでも、なお面白いと感じられるポストモダンのナラティヴの仕掛けを具えている。それがこの作家がトルコ国内のみならず、欧米でも高い評価を得ている理由だろう。
 たとえば、この小説のタイトルを見てみよう。たんなる舞台装置というより、現実の細部を覆い隠すという意味で、この小説の真の主人公ともいえる「雪」は、少なくとも二重の意味を付されている。ひとつは、42歳の詩人Ka(本名はケリム・アラクシュオウルだが、匿名で生きることを好む)が緑色のノートに書き取ったとされる19個の詩からなる詩集のタイトル。しかし、そのノートはKaの暗殺とともにどこかに失われてしまい、取材や詩人の遺したメモ書きによって、語り手の「わたし」(オルハンという名前を持つ)が、探偵小説の探偵よろしく、その詩集の内容を詩人の行動と共に再構成しようとする。それがいまわれわれの前にある小説『雪』である。
 この小説では、モダニズム芸術の約束事も披露される。国民劇場で左翼劇団(かつてブレヒトも演じたことがあるという)によってなされるドタバタの前衛芝居は、いわば劇中劇の様相をなし、つかの間の軍事クーデターを成功させる。死者も出るそのドタバタ劇は「人生が芸術を模倣する」ごとく、現実と虚構の境目を失わせ、詩人を混乱に陥れる。これは劇場の外で、国家(軍や警察や学校)やイスラム主義者(穏健派と過激派)、クルド民族派、近代化をめざす左翼などによって繰りひろげられる混乱の政治劇の縮小版だ。
5月
いのちを纏う
5/28 毎日新聞
「本と出会う」欄
 社会学者の鶴見和子と染織家の志村ふくみ。心から信頼できる世界観をもったこの二人の対談を読む時間は、それだけで幸福な時間だ。極めつきは「色の思想」と「きものの思想」である。「四十八茶百鼠」という江戸時代の多様な色は、あらゆる植物から染まる可能性がある、という。この対談はものについての話であるが、より深く、自然についての話である。色は植物、きものは人間の自然について教えてくれる。植物から色を取り出すことは、その植物の生命をいただき、その植物の生命をいただき、その植物が霊魂をこの世に残すことだ、と語られる。姿の勢い(姿勢)が一枚の布に形を与える。それがきものであり、だからこそきものは魂のよりしろでらう、と語られる。本書は自然についてのみならず、魂についての対談なのだ。
安場保和伝 1835-99
5/25 熊本日日新聞
「ほんのコラム」欄
【井上智重氏】
 「小楠のよい弟子といったら、安場保和一人くらいのものだろう」と言ったのは勝海舟だが、安場について論じたものはあまり見たことがなかった。熊本の国権党の母胎となる紫溟会の後ろ盾となったり、福岡県令となってきて自由民権派の選挙弾圧をしたのをどう解釈したものか、研究者にとっては厄介なところがあってのことだろう。
 鶴見祐輔の「後藤新平伝」を復刻している藤原書店から安場保吉編『安場保和伝 1835-99』が出た。後藤新平は安場の娘婿だ。第一章の熊本・維新時代を花立三郎元熊大教授、最終章「安場咬菜管見」を安場のひ孫、鶴見俊輔氏が書いており、あとの分担執筆は少壮の研究者だ。
(中略)
 ところで、鶴見氏によれば、夢野久作の「犬神博士」に出てくるカンシャク知事は安場がモデルだという。威張り屋の国権主義者で、頭山満と戦って、彼の運動をつぶそうとする、という設定だが、頭山は安場にすり寄ってきた側である。久作の父、杉山茂丸は九州鉄道を引くため、安場を福岡県令に呼んで来たなどという大ぼらを吹いている。
セレンディピティ物語
5/24 朝日新聞
「窓」欄
【高成田享氏】
 ふと手にした絵本から、面白い言葉を知った。エリザベス・J・ホッジス著「セレンディピティ物語――幸せを招ぶ三人の王子」(藤原書店)がそれ。セレンディピティとは「当てにしないものを偶然に発見する能力」と英語の辞書にあった。
 セレンディップという国の3人の王子が苦難の旅を続けるうちに、幸運に助けられて、求めていたものを見つけ出す。そんなおとぎ話がもとになって、いろいろな国で物語になっただけでなく、セレンディピティという言葉がひとりで旅をするようになった。
(中略)
 この本の訳者でもあり、すてきな挿絵も描いているよしだみどりさんに「あなたのセレンディピティは」と尋ねてみた。  「『宝島』のスティーヴンスンの『子どもの詩の園』を翻訳するため、彼の生涯を調べているうちに、彼が吉田松陰の小伝を書いていることを知り、『日本より先に書かれた謎の吉田松陰伝 烈々たる日本人―イギリスの文豪スティーヴンスンがなぜ』(祥伝社)という本を書いたこと。こうした不思議な縁のつながりで、3人の王子にも、この言葉にも出会いました 」
 なるほど、「不思議な縁のつながり」ならだれにもある経験かもしれない。周りの人に尋ねてみよう。「あなたのセレンディピティは」
日本を襲ったスペイン・インフルエンザ
文藝春秋 5月号
「BUNSHUN BOOK CLUB」欄
【猪木武徳氏】
 1918年春から20年にかけて猛威をふるった「新型インフルエンザ」は全世界で四千万人の人名を奪ったといわれる。これは第一次世界大戦での死者の実に四倍に相当する。日本でも「スペイン風邪」と呼ばれ、国内(内地)で四十万人近い犠牲者を出したと旧内務省は報告したが、今では日本近代史のなかのエピソードとして語られるにすぎない。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」は人の常であるが、この労作を読むと、われわれの「忘れっぽさ」や無防備さだけでなく、知恵を集積していく「持続の精神」の欠如を反省させられる。(ちなみに「スペイン風邪」と呼ばれたのは、第一次大戦中の交戦国がその被害状況を公表しなかったのに対し、中立国スペインの被害は広く知れ渡ってしまったという事情がある)
 この「スペイン・インフルエンザ」の日本における人的被害の実態を正確に把握し、政府はどのような手を打ったのか(打たなかったのか)、人々はどう対応したのか、これほどの「大災害」が何故かくも容易に忘れ去られたのか、この災害から得られる教訓は何なのか、本書はこうした問題を解き明かしている。
わが真葛物語
5/7 日本経済新聞
「読書」欄
【高田衛氏】
 真葛、本名は文子、伊達藩江戸詰表医師、学者文化人としても『赤蝦夷風説考』の著者としても知られた、工藤平助の長女であった。江戸築地の豪邸で豊かな少女時代を送り、長じては伊達氏本国仙台居住の二番手着座番頭という重職、禄高千二百石の只野伊賀行義の後妻としてはるばると陸奥下りして嫁した人であった。江戸へ往復することの多い夫の留守をまもり、先妻の遺子二人をみごとに育てあげるかたわら、「いそづたひ」「奥州ばなし」「真葛がはら」などの歌文集、紀行を書いた。そして夫の死去後、仙台にとどまって女であることの不利さを逆手にとった、驚くべき思索・言説の書『独考』を書いた。
 これは本書の著者がはじめは違和感があったと言うほど、異様な内容を持つ三冊本である。著者はそういう真葛の生きざまを求めて、現地取材や探訪をかさねた。真葛の草稿に出逢って感動し、立ち上がってゆく真葛の人間像を追う中で、しだいに『独考』が、女の立場やまなざしにおいて、反儒教的なたたかう女の思索の書であることを明らかにしてゆく過程は、本書の圧巻であろう。(後略)
5/6 沖縄タイムスほか
「読書」欄
【野中恵子氏】
 トルコ北東部、国境の町カルス。貧困、因習、抑圧の中に打ち棄てられた人々はイスラム原理主義に傾倒する。あこがれの女性をドイツに連れて行き結婚しようと、元亡命者の詩人Kaは緊迫するその渦中に自ら飛び込む。
 1990年代前半のトルコはKaがかつて身を投じた左右の対立も終焉し、クルド分離独立主義と宗教政党である福祉党の脅威に翻弄された時期である。市場経済の推進とPKK(クルド労働者党)のテロによる荒廃で階級や地域間の格差が拡大し、東部では国家による統制も強化された。これがKaを迎えた祖国の現実であり、その最たる逆境にある町で人々の悲哀や怒りを知り、それまでの宗教観や生き方を自らに問いたださざるをえなくなる。
 ここにおいてパムク文学に共通するテーマの一つ、イスラムの伝統と西欧化のはざまで価値観が相克する葛藤と、それを乗り越えられないトルコの苦悩という問題が現れてくる。人々はKaを西欧世論への窓口とするが、西欧の二重標準をもよく知っている。だがそれは、半西欧化したKa自身にも内在しているのだ。
(後略)
日本を襲ったスペイン・インフルエンザ
5/4・11 週刊新潮
「闘う時評」欄
【福田和也氏】
 本書は専門書でありながら、きわめて網羅的かつ啓蒙的な内容になっています。なぜ「スペイン・インフルエンザ」という用語を使い、「スペイン風邪」「スペイン感冒」ではいけないのか――「インフルエンザは、インフルエンザ・ウイルスが媒介する感染症で、一種の症候群である風邪または感冒とは全く異なっている」――にはじまり、インフルエンザ・ウイルス発見までの長い歴史――同定されたのは、流行から実に八十年近く後の1995年だったのです。――まで、まことに親切に書かれています。
(中略)
 云うまでもなく、現下の鳥インフルエンザの脅威を考えるのにも有効ですが、歴史的記憶とは 何なのか、ということを省察するうえでも、示唆的な一冊です。
セレンディピティ物語
5/5 北海道新聞
「卓上四季」欄
 「セレンディピティー」とい言葉をご存知だろうか。英語の辞書には「偶然に物をうまく見つけ出す能力」「掘り出し上手」とある。
 もともとは英国の作家ホレス・ウォルポールの造語である。セレンディップ(スリランカの古名)の三人の王子がある物を探す旅先で、探してもいないもっと素晴らしい物を偶然に発見する。そんなおとぎ話に基づいてつくったという。
 十八世紀には欧州の知識階級の一部で知られていた言葉。日本では2000年のノーベル化学賞受賞者、白川英樹筑波大名誉教授が授賞式のスピーチで使い、広まったといわれる。
 「ニュートンの万有引力やレントゲンのエックス線は、脇道からヒントを得て、素晴らしい発見につなげた」「私の発見も、もともとは実験で通常より千倍濃い触媒を使ってしまった失敗がきっかけ」。白川さんは子どもたちを対象にした講演でそう話している。
 もっとも失敗を発見のチャンスにするには知性を磨くことが必要だそう。「セレンディピティーは鍛えることのできる能力」といったのは脳科学者の茂木健一郎さんだ。「まずは、行動を起こすことが肝心である。待っているだけでは幸運は訪れない」(日本経済新聞)
 その言葉の語源となった「セレンディピティ物語 幸せを招ぶ三人の王子」(藤原書店)が出版された。「子どもの日」に、親子で読んでみてはどうですか。
4月
4/23 日本経済新聞
「読書」欄
【山内昌之氏】
 著者は、この作品を「最初で最後の政治小説」と自負する。ドストエフスキーやコンラッドも一作だけ政治小説を書いているからだという。二年半をかけて9・11事件から三ヶ月後に完成した作品にふさわしい自信の言といえよう。
 テーマはイスラムの伝統を継承しながら世俗主義の道を歩んだトルコ市民の心の葛藤である。アタテュルクが掲げた政教分離主義に反対する若いイスラム主義者、共和国に反逆するクルド民族主義の活動家、東部トルコ・カルスのスパイや小役人もよく素描されている。
 しかし、他の作家に類を見ない雪の微妙な描写とともに、圧倒的な存在感をもって迫ってくるのは主人公Kaの言説である。
 詩人のKaには学生運動の前歴があり、亡命したドイツで十二年ほど過ごす。母親の葬儀に参列するために懐かしい故郷イスタンブルに戻ってきた。文中に浮かび上がるイスタンブルの風景は、カルスの点景としばしば交錯しながら、イデオロギー一辺倒のトルコの政治小説とは異なる色彩感を生み出している。
(後略)
住宅市場の社会経済学
4/23 読売新聞
「本 よみうり堂」欄
【竹内洋氏】
 住宅の供給や需要は融資や減税などによって左右されるように、国家によって構築されている。さらに住宅政策は、住宅会社や金融機関によって影響を受けている。顧客の需要は、住宅政策や供給側の戦略と対応しながら、個人の来歴などにもとづく嗜好とのからみで社会的に創られる。そのありさまが、官僚や住宅メーカー、銀行それぞれの戦略とかけひき、住宅販売員の手練手管や不動産広告のあの手この手などにわたっての膨大なデータ分析により明らかにされる。そして、住宅市場が正統派経済学である新古典派経済学が前提とする自由な主体による合理的選択論(自らの効用や利潤を最大化する行為者)といかにかけはなれているかが仮借なく暴かれる。
 数学的な理論構成などによって学の高みにたつ正統派経済学は、住宅をめぐる需給活劇と小市民階級の悲惨への追い込みを覆い隠した無菌実験室での洗練さではないかという疑いは十分つたわってくる。住宅市場のなかで、夢を縮小させられ、欺かれ、ゆすり取られていくのが小市民階級であることを描いたくだり(第I部の結論)は、耐震強度偽装などの欠陥住宅問題の社会的所以を知る意味で圧巻である。
日本を襲ったスペイン・インフルエンザ
4/11 エコノミスト
「書評」欄
【藤田紘一郎氏】
 人類が免疫を持っていない新型インフルエンザに遭遇した場合、一体どうなるのであろうか。
 実は私たちは、それを経験しているのだ。1918(大正7)年に猛威を振るったスペイン・インフルエンザである。世界で第一次大戦の4倍(4000万人)、日本では関東大震災の5倍近く(45万人)の人命を奪ったのである。日本では「スペイン風邪」の名で知られている。
 歴史人口学の研究者である速水融さんは、スペイン・インフルエンザが20世紀最悪の人的被害であるにもかかわらず人々の記憶から忘れ去られ、これを論じた著作は日本で1冊も書かれてこなかったことに気づいた。
 史上最悪の被害を出しながら、なぜこれまで研究がなされてこなかったのか。そうした思いを出発点に、速水さんは既存の文献を渉猟し、スペイン・インフルエンザとは何だったのかについてまとめたのが本書である。
(中略)
 本書を読んで私は、スペイン・インフルエンザに晒された人々の悲鳴を初めて聞いたように思った。当時の人々は、あのような事態に直面してどう対応したのか、政府はどのような手を打ったのか、これらのことがなぜ人々から忘れ去られたのか。速水さんは渉猟した厖大な資料から見事に解説している。鳥インフルエンザの脅威が伝えられる昨今、必読に値する1冊である。
食の歴史
4/11 エコノミスト
「書評」欄
【榊原英資氏】
 フェルナン・ブローデルに代表されるアナール派の歴史学者たちは、早い時期から食の歴史に注目してきた。なぜなら「料理はその国がどんな文化を持っているか最前線で表現する。アイデンティティが凝縮されたもの」だからである。
(中略)
 独特のアプローチは、まさにブローデルの構造の長期的時間の推移のなかで食を捉えようというものである。つまり、食をめぐるルールや習慣は短期的には一つの体系をなした「構造」なのだが、それが緩やかに変わることによって歴史が動くというのだ。
日本を襲ったスペイン・インフルエンザ
4/8 週刊ダイヤモンド
「新刊フラッシュ」欄
 関東大震災の5倍の人命を奪ったあの“新型”インフルエンザ、いわゆる「スペイン風邪」から何を学ぶか。各種資料を駆使し、90年前の大流行の詳細を明かす。
遺言のつもりで
読売新聞(夕) 4/5
「本 よみうり堂」欄
 美術や自然、伝統芸能から歴史、差別問題、環境まで幅広い視野で執筆を続けている随筆家が語り下ろした半生記。雑誌『暮しの手帖』に原稿が載ったのをきっかけに筆一本の生活に入り、著書は本書を含めて129冊。荒畑寒村、丸岡秀子など交友仲間が豪華絢爛。凛とした佇まいが立ち上がってくる。
日本を襲ったスペイン・インフルエンザ
日刊ゲンダイ 4/4
「話題の新刊 読みどころ」欄
 最近、新型インフルエンザが騒がれている。本書は大正7〜9年に猛威を振るい、関東大震災の5倍に当たる45万人もの死者を出したにもかかわらず、忘れられているスペイン・インフルエンザ(スペイン風邪)の被害実態を明らかにした労作。著者は経済史・歴史人口学の専門家である。この病気の発生とスペインは何の関係もないという。
 インフルエンザ・ウイルスは3週間から1ヶ月足らずで他所へ移動していく。日本では軍隊や学校、官庁、工場、一般家庭を襲い、人々を恐怖のどん底へ突き落とした。新聞各紙も「流行性感冒」の猛威ぶりとその怖さをセンセーショナルに報道している。それでも、日本はスペイン風邪の災厄から何も学ばなかった。
 新型インフルエンザの流行それ自体を防ぐのは不可能だと著者はいう。できることは“減災”であり、それには過去の実例から対策と教訓を学ぶしかない。
遺言のつもりで
産経新聞 4/3
「読書」欄
【服部素子氏】
 どんなときにも凛として、しかし、かわいらしさを失わない“童女のような大人の女性”。戦争、沖縄、ハンセン病、炭鉱労働者・・・人が人に向ける理不尽な仕打ちに身を震わせて怒りながら、決して品位を失わない覚悟の言葉を五十年にわたって書き続けてきた。
 「本が出なかった年は、1960年だけやったかな、五十年間にな」と振り返るように、筆一本で暮らすようになった三十一歳から、百二十九冊の本を世に問うた。本書はそんな岡部さんが八十三年の半生を語り下ろした自伝である。
 常に現場に立ち、思いを残し、死んでいった人たちの心を、次代に伝えるために生き、そして書いてきた岡部伊都子という随筆家の根も幹も葉も、すべてが語り尽くされる。
 「――わたしは病気ばっかりしてますけどな、最後の瞬間まで人としての自分を育てたいと、私はまだそう思っています。今の呼吸より次の呼吸の方が、心が開かれているように」
 人生の集大成において、なお“次”を語る強さに圧倒される。
遺言のつもりで
出版ニュース 4月上旬号

 〈あの戦争を経験してきたわたしとしては、もうぜったいに戦争は許せん。そやのに、また行きよる。またまた、あの人たちは、どないしたらよろしいの〉〈もう八十過ぎのおばんは、若さから解放されいるんや。だから人間として、さらにさらに解放されたい〉随筆家・岡部伊都子が「遺言のつもりで」語りおろした我が半生。戦争体験から戦後の反戦運動、炭坑、沖縄、朝鮮の文化と女性たちとの出会い、「加害の女」としての自覚、日々の営みの中から発せられるしなやかで心のこもった言葉は、人間らしく生きることを阻む戦争や差別への憤りに満ちている。本の中で出会った人々から恩師、家族、友人・知人にあてたメッセージもじっくりと読ませる。
日本を襲ったスペイン・インフルエンザ
読売新聞 4/2
「本よみうり堂」欄
【戸部良一氏】
 WHOによれば、鳥インフルエンザによる死者は世界で百人を超えたそうである。それが人から人へ感染する新型インフルエンザに変異すると、死者は数百万人に達するかもしれないという。約九十年前、「スペイン風邪」と呼ばれた新型インフルエンザが世界中で猛威を振るったとき、死者は二千万ないし四千万に上った。想像を絶する数である。同時期の第一次世界大戦の戦死者をもはるかに上回った。
 日本の被害も甚大であった。だが、これに関する本格的な研究はなきに等しかった。被害の大きさすら一定していなかった。著者は歴史人口学の見地からこの問題に果敢に取り組み、大胆な統計学的処理を加えてスペイン・インフルエンザによる死亡者を算出した。推定された死亡者は内地が約四十五万人、植民地等が約二十九万人。ピークの1918年11月だけで死者十三万人を超えた。これだけでも日露戦争の死者を上回り、関東大震災の死者に匹敵する。
(中略)
 本書の副題は「人類のウイルスとの第一次世界戦争」である。その「戦訓」を理解し充分に生かさなければ、今後にあり得るであろう「第二次世界戦争」を乗り切ることは難しい、との警告が含まれている。
日本を襲ったスペイン・インフルエンザ
日本経済新聞 4/2
「読書」欄
【村上陽一郎氏】
 本書は、歴史の中の人口動態を専門に仕事を重ねてきた著者が、自らの専門領域を土台にしながら、そこから数歩を踏み出した、注目すべき著作である。世界では、この時のインフルエンザの流行に関して、実態解明の研究がようやく積み重ねられつつあるのに、日本についてはこれまで基礎的文献が皆無に等しかった。著者は、当時の新聞記事は勿論、個人的な医師の診療記録なども発掘しながら、克明に日本における流行の有様を再現してみせる。また、そうした分析を通じて、通常三十八万人と推定されているこのときの死亡者数がかなり過小なもので、著者の推定方法によると、内地だけで四十五万人を超える、という新しい結果をも明らかにする。
論語語論
ベンチャーブレーン4月号
「書籍の杜」欄
 渋沢栄一から現代のビジネスマンまで、常に社会人の「座右の書」の位置を占めてきた『論語』。この永遠のベストセラーを、中国古典文学の第一人者が、そのなかの“言葉”にこだわって横断的に読み解いた。そもそも『論語』の〈論〉〈語〉とは何か? 孔子は〈学〉や〈思〉、〈女〉〈神〉をいかに語ったか? そして人間にとって最も重要な価値とされる〈仁〉とは? 中国古典文学研究の膨大な蓄積を武器に、表層的な『論語』解釈を痛快に批判、逸話・脱線もふんだんに織り交ぜながら、まったく新しい『論語』の読み方を提示する名講義録。『論語』の理解が深まるだけでなく、楽しみながら漢詩・漢文の素養も身につく一冊である。
3月
黒いアテナ
3/21号 エコノミスト
「歴史書の棚」欄
 十数年前に原書が発売された当初、欧米で大論争が起きた。欧米人にとって古代ギリシアは自分たちの文明の源流である。その起源が印欧系の白色人種によるものではないということになると、議論に血眼になる。もともとギリシアの地が文明化されたのはエジプト人やフェニキア人のおかげだと古代人は自覚していたという。しかし、近代西洋文明は、北方から南下した印欧系人種による独自なギリシア文明の創生を捏造したと著者は主張する。だから、これまで積み重ねられた膨大なデータは古代人のギリシア文明観に沿うように再解釈すべしとなる。
 賛否両論があるだろう。だが、非印欧系の日本人にとってそれほど深刻な問題ではない。むしろ、純粋な人種や文明などはなく、長い間に混ざり合って出来上がったとすれば、バナール説はなんら異様ではない。ともかく、先進のオリエント文明が後進のギリシア文明に絶大な影響をおよぼしたことは素直に認められることなのだ。
「対話」の文化
3/19 福井新聞
「新刊紹介」欄
 国連教育科学文化機関の要職を三十年余り務めた服部英二氏と社会学者の鶴見和子氏が、自然と人間、異文化同士の共生の道について語り合う。文明間の対話がどう行われ、どんな壁があるのか。先導役としてのユネスコの活動を紹介しながら、宗教や言語などの難題を分析し、未来を考える。
遺言のつもりで
読売ウイークリー 3/19号
「今週の7冊」欄
 随筆家として筆一本で生計を立ててきた著者が、大阪で育った幼少期から、今日に至るまでの自身の半生をつづる。両親の思い出、兄の戦死 、結婚生活、離婚など、著者の波乱の人生と戦争、沖縄、差別といった社会問題に対する鋭い見解もうかがえる。
遺言のつもりで
東京新聞(夕) 3/17
「あの人に迫る」欄
 特集WORLDのシリーズ「この国はどこへ行こうとしているのか」で取材した随筆家の岡部伊都子さんから本が届いた。タイトルは「遺言のつもりで」(藤原書店)。どきっとした。
 岡部さんはさまざまな病をかかえ、戦争に恋人を奪われ、母を支え、筆一本で生きてきた。現在83歳。その人生がやさしい言葉で語られており、私は昔読んだパール・バックの「大地」を思い出した。これから人生の山や谷を越えていく若い女性にこそ読んでほしい、と思う。
 戦争が終わった日、岡部さんはいとこと浜へ行った。すると防波堤の上に、ずらっと人が腰掛けて海を見ていた。「いまでも忘れられないのは、だーれもものを言わんこっちゃ。しーんしーんとしていました」一行一行が、美しく、静かに重い遺言である。
遺言のつもりで
北海道新聞ほか 3/12
「ほん」欄
 岡部伊都子は自らを「加害の女」と言う。それはなぜか。婚約者の木村邦夫が戦争を前にして伊都子に、
「自分はこの戦争に反対である。この戦争は間違いやと思うている。こんな戦争で死にたくないんだ。天皇陛下のためになんか、死にたくない。きみやら国のためなら、喜んで死ぬけれども」
と声を落として言ったのに、
「わたしだったら、喜んで死ぬ」
と返してしまったからである。
 それから六十年ほど経っても「いまだにせつない、つらい」と伊都子は身もだえる。
 病気ばかりしてきて、「学歴はないけど病歴はある」と語る伊都子の、それが戦後の出発点となった。戦争についても、みんな被害ばかりを告白したがる。しかし、加害がなければ被害はないではないか。
 この本は「遺言のつもりで」と名づけられているが、木村邦夫のそれも重ねられていると見るべきだろう。愛する者の血の吐くような思いを、きちんと受け止められなかった二十一歳の自分の無念を、伊都子は若い人たちに語り継がなければならないと心に決めて語っている。
2月
黒いアテナ
読売新聞 2/12
「本 よみうり堂」欄
【青柳正規氏】
 ギリシャ文明のルーツは本来アフリカとアジアであったにもかかわらず、「ヨーロッパ」にあると捏造したのは18世紀以降の西欧である、とする刺激的なこのシリーズが刊行から十数年たつにもかかわらず、欧米の大学でいまなお大きな話題の対象となっている。全体の四部からない、今回訳出された第II部の副題は「考古学と文書にみる証拠」である。二冊からなる大著の読後感は困惑ととまどいだった。困惑は著者の方法論と事実認識に関してであり、とまどいは張りめぐらされたワナに対してである。
(中略)
 あきらかな誤認があるものの、ポスト植民地主義の立場と、「過去の歴史あるいは文化遺産は誰に所属するのか」という文化相対主義の議論とが同調しているだけでなく、ヨーロッパに根付いている人種差別への思いを利用して、著者が科学的な反論を封じるレトリックを全体を張り巡らせている。
 したがって、「弱者の声であれば根拠薄弱でも容認すべきなのか」という専門研究者からの反論に対しては「やはり弱者いじめではないか」という再反論が可能になっている。とまどいを感じたのはこの巧みなワナであるが、歴史学・考古学のエリート主義への警鐘として本書を真摯に受け止めたいと思う。
論語語論
読売新聞 2/10
「文化」欄
 『論語語論』の著者、一海知義氏は神戸大学名誉教授で、中国文学を専攻としている。本書は論語の“言葉”にこだわって読み説いた。そもそも、論語の「語」とは何か。論語を素直に読めば「語を論ず」となるが、論語は言語論ではなく、孔子の言行録である。それをなぜ論語というのか、また、原本に「女」という字が19回も出てくるのはなぜか。一語一語の意味を吟味しつつ、教えをたどった。
 孔子を「おもろいオッサン」だと評する。「教え魔で、たくさんいた弟子には、相手によっていろいろな説明のしかたをする。思想家であり、教育者だった」
 例えば、述而篇では「子は怪・力・乱・神を語らず」と、霊魂を語らないように見えて、別の篇では「神」を論じている。「一般的な話としては霊魂を論じるが、若い時代には神に混じらん方がいい、と思っていた」。だから、若い弟子に神を語らなかったのだ。「孔子はプラグマチックで、人間中心主義。霊魂の世界を否定はしないけど、人生にとってあまり大切ではない。人間がどう生きるかが大切なのだと説いて、大変な共感を得たんです。
 来年、「論語百選」を出す予定。標準語に加え、関西弁の訳を付ける意向だ。
 「論語は対話によって成り立っている本。僕は関西で育ち、生きているから、本当に深い対話をしようと思ったら、関西弁じゃないとあかんのですよ」
ドキュメント 占領の秋 1945
毎日新聞 2/5
「文化」欄
 戦時中の日本にまつわる出版物は多いのに、それに続く、現在の日本のまさに出発点となった占領期を描いた書物は少ない。日本人はあの時代を忘れ去りたいのであろうか。
 毎日新聞夕刊(東京版など)の連載に加筆した本書は、1945年の8月28日から11月30日までの一日一日を、当時の日記や新聞、記録など広範な資料を元に同時進行ドキュメントの手法で追う。
 著者は庶民の目線でこの時代を見つめる。困窮の中にありながら、活気にわく闇市。無力感、しかし解放感。全権を握る米軍へのいまいましさの一方で、マッカーサーへの礼賛。政府への批判など投書には新しい価値観が投影される。混沌とした日々を読み進むと、今につながる何かが浮き上がってくる。
1月
往復書簡 後藤新平-徳富蘇峰 1895-1929
熊本日日新聞 1/12
「トモさんの読みながら書く」欄
【井上智重氏】
 高野静子編著『往復書簡 後藤新平-徳富蘇峰』によれば、蘇峰は安場の二女、和子のことをよく知っており、幼なじみといってもいい関係だった。蘇峰にいわせると、美人で、賢く、後藤があれほどの仕事ができたのも彼女の内助の功によるところが少なくなかった。後藤を大隈重信に紹介したのも蘇峰である。後藤は「日本膨張論」を大正十三年、再版する際、蘇峰に序文を依頼している。蘇峰は初版を読んだとき、小楠を思い、後藤がいわんとしていることは小楠の「大義を四海に布かんのみ」の短句そのものだと感じた。それは蘇峰にも流れているが、岳父安場を通じ、後藤が得たものは小楠のDNAであったというわけである。
 蘇峰がジャーナリストとして実政治にどん欲なほど関心を持ち、自らも参加しようとした。後藤とはそうした政治向きの関係もあっただろうが、それより漢詩を通じたよき友だった。
 編著者の高野は後藤のすばらしい筆跡に驚いている。後藤は熊本出身の土肥樵石に書を学んでいるが、いい字が書けると、妻の和子を呼び、「樵石先生が泣いて喜んでくれる」と満足気であったという。
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