| 書評・紹介情報(2003年) | 1月8日更新 |
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1998年分
1999年分
2000年分
2001年分
2002年分 | |
| 自然の男性化/性の人工化 | |
| 12/24 聖教新聞 | 「2003年の収穫から印象の深かった3冊」欄【評者:青木やよい(評論家)】 |
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文明の危機が叫ばれながら、その根元は見きわめにくい。著者はそれを、自然と女性を軽視する父系制イデオロギーに探り、近代の人間中心主義思考のかくされた意味と罪科を、舌鋒鋭く告発する。現在流行のグローバリズムの欺瞞を、90年初頭に喝破した予言的書物。
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| 別冊『環』7 税とは何か | |
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週刊エコノミスト 04.01.06.号 |
『「増税国家と縮小経済」を読み解く20冊』欄【評者:原田泰(エコノミスト)】 |
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税一般については『環』の特集号が有益だ(別冊『環』7「税とは何か」、藤原書店、03年、2520円)。理念、歴史、国際比較、すべて学べる。
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| アフガニスタン 戦禍を生きぬく | |
| 淡交 03年12月号 | 「淡交俳壇」欄【評者:黒田杏子氏】 |
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厳しい風土、長い長い戦争の歴史、この地球上のアフガンという大地に生きる人々の姿。戦争で傷つけられた女性や子どもたちのその「内面」、「こころ」「魂」というものが、これほどまでに深く撮し出されるものなのかと、衝撃と共に幾度も感動につつまれる。
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| 別冊『環』7 税とは何か | |
| 12/18 信濃毎日新聞 | 「斜面」欄 |
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◆給与所得の源泉徴収方式は、1940(昭和15)年の税制大改正で導入された。(中略)事業者に納めさせ〈実際の税負担者である勤労者から痛税感を奪い、増税を容易にすることであったことは間違いない〉◆季刊の学芸総合誌「環」(藤原書店)が、別冊「税とは何か」を編んだ。その中の論文「検証・サラリーマン税制」で大東文化大の中村宗悦助教授が歴史を踏まえて説いている。戦前の制度が、いまだに続いていることになる。面倒な納税手続きを会社が負担し、そこに甘えた面もある◆中村さんによると、効率的、公正といったことがサラリーマン税制を支えているのではない。〈サラリーマンの納税意識の放棄、政治参加の放棄をいう途方もないコストを払っているからだ〉。予算編成の時期である。大増税の予兆を黙って見過ごせない。
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| 吉田茂の自問 | |
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週刊エコノミスト 04年1月16日号 |
「通説を疑え」欄 【評者:榊原英資氏】 |
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イラクへの自衛隊派遣との関連で戦後の「平和外交」が岐路に立っている今、熟読すべき好著であろう。(中略)「日本外交の過誤」で吉田茂に執筆を依頼された当時の外務相の政策担当者は、その結論のなかで、次のように述べている。 「そこで最後に、決断力と実行力の重要性ということになる。行懸りにとらわれていたら、見切りをつけるべきところで見切りをつけそこなう。そして、ますます深味に入っていく。満州事変以来の日本の行き方がそうであり、又、外務省の身の処し方がやはりそうだった」 この結論を今の外務官僚は、現在のイラク情勢に関連して、どう聞くのだろうか。
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| 愛の一ページ | |
| ふらんす 04年1月号 | 「書評」欄 【評者:工藤庸子氏】 |
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あのエミール・ゾラが、『居酒屋』と『ナナ』の間隙をぬい、これほどまでに異質な感情を描いていたということに、読者は驚かれるにちがいない。「優しさと穏やかさに満ちた休息」が狙いだった、と後に作家は述懐するのだが、予期に反してというべきか、貞淑な女性をおそう愛の不意打ちは、激しい感情の嵐を呼びおこす。(中略)こうした陰影に富む奥行きも、ゾラの醍醐味といえるのであって、この知られざる佳作は、著者の示唆するほどに、素朴でも甘やかでもない。
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| アフガニスタン 戦禍を生きぬく | |
| 日本カメラ 04年1月号 | 「現代写真世界」欄 【評者:岡井輝毅氏】 |
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力強い訴求心で迫るのは、大石特有のポートレイト映像であろう。弱者たちの心の奥底までも写し出さずにおかないほどの気迫と優情の前にひらかれていく心象の瞳の在り様がなによりも凄いのだ。(中略)日常性をにじませる生活意識を大石自身の歴史観を織りまぜながら撮り収める彼女ならではのアプローチにおいて彫り込まれる出色の映像群といえよう。
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| 吉田茂の自問 | |
| 12/21 朝日新聞 | 「書評委員お勧め『ことしの3点』」欄 【評者:加藤千洋氏】 |
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政策にどのような誤りがあったのか。戦後、吉田茂は若手外交官に満州事変から終戦に至る政策の検証を特命する。この機密報告書「日本外交の過誤」の解禁を機に、現在の視点から解読したのが本書である。
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| 帝国以後 | |
| 12/21 東京新聞 | 「読書家アンケート 2003年私の3冊」欄 【評者:塚原史(早稲田大学教授)氏/溝口敦(作家)氏】 |
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塚原史氏「アジア・アフリカ諸国の識字率の向上に伴う出生率の低下傾向から、世界はむしろ安定に向かっていると指摘し、不安定を望むのは軍事強国アメリカだけだと鋭く分析する。著者は来春、来日予定。」
溝口敦氏「世界がアメリカなしで生きられることを発見しつつあるとき、アメリカは世界なしでは生きられない、との分析は鋭い。唯一の超大国として軍事行動を正当化し、世界の中心に留まり続けようとするアメリカとそれに従属する日本。」 |
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| 帝国以後 | |
| 週刊 東洋経済 12/20号 | 「2003年経済・経営書ベスト100」欄 13位 |
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奥村宏(経済評論家)氏「アメリカが世界を支配している、という通念に対する批判として。」/柴山桂太(滋賀大学経済学部講師)氏 ほか
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| 世界を読み解く 2002-3 | |
| 週刊東洋経済 12/20号 | 「2003年経済・経営書ベスト100」欄 42位 |
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奥村宏(経済評論家)氏 ほか
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| 別冊『環』7 税とは何か | |
| 12/19 朝日新聞 | 「天声人語」欄 |
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ジニ係数という指標をもとに東大教授の神野直彦さんが指摘をしていた(『別冊「環」 税とは何か』)。財政がきちんと機能していない。それなのに税の負担感ばかりが強い。比べてスウェーデンやフランスが財政の効果をよくあげている、と▼一方、納税者意識が薄いとは、日本人についてよくいわれることだ。気前がよいといってもいいし、「年貢の納めどき」といったあきらめが強すぎるという面もある。政府は政府で納税者を甘く見てきたのではないか▼
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| グローバル化で文化はどうなる? | |
| 12/17 毎日新聞 | 企画特集「ブックウォッチング」欄 |
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IT革命の影響、越境する文化の相互浸透問題が多角的に論じられ「世界の中の日本」の文化が浮き彫りとなった。
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| グローバル化で文化はどうなる? | |
| 12/11 朝日新聞 夕刊 | 「凸凹鏡」欄 |
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「誰が水を発見したのかはわからないが、それは魚ではないだろう」 昨今再評価が目立つ今は亡きメディア学者、マクルーハンが好きだったという言葉だそうだ。この春開かれた大きな国際シンポジウムの内容をまとめた本、『グローバル化で文化はどうなる?』(藤原書店)の中で知った。(中略)この本、シンポという形式が持つある食い足りなさはあるが、多々、刺激的な発言に出あえる。
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| アフガニスタン 戦禍を生きぬく | |
| 12/1 中國新聞 夕刊 | 「おすすめ」欄 |
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内紛、戦争が絶え間なく続いたアフガニスタンを、訪ねた。廃墟となった町で視線を向ける子どもや女性。あどけない表情の奥に深い悲しみが沈む。(中略)戦争に翻弄された人々の姿を追ってきた大石のまなざしはぶれない。
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| 帝国以後 | |
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ことし読む本 いち押しガイド2004 〈リテレール別冊19〉 |
「リテレールが選ぶことしのいち押しガイド 244」欄 |
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本書は、数あるグローバリズム懐疑論、反アメリカ言論の中でも、分析/論旨展開の明晰さと説得力と視野の広さにおいて抜群である。記述はあくまで平明で具体的。反米言論の多くは、アメリカの勢力を誇張し、アメリカの実相を見誤っている。優れたアメリカ人研究者の自国分析研究の蓄積を援用しつつトッドが提示するアメリカは、経済的にはヨーロッパや日本の富に寄生依存し、軍事的には弱い国に脅しをかけることしかできない脆弱な張り子の虎である。自らの無能な寄生ぶりを維持しなければならないアメリカが世界に引き起こす混乱を、ヨーロッパとロシアと日本は手を結んで抑止すべきと、トッドは説く。
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| 「アジア」はどう語られてきたか | |
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ことし読む本 いち押しガイド2004 〈リテレール別冊19〉 |
「Book Wave 2003 ことしの本を振り返る」欄【評者:川崎賢子氏(文芸評論家)】 |
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小安宣邦『「アジア」はどう語られてきたか』(藤原書店)は、昭和10年代、敗戦にいたるまでの「東亜」言説について、21世紀をむかえた現在にあって新たな「地域 (region)」概念をめぐっていわれるかもしれない、あるいは現にいわれている多くの問題が含まれていると指摘する。ヨーロッパ的世界と区別された独自の文化的価値をもつ世界としての「東亜」概念の成立、多元的な世界史を主張し、特殊的世界としての「東亜」を主張しながら、「東亜」域内において多元性の原理は貫徹されることが無かったと。
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| 〈ゾラ・セレクション〉2 パリの胃袋 | |
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ことし読む本 いち押しガイド2004 〈リテレール別冊19〉 |
「2003年 単行本・文庫本ベスト3」欄【評者:野崎歓氏(フランス文学)】 |
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ゾラ・セレクションの刊行は同じ版元のバルザック・シリーズをもしのぐ快挙。『パリの胃袋』は72年ぶりの新訳である。こんな新訳こそ事件として遇してほしいものだ。
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| 〈ゾラ・セレクション〉7 金(かね) | |
| 文藝春秋 04年1月号 | 「文藝春秋BOOK倶楽部 鼎談書評」欄 【評者:鹿島茂氏(仏文学者・共立女子大学教授)/福田和也氏(文芸評論家・慶応大学教授)/松原隆一郎(経済学者・東京大学教授)】 |
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〔松原〕 舞台は1860年代、ルイ・ナポレオンによる第二次帝政下のフランスですが、株のバブルとその崩壊という先頃の日本と同じことが書かれているので、あまり古典文学に慣れ親しんでいない僕も実感を持って読みました。
〔鹿島〕 ゾラは人間を描くというよりも、人間の無意識を動かすような、例えばデパートとか機関車、金銭や証券取引所のようなものを描く作家なんですよ。そのモノを巡って人間の集合的な意識が一つの方向に動き出し、資本主義が成熟して金が回り始めるダイナミズムが描かれる。それが醍醐味なんです。 〔福田〕 本当に最後の最後まで書き切ってしまうのが、ゾラの凄みです。 |
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| 帝国以後 | |
| 12/8 朝日新聞 夕刊 | 「論壇 回顧2003」欄 |
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ネオコンの議論の前提となっているアメリカの国力が、実はあまり強くないとみるのがフランスのエマニュエル・トッド氏(中略)トッド氏は、アメリカの工業生産の衰えに着目し「アメリカは経済的・軍事的・イデオロギー的にあまりにも弱すぎる」という(『帝国以後』藤原書店)。
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| 吉田茂の自問 | |
| 12/7 西日本新聞 | 「書評」欄【評者:保阪正康氏(評論家)】 |
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読み進めながら、吉田茂という政治家の「歴史的責務」を果たそうとする姿勢が何度も感じられた。もとより吉田茂その人の軌跡や思想が直截に語られているわけではないがその思いは痛いほど伝わってくる。(中略)本書は今後基礎文献として利用されることになろう。とくに当時の日本外交を担った重光葵、有田八郎など6人の「諸先輩の談話」は意味をもつ。吉田がこの調書を手にとったとき、確かに「歴史的責務」は果たしていたのである。
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| 真 振 MABUI | |
| 子どもと教育 03年12月号 | 「おすすめ本」欄 |
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イモとはだしの生活からスタートした、“艦砲の食い残し”世代の戦後の悲惨な体験は彼の曲作りにも如実に表れている、口調は穏やかだが、語りの内容は読み手に多くの示唆を与えるだろう。いままた憲法(第9条)を変えてアメリカ追随の戦争ができる国づくりを進めようとする危険な情勢のなかで、多くの方に一読を勧めるものである。
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| 〈ゾラ・セレクション〉7 金(かね) | |
| 12/5 産経新聞 | 「産経抄」欄 |
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“幻の大作”といわれた『金』が初の全訳(流麗な日本文である)で世に出た。550ページに及ぶ大巻であり、その『金』を読んでいたところだったので、武富士事件と武井保雄会長の逮捕に驚いてしまった。当時のパリを舞台の金融小説だが、現代日本のバブル崩壊と、一代で消費者金融最大手を築いた人物の半生と暗合する点少なくなかったからである。(中略)『金』もまた栄光と没落の物語だが、サッカールはただ金もうけが目的の守銭奴ではない。鉄道事業や鉱山経営を遠い人生の目標におき、再びどん底からはい上がろうとする。これもまた“金の力”かもしれないが、ゾラは男の欲望と執念に壮大な夢の形を与えて描いている。
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| 吉田茂の自問 | |
| 12/1 公明新聞 | 「読書」欄 【評者:高橋進氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)】 |
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この本のもう一つの狙いは、いまの日本外交を考えることにあるように思われる。この点について各所で著者の見解を披瀝しているが、日米安保条約がいまや世界的なテロ活動の防止などの枠になっているとき、日米安保条約が日本が本来望まない軍事行動への参加や協力を誘発するメカニズムになる恐れがないか、真剣に検討すべきとも述べており、まさに傾聴すべき見解である。歴史と現在をあわせたユニークな日本外交論である。
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| アフガニスタン 戦禍を生きぬく | |
| 月刊 クーヨン 04年1月号 | |
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22年以上にわたる戦乱状態のなかで、多くのものを失い、苦悩しながらも、人間としての誇りと尊厳を失わずに生き抜いてきた女性や子どもの姿がしっかりと写し出されている。破壊し尽くされた大地で、ひとびとがレンズに向ける力強いなまざしは、同時代を生きるわたしたちに、平和とは何か、戦争の真実とは何かを厳かに訴えかける。
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| アフガニスタン 戦禍を生きぬく | |
| 週刊朝日 12/12号 | 「本棚の隙間」欄 【評者:松原隆一郎氏(東京大学教授・社会経済学者)】 |
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写真とは不思議なものだ。誰でもシャッターを押せば、何かが写る。それにもかかわらず、私はこのような眼をした人を撮ることはできない。どのような会話があれば、あのような眼を撮ることができるのだろうか。ここに写し出されたのは、アフガンの情景だけではない。大石さんが被写体の人々に近づいていった、その気配もまた写し出されているのである。
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| 『〈ゾラ・セレクション〉』 | |
| 11/1 図書新聞 | 【評者:小田光雄氏(編集者)】 |
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ゾラが『ルーゴン=マッカール叢書』で描こうとしたのは近代家族の物語総体であり、それはそのまま現代の日本の社会や家族の物語としてオーバーラップしているのだ。(中略)さらにこれらのゾラの作品は世界文学史から見て、確実にウィリアム・フォークナーやガルシア・マルケスにまで継承され、近代家族の物語形式として広く伝播していったと推測でき、その影響力は他のフランス人作家以上のものがあったと考えられる。
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| 吉田茂の自問 | |
| 11/30 北海道新聞 | 「読書」欄 【評者:保阪正康氏(評論家)】 |
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読み進めながら、吉田茂という政治家の「歴史的責務」を果たそうとする姿勢が何度も感じられた。もとより吉田茂その人の軌跡や思想が直截に語られているわけではないがその思いは痛いほど伝わってくる。(中略)本書は今後基礎文献として利用されることになろう。とくに当時の日本外交を担った重光葵、有田八郎など6人の「諸先輩の談話」は意味をもつ。吉田がこの調書を手にとったとき、確かに「歴史的責務」は果たしていたのである。
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| 歴史の沈黙 | |
| 11/30 西日本新聞 | 「読書」欄 |
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産業革命後のフランス社会の中で「女性に与えられた世界」での性、身体、言葉、権力、都市、労働、機会と技術、家事、法律、政治、宗教、民俗など多彩なテーマが、女性の笑い、ため息、おえつとともに再現されている。フランスの女性運動に「控えめ」ながら参加した著者の研究者としての個人的足跡をたどるにとどまらず、20世紀後半の女性史研究の底流をひもといてくれる。(中略)日仏のジェンダー研究を比較する好個の文献と言っていい。
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| 吉田茂の自問 | |
| 週刊エコノミスト | 「著者に聞く」欄 |
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──満州事変以降の記録を読むと、戦争を回避するのはかなり難しかったと思えてきます。
■有田八郎(元外相)は、国際社会が不公正だったから日本は国際秩序に反抗せざるを得なかったと主張しました。進歩的文化人は日本の帝国主義、軍部が悪かったという考え方です。私は有田の考えは半分は正しいけれど、半分は間違っていると思う。国際社会には常に不公正なところがあるものです。それを踏まえた外交でなければいけない。 |
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| おどりは人生 | |
| 11/23 北海道新聞 | 「読書」欄 |
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三人が日本の伝統、型、間など舞踊の本質に迫る。伝統に根ざしつつ、その枠をこえて海外へと踊りだしていく西川さんと花柳さんの姿は、今までの日本舞踊のイメージを変えた。型をなぞるのではなく、人間の内発が極めて大切なことを教えてくれる。
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| 吉田茂の自問 | |
| 11/16 東京・中日新聞 | 「読書」欄 |
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読み進めながら、吉田茂という政治家の「歴史的責務」を果たそうとする姿勢が何度も感じられた。もとより吉田茂その人の軌跡や思想が直截に語られているわけではないがその思いは痛いほど伝わってくる。(中略)本書は今後基礎文献として利用されることになろう。とくに当時の日本外交を担った重光葵、有田八郎など六人の「諸先輩の談話」は意味を持つ。
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| アフガニスタン 戦禍を生きぬく | |
| 11/16 朝日新聞 | 「読書」欄 |
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戦場という空間に焦点を合わせた写真集ではない。戦禍に耐えて生き抜こうとする人々の、内なる苦界の記録である。(中略)ありきたりの修辞では表現しきれないのが、戦争という「異常」だ。写真の視線と見つめ合っていると、その「異常」に苛まれた生身の人間の、喘ぎにも似た脈音が伝わってくるようだ。本当の被写体は、そこに見える形あるものではなく、瞳の奥の小宇宙でうずくまる、ひとつひとつの心なのだ。(中略)レンズを向けられた人たちの心象を、レンズ越しにこれだけ描写できるまでに、どれほどの信頼関係が必要なのか。相手の苦境に身を寄せ、その心の垣根の中に招き入れてもらえない限り、到底なせない技である。写真は正直であり、写される者の思いとともに写すものの情念も写し出している。
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| おどりは人生 | |
| 11/16 京都民報 | 「読書」欄 |
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この本は単なる踊りの解説書でも極意伝達書でもない。社会学者の鶴見和子氏が、いつか書にしたいと思っていたおどりの本である。(中略)日本の古典舞踊と海外の文化交流に経験豊富な花柳寿々紫さん、創作日本舞踊でポーランド、スイスなど海外公演で異色の西川千麗さんに鶴見氏の歯切れのよい問いかけや結論づけが読んでいて楽しい。(ち(中略)日本舞踊の魅力についてはもちろんのこと、三人の女性の自由で大胆な内発的発展型生き方に読者はきっとため息がでるに違いない。
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| 今われわれが踏み込みつつある世界は… | |
| 週刊東洋経済 | 「ブックレビュー」欄 【評者:山下範久】 |
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「三二の命題」には、ウォーラーステインが70年代に世界システム論を提唱し始めてから一貫して主張している三重の終焉が、近年の世界情勢に照らしてさらに主張されている。その三重の終焉とは、数十年のスパンをもったアメリカの覇権の終焉、百数十年の持続をもった国民国家の終焉、そして数百年の持続をもった資本主義の終焉という三つのタイムスパンの終点の重なりに他ならない。
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| アフガニスタン 戦禍を生きぬく | |
| 11/9 北海道新聞 | 「読書」欄 |
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戦乱の地で生きる人間の姿をとらえてきた著者が昨年の三月から、アフガニスタン各地を歩いた記録。悲しみと怒りをたたえた子どもたちの表情は衝撃的だが、復興とともにすこしずつ見せる笑顔にほっとさせられもする。とはいえ、心の回復は一筋縄ではいかない。(中略)人間の愚かしさやたくましさ、生きる意味について考えさせられる。
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| アフガニスタン 戦禍を生きぬく | |
| 11/9 北日本新聞 | |
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ソ連の侵攻、タリバン政権による圧制、9・11同時テロの“報復”としてのアメリカによる空爆。アフガンの国土は荒廃し、人々の身心に大きな傷を残した。大石はそんな子供や女性たちと相対した。目の前でタリバンに父親を撲殺された少女、地雷で片足を失った少年、戦乱で精神を病んでしまった女性。怒り、悲しみ。不条理を問うかのように彼らの視線は厳しい。
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| アフガニスタン 戦禍を生きぬく | |
| 11/9 日本経済新聞 | 「読書」欄 |
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ソ連の侵攻、米軍の空爆と20年以上戦火にされされてきたアフガニスタン。ようやく平穏に戻りつつある国内を、戦場を撮り続ける女性写真家が歩いた。印象に残るのは著者が心にかける何人かの子どもたち。肉親を失い、老女のような険しい表情をしていた少女が、数か月を経た再訪の際にはほんの少しほほ笑んでいる。「復興」という言葉の真の意味が伝わってくる。
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| アフガニスタン 戦禍を生きぬく | |
| 11/9 読売新聞 | 「読書」欄 |
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<初めて会った五月、生活に疲れ切った主婦のように見えた>彼女の年齢は、13歳。あらゆる戦争が真の犠牲を強いる相手はどんな人々なのか。百万言を費やしても、この娘の「目」以上に真実は語れまい。
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| アフガニスタン 戦禍を生きぬく | |
| 11/8 産経新聞 | 「読書」欄 |
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タリバン時代、通学どころか勉強することも禁止されていた少女たちの、授業を受ける目は真剣だ。大地には風が吹抜けていく…。戦場を撮り続ける女性写真家が、傷跡を超えて生きる人々の魂を探り当て、浮彫りにする。
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| 環 vol.15 「スピードとは何か」 | |
| 11/3 中日・東京新聞 | 「筆洗」欄 |
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ゆっくり、生きるスローライフ。ファストフードに対するスローフード。近年、流行りだした言葉は現代の多忙と速度への疑問を告げる。でもその疑問の中身を摘出するのは簡単ではない。「スピードとは何か」と題した雑誌特集があった。昨年亡くなったI・イリイチ氏らの発言を集めたもので、機械と原動機がつくってきたスピード時代は終わったとまずいう。時間に追われることを疑わないようなスピード中毒はもうやめよう、と唱える。
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| アフガニスタン 戦禍を生きぬく | |
| 11/3 しんぶん赤旗 | 「読書」欄 |
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2002年3月、初めてアフガニスタンを訪れた著者は、帰国しても取材した子どもたちのことが気になり、何度も同じ地を踏みます。学校にも行き、少しずつ笑顔を取り戻す子どもたち。カメラを通して被写体と対話し、心の奥を探ります。
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| からだ=魂のドラマ | |
| 11/2 信濃毎日新聞 | 「読書」欄【評者:芹沢俊介氏】 |
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林は教育を「魂の世話」だと語る。魂を世話するのは、子ども自身である。自分で感じ、自分で考えること。ほんとうの教育であるかどうかは、子どもたちの魂が変わるかどうかである。林竹二が行なった授業は、その意味でまさに教育であった、と竹内は述べる。(中略)林の授業は次々と「奇跡」を起こしていった。いまでは伝説的になっている授業の現代的な意味を、林の押しかけ弟子であり、協働者でもあった著者が現代にまざまざと蘇らせたのである。
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| 吉田茂の自問 | |
| 11/2 朝日新聞 | 「読書」欄 |
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満州事変以降、日本の外交は不可解な失敗を積み重ね、ついに太平洋戦争での完敗に至った。その原因について、51年当時の首相・吉田茂は、外務省若手に研究を指示した。その報告書が、今年になって公表された「日本外交の過誤」だ。元外交官である著者は、この文書を参照しつつ、ドイツやソ連に利用され英米や中国の対応を見くびった読みの甘さ、その根本にある「理念なき外交」の欠陥を指摘し、それを現代日本に重ね合わせて警告を発する。
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| アフガニスタン 戦禍を生きぬく | |
| 10/31 毎日新聞(夕刊) | 「暗い目の子供 悲しみ消える日はいつ?」 |
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ページをめくっていくと、子供の写真が多いことに気づく。写真説明を読むと、「母がロケット弾で死んだ」「空爆で兄弟が殺された」「道におもちゃが落ちていると思って動かしたら、爆発してけがを負った」などの記述が続く。泣いている子もいるが、無表情の子もいる。彼らは表面は明るくふるまっていても、話すと実に暗い目になった」と言う。
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| 歴史の沈黙 | |
| 週刊読書人 10/31号 | 「女性史の進展とともに」 【評者:平野千果子氏(武蔵大学助教授)】 |
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彼女はこれまでも、フランスにおける女性史研究の第一人者として広く日本に紹介されてきた。ジョルジュ・デュビィと編んだ『西欧の女の歴史』(邦訳『女の歴史』)は代表作である。本書はそんな彼女の一九七五年から九八年までの主要な論文をおさめた、最新の著作である。(中略)これらからは、「女性解放」なるものの担い手すら明確でなかった時代に、この道のりがいかに苦悩に満ちたものだったか、改めて痛感させられた。同時に論文の発行年順にまとめた本書の構成は、ペロー自身がフランス女性史の進展とともに歩み、それを主導してきたことを浮彫りにしている。(中略)かつてペローが『女性史は可能か』と問いかけた答えは、本人が着実に出してきたと言うべきだろう。
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| 吉田茂の自問 | |
| 10/19 読売新聞 | 「書評」欄 【評者:坂本一哉氏(大阪大学教授)】 |
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一九五一年一月、吉田茂は外務省の若手を呼んで、敗戦に至る日本外交の失敗について報告書を作成するよう命じた。講和独立に向けた日米交渉を間近に控えてのことである。(中略)本書は、外務省OBである著者が、つい最近まで極秘扱いだったこの五七ページの報告書「日本外交の過誤」を解説しつつ、ややニュアンスの異なる視点で、日本外交を論じたものである。戦前の日本には「正しい歴史観に基づく対中外交」がなかったという著者の指摘を、中国通の吉田はどのように聞くであろうか。
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| 吉田茂の自問 | |
| 10/19 日本経済新聞 | 「書評」欄 【評者:伊奈久喜氏(日本経済新聞論説委員)】 |
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本書には今日の日本外交に対する批判的視点がちりばめられている。この本はそのためにこそ書かれたのかもしれない。(中略)にじみ出るのは現在の小泉政権の対米基軸外交に対する批判のように見える。「現実的対応という合言葉のうちに、理念と理想が失われるようなことがあれば、実はそれこそ、第二次世界大戦前の外交の誤りを繰り返すことになりかねない」とまで書けば、意味するところはかなり鮮明であり、本書はおおいなる問題提起の書である。
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| バルザック「人間喜劇」セレクション 幻滅(上・下) | |
| 10/19 中日・東京新聞 | 「読書」欄 【評者:三浦雅士氏(文芸評論家)】 |
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ディケンズもバルザックもジャーナリズムの寵児だったが、ともに、時勢が欲望の渦であることをよく知っていた。バルザックの小説『幻滅』の主人公リュシアンはパリに出てジャーナリズムに身を投じる。ジャーナリズムはまさに金と女と力を得ようとする欲望の渦だった。「ペンは剣よりも強し」とは、ペンによって金も女も力も手に入るようになったということ。話が面白くならないわけがない。
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| 吉田茂の自問 | |
| 10/12 産経新聞 | 「書評」欄 |
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第二次大戦前、理念なき日本の外務省は三国同盟の字句の解釈やポツダム宣言の文章の解析には才能を発揮したが、日中戦争の拡大防止南進の阻止、ソ連への警戒といった肝心の施策においては過誤を繰り返した。これを教訓として、現代の外交は経済、安全保障、環境などの各方面でパートナーシップを強化し、理念の共有をすすめるべきだとする。
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| 午睡のあとで | |
| 国文学 解釈と観賞 11月号 | 「新刊紹介」欄【評者:金 美享氏】 |
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数々の辛辣な批判にも関わらず、日常語と温雅な言葉が適度に配されていて嫌みや湿度がまったくない。文章を書くものは範とすべきである。
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| 吉田茂の自問 | |
| 週刊エコノミスト 10/14号 | 「新刊早読み」欄 |
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日本外交はどこで過ちを犯したのか。1951年、吉田茂は若手外交官に、過去の外交政策の客観的批判文書「日本外交の過誤」の作成を命じた。
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| 吉田茂の自問 | |
| 10/6 中日・東京新聞 | 「筆洗」欄 |
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今、日本外交は再び鋭く問われている。北朝鮮問題は深刻であり、イラクへの自衛隊派遣の当否も決めねばならない。日米関係もアジア外交も昔より複雑になっている。重要なのはやはり理念の存在ではないか。それがよく見えない。半世紀前の「吉田の自問」が今、日本の自問になっている。
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| 吉田茂の自問 | |
| 10/5 毎日新聞 | 「本と出会う 批評と紹介」欄【評者:五百旗頭 誠氏】 |
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本書は公開された「日本外交の過誤」を基底に置きつつ、外務審議官やフランス大使を務めた著者が詳細な評論分文を加えたものである。(中略)二重構成をとる半世紀前の外務省調書に、今日の気鋭の外交官が討ち入った感がある。実は、それは容易なことではない。なぜなら今日の多くの外交官にとって、十五年にわたる戦争時代の出来事はもはや自由に使いこなせる知識ではなくなっている。その点、歴史家は当時を詳細に研究しうるが、刻々の変化を再想起しつつ、その中での日本外交の諸決定を評価するような観点に立ちうるものは稀である。(中略)今日の問題状況を重ね合わせて沈思せずにはおれない歴史的考察である。
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| 今われわれが踏み込みつつある世界は… | |
| 10/3 産経新聞 | |
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I・ウォーラーステインが二十世紀、そして“不安の時代”である今世紀前半を読み、三十二の命題を与える。これを受け、日中の論客五人が二十一世紀の世界史的位置付けを論じる。命題は二十世紀末のものだが、米中枢同時テロやイラク戦争で迎えた今世紀の世界像を浮彫りにする。同時に、日本と東アジアが進むべき道を探り、米資本主義とイスラム世界の現在と今後を展望する。
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| 患者学のすすめ | |
| ふれあいネット 10月号 | 「今月のおすすめ本」欄 |
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鶴見さんの場合にとても興味深いのは、体が不自由になってから《私は特権階級になった》といっていることだ。マイナスを完全にプラスに転化した。倒れてから、若い頃に詠んでいた短歌が甦り、歌集(「回生」「花道」)まで出している。(中略)《私は言葉をたよりに立ち上がった》と語っていたことも思い出す。
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| 同時代世界の人類学 | |
| 民俗学研究 2003年9月 68-2号 | 「新刊紹介」欄 【評者:竹沢尚一郎氏(国立民族博物館)】 |
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訳はたいへん丁寧であり、かつ明確である。訳注は数多く、しかし過剰に陥ることなくつけられており、きわめて読みやすい。ヨーロッパ人理学の現在に関心のある方に、あるいは人類学の可能性を探っている方に、お勧めしたい。
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| からだ=魂のドラマ | |
| 9/28 山陰新聞 | 「ほんの寸評」欄 |
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宮城教育大学長などを務め、1985に死去した林竹二は晩年、定時制高校の生徒と向き合った。「落ちこぼれを作るのは授業の貧しさ」という林が、人生の辛酸を既に知る若者たちに「人間の子は人間といえるか」と問いかけた授業に竹内もかかわり、同時に対話を重ねた。二人の真摯な思索が、今も胸に響く。
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| 患者学のすすめ | |
| 9/25 日刊ゲンダイ | 「週刊読書日記」欄 【評者:河合隼雄氏】 |
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個人を大切にする医療に感心するのみではなく、「個」より「普遍」に至る道を探る新しい科学論としても興味津々。
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| 歴史の沈黙 | |
| 9/24 聖教新聞 | 「新刊短評」欄 |
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著者は“女性にとって沈黙とは、社会や家族における規律である”という。例えば、ある貴婦人の日記を読み解き、社会から課せられた役割と礼儀作法の間で格闘する姿を掘り起こす。またマルクスの娘の書簡から、仕事に励み、父の著作を普及させながらも、女性への偏見からくる不安や孤独に耐える三女エリナの姿を浮かび上がらせている。
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| 「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活 | |
| 農林水産図書資料月報 9月号 | 【評者:中村修氏(長崎大学教授)】 |
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地産地消が国の政策として掲げられ、地場の農産物を使った学校給食がその中心として動き出している今、本書は重要な資料mあるいは基本的な考え方を提示するものとして、一読をお勧めしたい。
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| 患者学のすすめ/回生 | |
| サンデー毎日 9月21日号 | 「いのちの本棚」欄 【評者:阿武秀子氏】 |
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鶴見和子さんが脳出血で倒れて七年余。障害をもつことになった身と闘う過程で、かつて親しんだ短歌をふたたび詠み、自己洞察を続けた。その後のさらなる活躍がたのもしい。(中略)「起死回生」ともいうけれど、「回生」の二文字を取り出したとたん、不思議と言葉が生き生きと動きはじめる。そうだ。人生は小さな「回生」をくり返してすすんでいくのだと、あらためて思う。
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| 吉田茂の自問 | |
| 9/18 北國新聞 | 「時鐘」欄 |
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ソ連を日独伊三国同盟に抱き込む夢が独ソ開戦で破れた以上、これを前提とした政策は破棄すべきだったとし、「外交は単なる技術ではない。根本に誤りがある場合には、枝葉末節の苦心は単なる自慰に終わる」「物事を現実的に考えねばならない」等々の結論に達している。右の話は今日にも通じる。
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| 患者学のすすめ | |
| 9/16 読売新聞(夕刊) | 「読書と出版」欄 |
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内発的発展論とリハビリテーションの関連を探りつつ、理想の患者像を提示する
。両者の語らいには医療論にとどまらない奥深さがにじみ出る。
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| 邂逅 | |
| 医療タイムス 9月15日号 | 「話題の本 Book Review」欄 |
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従来の闘病記とはひと味違う人間の根源の生命力の不思議さに迫る感動の書。医療者はぜひ患者さんに、おふたりの「回生」と「転生」のプロセスを紹介して欲しい。
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| リオリエント | |
| 9/14 日本経済新聞 | 「半歩遅れの読書術」欄 【評者:榊原英資氏(慶応大学教授)】 |
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二〇〇〇年に翻訳されたA・G・フランクの『リオリエント』はA・トインビーの議論を一歩進め、十九世紀の初め頃までは、アジア、特に中国とインドはヨーロッパよりは活動的であり、二十世紀後半から、再び世界経済の重心がアジアに戻って(リオリエント)き始めていると論じたものである。(中略)F・ブローデルやI・ウォーラーステインを感動しながら読みながらも何かある種の違和感をもっていた私や、おそらく多くの日本の識者達の空白を埋めてくれるのがこの『リオリエント』だろう。
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| 帝国以後 | |
| 外交フォーラム 10月号 | 「書評フォーラム」欄 【評者:深川由紀子氏(東京大学教授)】 |
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「帝国以後」を「独立」して生きる戦略とは、日本にとってのユーラシア、すなわちロシア、中国、朝鮮半島など北東アジア周辺国との関係を考えることに他ならない。このところ流行している、英国型孤立の選択論などを含めて、さまざまな示唆に富んだ本だ。
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| 患者学のすすめ | |
| 月刊がんに克つ 10月号 | 「患者図書館の本棚」欄 【評者:まつばら けい氏】 |
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後遺症に悩み、退院後のケアの乏しさにショックを受けるがん患者は多い。本書は、リハビリテーション医学の第一人者の上田氏と、脳溢血で左片麻痺となった社会学者の鶴見和子氏の対話集。身につまされることの多い、刺激的な内容だ。
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| 邂逅 | |
| 9/10 聖教新聞 | 「書評」欄 |
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ともに生命の創造性に着目する学説を展開する2人の学者ならではの、実り多い対話が展開されていく。(中略)重篤な病にもかかわらず、むしろ病を得たことで、より深く生命を問い、新たな思想の地平を開こうとする2人の気迫に圧倒される。
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| 「アナール」とは何か | |
| 9/7 朝日新聞 | 「書評」欄 【評者:池上俊一氏(東京大学教授)】 |
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「アナール」の歴史と現在とを、中心となって支えてきた歴史家たちが、それぞれの立場から率直に語ったインタビュー集である。ゆくりなくも皆が口にする帝王のようなブローデルの多面性、また地理学に憧れていた初期のアナール派の姿は、示唆に富む。(中略)それにしても、日本とは比較にならぬほど懐の深い豊沃な文化伝統にいまだに浴している歴史家たちに、どうしても羨望の眼差しを注いでしまう。
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| 環 vol.14 「読む」とは何か | |
| 9/7 毎日新聞 | 『「読むこと」の歴史』【評者:川合康三氏】 |
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黙読の習慣は以外に新しいとか、活版印刷の発明から近代的な読み方が生まれたとか、そうしたことは聞いていたが、イバン・イリイチ「テクストと大学」では、十五世紀のグーテンベルクに先立って、十二世紀に写本の表記法が変わったことが、その後の西欧の文化に大きな展開をもたらしたという説を提起している。分かち書きをする、段落を設ける、句読点を付けるといった「新しい技術」によって、本は「語る」ものから「黙読」するものに変わった、集団の行為から個人の行為に転じた、そしてそれは僧院から大学が分れ出る契機になったと明快に語っている。
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| 奔放な読書 | |
| 流行通信 9月号 | 「BOOK」欄 【評者:豊崎由美氏】 |
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ペナックは穏やかに諭す。〈本を読む時間はつねに盗まれた時間である(手紙を書く時間、さらには愛する時間とまったく同じように)。(中略)本を読む時間は、愛する時間と同じように、人生の時間を広げる。読書は社会の時間の構造に属さない。それは愛と同じで一つのあり方だ〉と。問題なのは時間ではなく、読書という体験がもたらす幸福を願う気持ちの有無なのだ。読書について時にユーモラスに、時に詩的に綴った本書は、「本を読む」という行為にまつわる堅苦しいイメージを取っ払ってくれる。
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| スコットランド・ルネッサンスと大英帝国の繁栄 | |
| 中央公論 9月号 | 「中公読書室」欄 【評者:山田奨治氏(国際日本文化研究センター助教授・情報学)】 |
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スコットランドに行くと、さまざまな面でイングランドとは文化が異なることに気が付く。一七〇七年までスコットランドは、独自の議会を持つ一つの国だった。永らく中絶していた議会が一九九九年に復活し、グローバル化のさなかに、スコットランド・ナショナリズムが昂揚していることも興味深い。議会の復活は、スコットランド独立への第一歩だという見方もある。こういった状況のなかで、スコットランド史の研究は、近年大いに進展している。…著者は、近代スコットランドの社会経済史の研究で、国内にはほかに並ぶ者のない碩学である。
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| 歴史の沈黙 | |
| 週刊エコノミスト 8/26号 | 「新刊早読み」欄 |
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女性史研究の第一人者である著者の、過去20年にわたる「女性の歴史」に関する主要論文25編を収める。何世紀にもわたって表舞台での沈黙を強いられてきた女たちの記録。
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| 環 vol.14 「読む」とは何か | |
| 8/25 朝日新聞(夕刊) | 「論壇時評」欄 《私が選んだ3点》 【評者:吉澤夏子氏(日本女子大教授)】 |
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竹内×松居の対談は、単に文字面を目で追うことと、身体的な行為としての「読む」ことの間にあるちがいを明らかにする。
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| 「アジア」はどう語られてきたか | |
| 8/25 しんぶん赤旗 | 「読書」欄 【評者:田平暢志氏】 |
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近代アジアの盟主を自負して侵略戦争を企てた帝国日本のアジア認識はどのような構造をもっていたのか、そして今日のわが国におけるアジア認識はかつての侵略主義的認識から離脱しているのかが問われる。
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| 「アジア」はどう語られてきたか | |
| 8/16 中日・東京新聞 | 「土曜訪問」欄 【評者:大日方公男氏】 |
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子安さんは日本とアジアの歴史や文化を語る時、まずその語り手のモチーフを測ろうとする。日本にとってまったく未解決なアジアの諸問題に向き合った時、自己検証しなければ、戦前と同じ轍を踏んでしまう、という抜き差しならない思いがあるからだ。そのもとに、『「アジア」はどう語られてきたか』は、福沢諭吉の「脱亜論」や廣松渉の「東亜新体制発言」など、近現代のアジア像(それは鏡に映った日本像でもある)を読み直し、歴史への批判的な視座を築き上げる。
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| 邂逅 | |
| 8/10 朝日新聞 | 「書評」欄 【評者:鷲田清一氏】 |
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遠慮のない知的なバトルが、こんないたわりの言葉とともに交わされる例を私はほかに知らない。ほんとうの学問というのはその外部を深く包容する。それを究めると、こんなにも端正で奥ゆかしくなるものかと、ちょっと胸が熱くなった。
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| 邂逅 | |
| 暮らしと健康 9月号 | 「今月の三冊」欄 【評者:佐藤莫河氏】 |
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本書の一年にわたる往復書簡は、奇跡的に実現した対座なき対話であり、死の淵から「回生」した「新しい人」二人が、生涯をかけて追い求めた学問の根源に立ちもどり、新たな知の地平を拓く道筋を比類ない瑞々しさで語りあう生命の「邂逅と創造」の書である。
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| 邂逅 | |
| 介護保険情報 8月号 | 「ブックレビュー ケアの世界」欄 【評者:大高智子氏】 |
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日本を代表する免疫学者、多田富雄さんと、国際的な社会学者、鶴見和子さんが、ともに脳出血後の片まひという境遇を得た中で交わした往復書簡集。それぞれの学問的成果から、「自己とは」「人間とは」「科学とは」「社会とは」を問い、掘り下げている。…かみしめるように読みたい本である。
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| 『環』vol.14 | |
| 8/8 毎日新聞 | 「文化 批評と表現」欄 【評者:岸俊光氏】 |
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幕末の思想家、吉田松陰が1854(安政元)年、ペリー率いる「黒船」艦隊に密航を求めて失敗し、静岡・下田の獄に監禁された際、米艦の医師に心境を訴えた漢文の写しを、関西大の陶徳民教授が見つけ、学芸総合誌『環』第14号に発表した。1853年のペリー来航から今年で150年。この漢文と米側資料を併せ読むと、開国を迫る強圧的な米外交の陰に人道主義の源流があったことが浮かび上がる。
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| 「アナール」とは何か | |
| 週刊読書人 8/8号 | 「ブローデル人脈内部の人間模様」 【評者:高木勇夫氏(名古屋工業大学教授)】 |
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雑誌『環』創刊時からの目玉企画だった「ブローデルの『精神的息子』たち」が一書にまとめられた。あらためて通読すると、太陽系にもたとえられるブローデル人脈内部の人間模様がくっきりと浮かびあがる。
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| 「アナール」とは何か | |
| 8/3 読売新聞 | 「書評」欄 |
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地中海世界の歴史と文明を描いた大作、ブローデルの『地中海』を知る人はいても、革新性、解放性、広がりの故に、歴史学のアナール派はいまだ十分に理解されていない。ブローデルの後継者として『社会経済史年報(アナール)』の編集に携わったマルク・フェローら13人が、肉声で進化し続けるアナールの思想と歴史の全貌を鳥瞰した初の試み。
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| 帝国以後 | |
| 週刊東洋経済 8月2日号 | 「日本の危機を読み解く101冊」欄 |
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【ベスト経済書ランキング 第11位】
危うささえ感じさせるアメリカに対し、日本がどう対すべきか、考えるよすがとなろう。 |
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| 帝国以後 | |
| 文藝春秋 8月号 | 「文芸春秋BOOK倶楽部」欄 【評者:鹿島茂氏・福田和也氏・松原隆一郎氏】 |
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松原 これまでも、トッドの分析には経済学にとって目からウロコの新鮮さがありました。人口学をベースに、家族制度から世界経済の変化を読んでしまう。…
鹿島 すべての文明や国家には過渡期と最盛期と没落があるという主張は、シュペングラーの『西洋の没落』と似ていますが、トッドはさらに数字的指標を使うので説得力がある。 福田 …トッドはシラク政権のブレーンとして、その政策にも影響を与えています。今回のイラク戦争に対するフランスの立場を見る意味では、重要な本です。 |
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| 帝国以後 | |
| 図書新聞 8/2号 | 「二〇〇三年上半期 読書アンケート」欄 |
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アメリカの強さを前提にアメリカ帝国論が盛んだが、その脆弱性から世界の統帥権失いつつあると指摘するトッドの方にリアリティーがある。【加藤一夫氏(エスニシティ論)】
世界の不安定化を求めて軍事化するほかはないアメリカ的システムの崩壊の可能性を指摘し、アメリカ「帝国」以外の世界は第三世界の識字率の向上とともに、むしろ安定にむかおうとしていると強調した【塚原史氏(二〇世紀文化論)】 |
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| ゾラ・セレクション第二巻 『パリの胃袋』 | |
| 図書新聞 8/2号 | 「二〇〇三年上半期読書アンケート」欄 【評者:小倉孝誠氏(フランス文学・文化史)】 |
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パリ中央市場とその界隈を舞台にした作品で、無数の食べ物を描写した印象的なページを通じて、民衆のしたたかさと逞しいエネルギーが伝わってくる。今後もゾラのあまり知られていない作品が次々に邦訳されて、旧来のゾラ観を刷新することになるだろう。
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| ゴルフ場廃残記 | |
| 週刊東洋経済 7/26号 | 「ブックレビュー」欄【評者:田中秀臣氏(上武大学ビジネス情報学部助教授)】 |
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日本人の強欲への糾弾の書である。バブル全盛時、乱開発されたゴルフ場用地の現状、そしてゴルフ会員権投機に暗躍したバブル紳士や金融機関などの現在を著者は「公憤」とともに書き記している。(中略)著者が一番強調したいことは、バブルのもたらす人間の強欲は今も姿を変えて継続しているということである。破綻した数々のゴルフ場開発計画はその一エピソードに過ぎない。(中略)本書でも強調されているように、問題の本質は底知れぬ強欲を許してしまう数々の法制度の欠陥にこそある。
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| ブローデル伝 | |
| 学鐙 7月号 | 【評者:福井憲彦氏】 |
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著者自身がブローデルに魅かれつつも距離をとった描き方をしている点が好ましく、また戦後フランスの知的世界の精神史としても興味深く読めることは間違いない。
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| 真振 MABUI | |
| 7/28 日刊ゲンダイ | 「Book」欄 |
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海勢頭豊氏をご存じだろうか? 今年60歳。シンガーソングライターとして沖縄でライブ活動をするかたわら、F・G・ロルカ原作の戯曲をバレエ組曲化した「血の婚礼」や、オペレッタ「マッチ売りの少女」を作曲するなどクラシック分野でも活躍する音楽家だ。96年7〜9月には、TBSの「NEWS23」エンディングテーマとして曲が流れていたから、聞き覚えのある人は多いはず。(…)先月、藤原書店から刊行された「真振 MABUI」は、(…)海勢頭氏の半生をつづり、初のCD音源も付録した貴重な一冊だ。(…)山田耕筰や滝廉太郎らの歌曲をほうふつとさせる、懐かしく、優しいメロディーは、海勢頭氏が故郷に抱く深い愛情を、ダイレクトに伝えてくれる。
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| 邂逅 | |
| 7/20 北海道新聞 | 「ほん・BOOKS」欄 【評者:東嶋和子氏(ジャーナリスト)】 |
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免疫学と比較社会学、それぞれの学問分野で世界に屹立する多田富雄と鶴見和子が「邂逅」し、生まれたのが本書である。(中略)人文科学と自然科学、学問と芸術、あるいは国のうちなるものとそとなるもの。これら「異なるもの」が対話によって深められ、「共生」の思想にたどりつく過程は、ほんものの知的興奮を読者にあたえてくれるだろう。ほんらい学問的対話とははるか古代から、血の出るような異種格闘技ではなかったか。
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| 邂逅 | |
| 週刊朝日 7/25号 | 「週刊図書館」欄 【評者:岸本葉子(エッセイスト)】 |
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何よりも、ふたりの書簡の、緊張感が清々しい。鶴見さんの敬意を払いながらも、鋭く本質を突いた質問を、つぎつぎと投げかける、気迫のようなものに目のさめる思いがしたし、それに対し「胸をお借りするつもりで」全力で考え、答えている多田さんの真摯な姿勢には、胸を洗われる気分であった。対談は、瞬発力によるところもあるが、往復書簡だと、より時間をかけてテーマを深めることになる。失われた機会の復活以上のものとなった。
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| 邂逅 | |
| 7/13 産経新聞 | 「本・BOOK」欄 【評者:池田清彦氏(山梨大学教授)】 |
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共に脳の病気で倒れ、体が不自由になった二人の老大家の往復書簡である。(中略)書簡は、主として年長の鶴見が多田に様々な質問をして、多田が訥々と答えるという形式で進んでいく。今年、八五歳になる鶴見のあふれるような好奇心には心底恐れ入る。内容も病気の予兆や、倒れる前と後で人生がどう変わったか、といった同病相憐れむものから、「自己」と「非自己」をめぐる生物学的な問題、エコロジーという思想まで幅広く、お二人の生の思考の息づかいが聞えてくるようであきない。
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| 「アジア」はどう語られてきたか | |
| サンデー毎日 7/20号 | 「自由のために」欄 【評者:斉藤貴男氏】 |
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大アジア主義への渇望が噴き出しつつある。進歩派と見なされている言論人までが、この日本からアジアの新時代を立ち上げよう的な主張をし始めているのだ。何もかもがアメリカに呑み込まれようとしている現実世界は確かに受容しがたい。が、だからといって必ずしも同一の文化圏というわけでもないアジア全域への過剰な思い入れへといたる短絡は、かつて一九四〇年代にも発生し、大いなる悲劇をもって幕を閉じていたのではなかったか。過ちを繰り返してはならない。思想史の研究者である著者は、そこで歴史的な自己検証を積み重ねてきた。(後略)
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| 邂逅 | |
| 7/7 中日・東京新聞 | 「大波小波」欄 |
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二人とも重大な脳の病におそわれたのちに奇跡的に思索の世界まで生還した。おまけに病にたおれる前は互いに一度も会っていないのが、病者になって最高レベルでの学問的出会いをなしとげている。これは感動をよぶ本だ。
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| 帝国以後 | |
| 7/6 朝日新聞 | 「書評」欄 |
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アフガニスタン、そしてイラクで人々はアメリカの圧倒的な軍事力を目撃し、強大な「帝国」の出現を感じ取った。しかし著者は、むしろアメリカの衰退を指し示す。(中略)識字率や人口動態を踏まえて世界情勢を展望し、ユーラシアのアメリカからの自立を示唆する。
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| 真振 MABUI | |
| 7/5 沖縄タイムス | 「Books」欄 【評者:高良勉氏(詩人)】 |
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今年の六月二三日「慰霊の日」に海勢戸豊と私たちは、魂魄の塔前の「第二十回国際反戦沖縄集会」に参加していた。海勢戸とその音楽仲間は、今年も「月桃」「さとうきび畑」などを歌ってくれた。私たちはこの平和行進と集会を二十年も一緒に続けてきたのである。その海勢戸の『真振 MABUI』という著書が出版された。わがことのように嬉しく、二日間で一気に読了した。ぐいぐい引き込まれ、集中して読んだ。(後略)
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| 帝国以後 | |
| 週刊東洋経済 7/5号 | 「ブックレビュー」欄【評者:奥村宏氏(経済評論家)】 |
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この本はまさに本格的な「反帝国」論とも言うべき本で、経済学者や政治学者の帝国論と違って構想雄大である。(中略)冷戦後の世界システムをどうとらえるか、という問題をこのような形で、説得力をもって展開した本はこれまでなかったのではないか。
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| 邂逅 | |
| 6/29 読売新聞 | 「書評」欄 |
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脳梗塞と脳出血の病から立ち直った免疫学者と社会学者による刺激に満ちた往復書簡集。異分野の2人の泰斗が、「スーパーシステム」「内発的発展論」をキーワードに、領域を超えた知の集合の重要性を解きほぐす。得意分野のお能、短歌も引用しながら、濃厚な知的交歓が書簡の端々にちりばめられた珠玉の読み物になっている。
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| 帝国以後 | |
| 6/27 公明新聞 | 「文化」欄 “『帝国以後』を支える思想” 【石崎晴己氏(青山学院大学教授)】 |
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トッドの仕事の最大の意味は、マルクス主義による世界史解釈の代わりに、新たな世界史像を構築しようとすることと言うことができる。マルクス主義は生産力を歴史の原動力とするのに対して、トッドは家族制度を下部構造とし、経済的発展にも増して識字化という教育的・文化的発展を、歴史の推進力と捉える。さらに最近はますます、受胎調節による出産率(合計特殊出生率)の低下を重視するようになっている。『帝国以後』では、識字化の進展と出産率の低下による人口学的移行期(人口動態が後進国的増大から先進国的安定期に移行する期間)に、流血のイデオロギー的危機が起こることが、強調されている。イングランドのピューリタン革命やフランス革命、ナチズムや日本軍国主義、さらにはテロリズムで非難されるイスラム原理主義も、こうした移行期危機に他ならない、とトッドは言うのである。
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| 「アジア」はどう語られてきたか | |
| 6/23 公明新聞 | 「読書」欄 |
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本書は思想史家としての著者が、問題の所在のいわば基底部から、例えば、「脱亜入欧」という明治以来の日本の路線の敷設者としての福沢諭吉の「文明論之概略」における「文明」観やそこに説く「脱亜」論の問い直し、あるいは「東亜新秩序」「大東亜共栄圏」というその「東亜」という概念、そもそも「東洋」とは何か、それは「何処」にあるか、近代日本人の中国像・中国認識はどうであったか、などについて掘り下げて論じており、新世紀におけるアジア問題への関わり方に適切な認識視角を与えてくれる好著だ。
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| ゾラ・セレクション第二巻 『パリの胃袋』 | |
| 6/23 しんぶん 赤旗 | 「ほんだな」欄 |
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ナポレオン3世のもと、大衆消費社会が現出したパリ。新築のモダンな中央市場は、巨大都市のあくなき食欲の象徴でした。無実の政治犯として流刑になった主人公フロランは、苦難の末にパリに帰還し、中央市場の検査官となります。しかし安楽をむさぼる市民たちに次第に敵意を抱き、政府転覆を企てるように…
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| 邂逅 | |
| 6/22 共同通信配信 |   |
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ともに脳卒中で半身まひとなた免疫学と社会学の碩学。八通の往復書簡による対話は、重度障害の体の奥底からわき上がってきた詩歌、生命力への驚きに始まり、人類や科学の在り方をめぐる地球規模の議論へと広がる。極限状態からの斉木を目指す二人の共同作業からは、絶妙な和音が聞えてくる。(中略)つむがれた言葉は、クローン技術の安易な応用や遺伝子解析ですべてが分かるかのような風潮に警鐘を鳴らし、強国の価値観が不寛容に支配する世界の危機を訴える。
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| 大学界改造要綱 | |
| 出版ニュース 6月号 | 「書評」欄 |
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大学の「危機」が叫ばれ、文部科学省主導の「大学改革」が処方箋とされている状況の中で本書は、理念なき「大学改革」運動を根底的に批判し、現実分析をふまえた「大学界改造」を提示する。(中略)教育改革全般をめぐる議論に一石を投じるマニフェスト。
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| 帝国以後 | |
| 6/22 読売新聞 | 「書評」欄 【評者:白石隆氏(京都大学教授)】 |
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近年、アメリカ「帝国」論が盛んである。その出発点にはアメリカが強大な帝国となったという認識がある。本書は違う。本書は、アメリカは弱い、だから世界秩序攪乱の要因となっている、という。(中略)
冷戦の終焉とともに、アメリカとその同盟国のあいだの「力」と「合意」の均衡が変わり、いま同盟体制の再編が必要とされている。アメリカは「有志の連合」によってその行動の自由を確保しようとする。しかし、同盟国としてはそれでは困る。ではどうするか、そのひとつの考え方がここにある。おもしろい本である。 |
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| 帝国以後 | |
| 週刊エコノミスト 6/24号 | 榊原英資の通説を疑え 【評者:榊原英資氏(慶應義塾大学教授)】 |
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ヨーロッパの多くの知識人たちがアメリカをどう思っているかを知るには、格好の書である。こうした世論の背景があったからこそ、フランスとドイツはイラク戦争に強く反対できたのだろう。(中略)本書が興味深いのは、いわゆる反米、あるいは反戦の議論ではなく、著者が客観的にアメリカの脆弱性を鋭く突いているからである。
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| 帝国以後 | |
| 週刊読書人 6/20号 | 刺激的かつ実証的な分析 【評者:荻野文隆氏(東京学芸大学教授)】 |
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東アジアの平和と安定のためになにをなすべきかを考えるときおそらくこれほど考慮に入れなければならない分析は他にはないであろう。とりわけアメリカ政府のイラク戦争へ向けた動きにいち早く賛同した日本政府のお膝元では。(中略)今日、日米関係が根底的に問い直される歴史的な位相に立った状況のなかで極めて示唆に富む必読の書である。
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| 帝国以後 | |
| 6/16 産経新聞 | 「書評」欄 【評者:越智道雄氏(明治大学教授)】 |
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ブッシュ政権でアメリカ外交が豹変したと見えたものが、実は二〇〇一年の「9・11」以前に発生していたことを、教えてくれる本である。(中略)著者の立論の厚みは、例えば、識字率向上と出生率の低下のリンクによる大衆の現実把握能力の向上、他方で寡占化していく各国資本体制が狙うメディアによる大衆の洗脳、このせめぎ合いの中に世界の将来がかかっている──という風に幾多の統計を近未来世界の解像に活用する手際によって保証される。
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| 帝国以後 | |
| 6/16 公明新聞 | 「BOOKS」欄 【評者:高橋進氏(東京大学大学院教授)】 |
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人口学と人類学の手法という独自の方法でアメリカを解析するユニークな視角は不思議な説得力を持っている。「アメリカ帝国」に関心を持もつとき、まずは読まれるべき本である。
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| 「アジア」はどう語られてきたか | |
| 6/15 中日・東京新聞 | 「読書」欄 【評者:赤坂憲雄氏(東北芸術工科大学教授)】 |
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わたしたちはたぶん、あまりに未熟なアジアにかかわる語りの作法しか持たずに、この半世紀以上をやり過ごしてきた。突然のように、恥じらいもなく、アジア新世紀などと唱えることは、無論できない。しかし、やはり「アジア」は不可避である。
だからこそ、この書との出会いに歓びを覚える。日本の近代が分泌してきた「アジア」をめぐる知の地政学的見取り図が、ここには鮮やかに呈示されている。 |
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| 「アジア」はどう語られてきたか | |
| 6/15 毎日新聞 | 「本と出会う 批評と紹介」欄 【評者:張競氏】 |
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地域文明のモデルをめぐる言説の洗い直しは、たんに近代思想の批判的な再検討を意味するだけではない。アジアにとっても歴史の鏡になる。だから戦前のアジア観が再生産されないために、著者は東アジア全域に向かっても積極的に発信してきた。もし戦前の軍国主義が、アジアではじめて近代化を成し遂げた国民国家の避けがたい宿命という一面があるとすれば、その教訓は日本のみならず、アジア全域で広く共有すべきであろう。(中略)エスノセントリズム(自民族中心主義)の粗雑な言論をも批判の射程に入れた本書は、日本からの声としてきっとアジアの人々の心に届くであろう。
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| 帝国以後 | |
| 日経ビジネス 6/9号 | 「書評」欄 【評者:山本茂氏(みずほコーポレート銀行執行役員・与信企画部長)】 |
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本書は米国論であるが、それをはるかに越えた世界構造論と言ってよい。(中略)著者の言うような道を日本が選択することの是非はともかく、少なくとも世界経済構造とその背景にある政治的・軍事的事情をも視野に入れ、幅広く物事を見ていくことは必須である。そうした視点に対して本書は極めて示唆に富む。一読を薦めたい。
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| 邂逅 | |
| 6/8 毎日新聞 | 「本と出会う 批評と紹介」欄【評者:中村桂子氏】 |
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話題は、多田が免疫学者として著した『生命の意味論』にある自己とはなにかという問題を基調にして進む。興味深いのは、共に病から回生し、新しい人になるきっかけがそれぞれが習熟していた(鶴見は道楽と呼ぶ)和歌と能というやまとことばであったことだ。そして多田が最初に書いたものは詩だったという。詩歌は生命のリズムに近く、極限状態で内なる自然である身体の奥底からほとばしり出るものであり、そこに根ざした学問が生きた学問ではないかという指摘は、自らの身体の変化を体験し、その中で学問を深く考えようとする人の言葉だけに説得力がある。しかもそこでは通常学問では使われないやまとことばが生きているのも興味深い。
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| 「アジア」はどう語られてきたか | |
| 6/8 朝日新聞 | 「書評」欄 【評者:津野海太郎氏(編集者・和光大学教授)】 |
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「東亜」は単なる地域概念ではないと著者はいう。明治のはじめ、「ヨーロッパ的世界秩序」のひきずりこむ力に対抗して、帝国日本がまず押し立てたのが「東亜」の旗印だった。ところが、その「東亜」内部で、日本はすぐにヨーロッパの正嫡子であるかのようにふるまいはじめる。ヨーロッパに向かっては世界の多様性を主張し、アジア諸国には日本中心の新秩序を押しつける。福沢諭吉の脱亜論から昭和前半期の東亜協同体論まで、「東亜」という概念には、一貫して、そうした二重性が貼(は)りついていた。
けっきょく戦後日本は、この「東亜」意識を払拭(ふっしょく)するのに失敗したまま、とうとう今日まできてしまったのである。それなのに現在、「東アジア」の未来について隣国の人たちと語り合う機会はますますふえている。どうすればいいのか。「東アジア」を国家間関係に固定せず、この地域に暮らす人びとの多重多層の交流を可能にする方法的な地域概念に変えてゆこう、という提言もある。じっさいの役に立つ本でもあるのだ。 |
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| 邂逅 | |
| 6/7 中日・東京新聞 | 「筆洗」欄 |
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多田さんと鶴見さんが、書簡を交換し、たがいの境地を語り合った。二人の往復書簡集『邂逅』を読むと、人間の生命力の深さがしみじみと思われる。(中略)<我がうちの埋蔵資源発掘し新しき像(かたち)創りてゆかむ>鶴見和子。まさに「たおれてのち、はじまる」の実録である。
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| 帝国以後 | |
| 6/1 共同通信配信 | 【評者:橋本務氏(北海道大学助教授)】 |
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“帝国”アメリカの衰退を大胆に予測した本書は、さまざまな啓発に満ちた好著。これだけの予測をイラク戦争が始まる前に洞察し得たというのは驚きだ。
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| 「アジア」はどう語られてきたか | |
| 6/1 日本経済新聞 | 「書評」欄 |
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日本とアジアとの関係、とくに「東アジア」との関係は依然として多大の困難をかかえている。いま重要なことは、近代の日本がどのように中国を含めたアジアを捉えてきたかを冷静に反芻することである。
「本居宣長」や「江戸思想史」の研究で知られる、日本を代表する思想史家子安宣邦氏はまさにこういう要請に応える最適の著者にちがいあるまい。 |
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| 帝国以後 | |
| 5/27 読売新聞(夕刊) | 「『イラク戦争』からの問い」欄 |
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「軍事力は他国の協力がなくても行使できるが、経済は協力抜きだと何も動かない」と指摘するのは、昨年『デモクラシーの帝国』(岩波書店)を刊行した東大教授の藤原帰一。グローバル経済下では、確かに単独行動主義には限界がある。仏の人類学者、E・トッド『帝国以後』も米国の貿易収支赤字を例に、〈アメリカは世界なしではやっていけなくなっている〉と断じる。
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| 帝国以後 | |
| 5/26 しんぶん 赤旗 | 「読書」欄 【評者:本田浩邦氏】 |
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同時多発テロからイラク戦争を経て、多くの人々が国際社会におけるアメリカの地位を問い直し始めている。本書は「帝国」として世界に君臨し市場経済化と民主主義を押し進めるという従来の「強い」アメリカ像を否定し、むしろその弱さを強調することで現在の世界認識を組み直そうとした試論である。
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| 歌集 花道 歌集 回生 | |
| 5/23 朝日新聞 夕刊(東京版) | 「文化」欄 鶴見和子氏インタビュー |
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倒れたとき、病院でうなりながら言葉がどんどんでて短歌になった。学問が大事と50年間おさえつけていたけれど、私の根っこは歌と踊りだった。短歌から日本の言葉の使い方を、踊りから日本のからだの使い方を教えてもらった。それが死線を越えさせてくれた。
死期が近くなり、痛みが強くなると、生命力が燃え上がってくる。朝、目覚めると、ああ今日も一日イカされている、だから一生懸命、今日も生きましょうって思うの。 |
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| 杉原四郎著作集1 経済の本質と労働 マルクス研究 | |
| 経済 6月号 No.93 | 「書評」欄 【評者:内田弘氏(専修大学教授)】 |
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杉原は、自分の社会科学が「科学性」をもつだけでなく、特に未来を担い形成する若い読者のこころに響き訴える「倫理性」をもってほしいと願っています。(中略)人間はパンなしには生きられません。「パンをいかにして獲得するのか」という問題は、パンの生産問題であり配分問題です。つまり「マルクス的問題」を基礎にもつ「ミル的問題」です。しかし、その獲得問題には「パンを獲得して生きる価値とはなにか」という問いが潜在しています。社会科学的な問題は倫理的宗教的問題と深く結びついています。(中略)杉原四郎の研究は二一世紀に展望を開いています。じっくり読みたいものです。。
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| 帝国以後 | |
| 5/22 日刊ゲンダイ | 「新刊読みどころ」欄 |
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これまで不鮮明に濁っていた視界に、思いがけない角度から光が差し、にわかに見晴らしが開けてくる。エマニュエル・トッド「帝国以後」を読むと、まさしく、見えなかった風景が見えてきたときの高揚を思い出す。ものごとに理解が届くということは、こんなにも快感であったか。
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| ゾラ・セレクション第二巻 『パリの胃袋』 | |
| 5/20 中日・東京新聞 | 「追憶・異邦の文学」欄 【評者:芳川泰久氏】 |
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『パリの胃袋』と題されたその小説は、文字通り、パリの市民たちの胃袋をまかなう中央市場を指しているが、ゾラの筆は鮮やかに、いまにも倒れそうな男の空腹と、続々と市場に到着した食物の溢れんばかりのエネルギーの対比から新たな詩情を切り出している。
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| 帝国以後 | |
| 5/18 日本経済新聞 | 「書評」欄 【評者:山内昌之氏(東京大学教授)】 |
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現在のイスラム世界の暴力と熱狂は一時的現象にすぎない。「イスラム圏は、自動的鎮静化の過程を通して、外からの介入なしに移行期危機から抜け出そうとしている」のに、米国が「全世界的テロリズム」という概念を強調するのは愚策だと批判する。
しかも米国という帝国は、古代アテネがデロス同盟を利用して自国を豊かにしたように、自由貿易体制や北大西洋条約機構などの枠を使って、貿易赤字をそのままに消費優位の経済を満喫していると冷笑する。(中略)本書は、独特の帝国論として読む価値があるだろう。 |
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| 帝国以後 | |
| 5/18 奈良新聞 | 「書評」欄 |
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資本主義が最終的にブロック経済に行き着くことは、レーニンの帝国主義論で定式化された理論である。ただ、共産主義が現実に適用できなくなった今日、トッドは新しいファクターに基づいて現代世界の新しい未来像を描いて見せた。本書はその理論的力作である。
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| スコットランド・ルネッサンスと大英帝国の繁栄 | |
| 5/14 読売新聞 | 「書評」欄 【評者:樺山紘一(国立西洋美術館長)】 |
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近代のスコットランドは(中略)啓蒙主義という近代精神に関していえば、リーダー格とでもいえる。実技的な発想をはぐくみ、産業革命の技術開発や、移民などによる大英帝国の発展にも、大きく貢献した。その推進者は、周知の経済学者アダム・スミスばかりではない。
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鶴見和子・対話まんだら 四十億年の私の「生命」 中村桂子の巻 |
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| 5/14 聖教新聞 | 「読書」欄 |
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人間不在の学問の限界や環境問題、南方熊楠の宇宙観、アニミズムなどについて話は弾む。現代科学を「暴力のより少ない技術」とするためにも、アミニズムの自然観は重要という鶴見。(中略)社会学と生物学という異なる分野ながら、生命の創造性という点で深く共鳴し、対話は互いの思索を深めあう。基本的な用語や考え方についての囲み記事も読者の理解を助けてくれる。
「生命」を真ん中においた学問、新たな総合科学のあり方を展望して、示唆に富む対談だ。
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| ゾラ・セレクション | |
| 5/8 西日本新聞 | 「文化」欄 【評者:小倉孝誠氏(慶應大学教授)】 |
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この三十年ほどの間にゾラ研究は飛躍的な発展をとげたばかりでなく、フランスではあらゆる世代をつうじてもっともよく読まれている古典作家の一人である。今まさにゾラの季節が到来しているといえよう。(中略)ゾラの活動はきわめて多岐にわたる。創造力と物語の構築力にめぐまれた小説家として社会のメカニズムをえぐり、文学評論家として新たな文学理論を練りあげ、嗅覚の鋭いジャーナリストとして同時代のあらゆる問題を論じ、炯眼な美術批評家として印象派の新しさをいち早く見抜いた。(中略)このセレクションによってこれまでの硬直化したゾラ像が刷新されることを期待している。
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| 帝国以後 | |
| 5/11 毎日新聞 | 「書評」欄 【評者:養老孟司氏】 |
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ああ、これが読みたい本だったのだ。読み始めたとたんにそう思うことは、めったにない。(中略)ソ連崩壊後の世界について、これだけ乱暴かつ明快な仮説を私は読んだことはない。(中略)この本に書いてあることがすべて本当だなどとは、夢にも思っていない。しかし、こういうふうに考える「べき」なのである。仮説が間違っていれば、訂正すればいい。いまの日本の学会に欠けているのは、この種の思い切った仮説である。右も左も配慮して、穏当な意見を吐くのが学者の仕事だと私は思わない。それでは事実は現状の通りですといっているだけだからである。
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| ゾラ・セレクション第二巻 『パリの胃袋』 | |
| 5/11 朝日新聞 | 「書評」欄 【評者:山田登世子氏】 |
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その昔、パリのタバコの代表格ゴーロワを一口吸って、強さに驚いた。まさに肉食文化のタバコ。その「肉食のパリ」が生々しく描かれる。一九世紀中葉から百年間、パリのど真ん中に「丸々と膨らんだ腹」を横たえ、美食都市の全食材を賄ってきた「パリの胃袋」こと中央市場は、巨獣さながらの生命活動に忙しい。(中略)「体質」作家ゾラの筆さえる弱肉強食のドラマ。
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| ブローデル伝 | |
| 5/4 毎日新聞 | 「本と出会う─批評と紹介」欄 |
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ブローデルの作品の魅力は史料の数量的処理の巧みさ以上に、叙述の芸術性にあると私は考えたい。この歴史家の研究の軌跡や私生活を巧みに描いた伝記として秀逸である。
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| ゾラ・セレクション第二巻 『パリの胃袋』 | |
| 5/4 読売新聞 | 「空想書店」欄 【評者:鹿島茂氏】 |
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ゾラを古臭いと思っている偏見を捨てよ。ゾラこそは都市を有機体として描いたアヴァンギャルド作家だ。
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| ブローデル伝 | |
| 週刊読書人 5/2号 | 全体像の再構成 ピエール・デックス著『ブローデル伝』を読む 【評者:村上光彦(成蹊大学名誉教授)】 |
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ブローデルは歴史における「空間」および「長期持続」のたがいに関連する役割を発見した人だ。デックスの伝記を読むと、この発見がブローデルの生涯のさまざまな局面と呼応しているのがわかる。
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| 賀茂川日記 | |
| 京都西陣グラフ | 「BOOK&CD 和みCafe」欄 |
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精緻な文体の中に、みずみずしい感性と深い洞察力を感じさせるエッセイスト、岡部伊都子さん。この本には、賀茂川に近い場所に居を構え、折節の移ろいや日々の何気ない出来事、世界を揺るがすニュースなどに寄せた思いが、柔らかく透明感のある表現で綴られています。
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| 近親性交とそのタブー | |
| 民族学研究 Vol.47 No.4 | 「書評」欄 【評者:北村光二氏】 |
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このシンポジウムのオーガナイザーであり、本書の編者である川田順造は、このシンポジウムの意義について、集団生物学、霊長類学、文化人類学の最新の研究成果と問題意識を持ち寄って、この問題についてこのような学際的視野から論じたのは世界でもおそらくはじめてである、と述べている。
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| 現代日本人の生のゆくえ | |
| 4/28 公明新聞 | 「BOOKS」欄 【評者:関沢英彦氏(東京経済大学教授・博報堂生活総研所長)】 |
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地縁・血縁・社縁につきものの上下関係にからめとられて、個人の自由な判断・行動が表れにくい。これが、いままでの日本人のあり方だと思われてきた。本書の執筆者達は、こうした「タテ社会」が崩壊してきた状況を生活者への聞き取り調査から明らかにしようとしている。
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| 現代日本人の生のゆくえ | |
| ポリマー・ダイジェスト 4月号 | 「ブックサロン」欄 |
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編者はサブタイトルに「自律とつながり」を掲げた。社会生活の中で自己を確立するだけでなく、どのように自分を律するか、その一方で、他者とどのようなかたちでつながっていくか。いわば社会生活のありようを考える手がかりを考えている。(中略)個々の語りの中に確かな生きる手ごたえが感じられ、日本の社会構造が草の根から変わりつつあるのではないかと思わせる。
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| だれでもできる環境家計簿 | |
| 市民がつくるごみ読本 Vol.14 第7号 | Book Review 【評者:井上小百合氏(京都市環境局)】 |
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本書は、環境家計簿の入門編として「電気」「水」「ごみ」の3種類について、誰でも取り組めるように提案されたものだが、(中略)初心者が取り組みやすく継続できるような配慮がなされている。
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| 新版 新しい世界史 | |
| 4/15 中日・東京新聞 | 「筆洗」欄 |
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歴史家らが大きな誤解と指摘するのは「右手に剣、左手にコーラン」という有名句だ。イスラム教では左手は不浄だから、聖典を持つはずがない。十字軍時代にキリスト教世界が敵意を込めて作った文句という。
同じことはイスラム教の側にも言えるかもしれない。(中略)イラクの教科書は欧米を指して「帝国主義者は血を吸うダニのようなものです」と激しい(マルク・フェロー『新しい世界史』) 誤解は直せばすむ。歴史家が心配するのは誤解に親しみすぎて公平な目を失う恐れだ。 |
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| 杉原四郎著作集1 経済の本質と労働 マルクス研究 | |
| 週刊読書人 4/18号 | 現代の目から見たマルクス 【評者:的場昭弘氏(神奈川大学教員)】 |
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杉原氏のマルクス研究に関する書物をほぼ全部読んでいると思う私ですら、抜粋された本書を読むと、まったく新しい書物を読んだ気にさせられる。本書で展開されているテーマをざっとあげただけでも、現在でも充分検討に値する問題が含まれていることに気づく。
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| ゾラ・セレクション第二巻 『パリの胃袋』 | |
| 4/17 日刊ゲンダイ | 「新刊読みどころ」欄 |
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原作は1873年刊行だが、近代的な消費社会の脈動を食べ物のアレゴリーによって、これだけ色彩感鮮やかに、またにおいもふんだんに書上げた小説は珍しいだろう。
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| 「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活 | |
| 4/13 産経新聞 | 「書評」欄 【評者:永山久夫氏(食生活研究家)】 |
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日本の風土に合った米を中心とする伝統的な日本食こそ、この国で健康な生活をする上で書かせないと再認識を促しているのが本書であり、全く同感である。
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| 「日米関係」からの自立 | |
| 4/11 東洋経済日報 | 「韓半島に平和と安定を」 |
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姜教授は…「アジアの平和にとって日本の役割が増大しているいま、想起に日朝交渉を進めて東北アジアに平和をもたらすことが重要と提言、「東北アジア共同の家を実現し、この地域での新しい秩序を形成することは、米国に単独主義的行動への内省を促すことにつながる」と訴えた。
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| ゾラ・セレクション第二巻 『パリの胃袋』 | |
| 4/6 毎日新聞 | 「本と出会う─批評と紹介」欄 【評者:清水徹氏】 |
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ゾラは、画家マネの色の使い方がいかに生命と真実を表現しているかを声高く主張する美術批評を書いている。カーニヴァル空間を描き出すのは、そういうゾラの色彩感覚である。そこに、巨大なエネルギーを燃やしながら営まれる社会生活と、そこに必然的に生じるひずみという、いわば社会小説的側面とが加わって、盛大なシンフォニーのような、滑稽も決して忘れられていない小説が完成する。
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| 循環型社会を創る | |
| 週刊朝日 4/11号 | 「週刊図書室」欄 【評者:森谷正規氏(放送大学教授)】 |
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ゴミ問題を根本的に変えようという循環型社会のありようを論ずるには、このシンポジウムのようにさまざまな分野の多くの人が加わるのがいい。問題はきわめて広く、しかも深いのであるから、多様な見方、異なる主張があるのが当然である。本書でそれを知ることができる。
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| 回生 鶴見和子の遺言 | |
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龍谷大学社会学部ジャーナル LON LON(龍論) 第2号 2003年3月 |
Video Review 【評者:窪田和美氏】 |
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病により片麻痺という結果が自分の身体にもたらされたことについて、彼女の考え方はきわめて明確です。障害を克服するというような対立的、対抗的な考え方でなく、ありのままを認めていく、受け入れていくという姿勢です。その姿勢が内発的発展論にも繋がります。「地球上の社会には、それぞれ固有の文化がある。そこに住む人々の必要とする思想や文化がある。異なる価値に基づいて社会を展開しているが、それが対立や矛盾では困る。対立や矛盾するものが共に生きられる手法を見出すことで、内発的発展論は完結する」と言うのです。異なるものを認め合い、共に生きるという態度です。そこに共感を覚えます。
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| ブローデル伝 | |
| 3/30 日本経済新聞 | 書評欄 【評者:福井憲彦氏(学習院大教授)】 |
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著者デックスは、ブローデルの一世代下の美術史家にしてジャーナリストであるが、大変な力量を発揮したと評価できるだろう。(中略」)学問的な検討というよりも、二十世紀フランスの知識世界をめぐる状況の中にブローデルの知的生涯を埋め込んで理解しようとしており、著者自身が同時代を経験していることがプラスに働いている。師匠のフェーブルはもとよりレヴィ=ストロースやフーコーなど、多くの知識人たちとの交流が、どのように彼の仕事の展開にかかわっていたのかが追求されている。
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| 現代日本人の生のゆくえ | |
| 3/30 産経新聞 | 「書評」欄 |
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型にはまった日本人のイメージを脱し、次なる世紀に向けて登場しつつある日本人の生き方を心のあり方から問う。
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| 循環型社会を創る | |
| 3/30 毎日新聞 | 「本と出会う─批評と紹介」欄 【評者:中村桂子氏】 |
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本書はエントロピーという切り口で循環を考えようとする人々の集まりが開いた「『循環型社会』を問う」というシンポジウムとと研究会の記録である。単なる議論ではなく、法律や技術、経済、製作などの現状の具体的な検証や実際の活動の報告が多いので、現在の問題点や将来の展望が見えてくる。
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| 甦る河上肇 | |
| 3/30 読売新聞 | 「書評」欄 【評者:橋本五郎氏(読売新聞編集委員)】 |
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マルクス経済学の先駆者である河上肇とはどんな人物だったのか。その人と生と研究の全体像を、綿密な考証によって浮かび上がらせるとともに、中国共産主義にいかに大きな影響を与えたかを渾身の力で描いている。(中略)一枝一枝に心配りした若き学徒による丹念な書を読み終わり、着実でオーソドックスな学問研究の大切さを学んだ思いがする。
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| 「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活 | |
| 3/23 山陰新聞 | 「BOOKS」欄 【評者:溝口敦氏】 |
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今は評判のいいラーメン店の前に行列ができる。行列に並んでまで食う物か、と私などは不思議に思うのだが、おそらくファンは行列に並ぶことで徐々に食欲が刺激されていくのだろう。
が、それにしてもグルメあるいはB級グルメに走る前に、日本人が最低限心得ておくべき食い物の政治経済学がある。それを教えてくれるのが本書である。 |
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| 「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活 | |
| 3/23 中日・東京新聞 | 「書評」欄 《新刊抄》 |
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日本の風土にあった食生活はなぜ失われたのか。厚生省主導の「栄養改善運動」がこれほど成功したかげには日本を標的にした、米国の官民挙げてのきわめて政治的な農作物、家畜飼料売り込み作戦があった。
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| 「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活 | |
| 3/23 読売新聞 | 「書評」欄 《短評》 |
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食糧行政、食品業界のタブー、「アメリカ小麦戦略」の真相に迫り、小麦の安全性、西欧型食生活の健康問題を指摘、日本型食生活の復活が急務と訴える。
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| 循環型社会を創る | |
| ポリマーダイジェスト 2003年3月号 | 「ブックサロン」欄 |
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…付録に「循環型社会を実現するための二〇の視点」というエントロピー学会の提案がある。循環系破壊の制限、化学物質の作製は最小限になどから、市場経済の限界、社会システムの転換などが提案されている。世界のあり方を問う基本思想と思う。
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| 閑人侃語 | |
| 3/16 京都民報 | 「書評」欄 【筧 文夫氏】 |
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本書の随所に著者の深い学識と鋭い感性に支えられた珠玉の如き文章がちりばめられている。多くの方に一読をお勧めする所以である。
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| ゾラ・セレクション 第10巻 『時代を読む 1870-1900』 | |
| 本とコンピュータ 2003年春号 | 「いまゾラの出版論から何を学ぶか」 【評者:宮下志朗氏】 |
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ゾラは創作を労働と結びつける。自分で種をまき収穫した穀物は農民の所有物ではないか、ならば作品の所有権だって作家に帰属するはずだという。だから文学が死後50年たつと「公共財産」になってしまうのはおかしいのではなどと、意図的に論争をしかけたりする。
ゾラがものした、こうした批評の数々、小説にもまけないくらいおもしろいし、アクチュアルな問題提起を含んでいる。 |
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鶴見和子・対話まんだら 「われ」の発見 佐佐木幸綱の巻 《歌》 |
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| 図書新聞 3/15号 | 「娯楽トンボの眼」欄 【評者:小嵐九八郎氏】 |
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ソフトカバーで2200円というのがきついけれど、短歌を短歌の閉じた世界で見つめておらず、意味性と響き、アニミズム、型というもの、律令制による国家の発生と「われ」の自覚と広角度へ拡がるものとしてあり、会話がきっちり噛み合っている。値段は、ふさわしいと読後に思わせる。
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| 世界経済史の方法と展開 経済史の新しいパラダイム〔1820-1914〕 | |
| 世界経済評論 3月号 | 「書評」欄 【評者:尾上修悟氏(西南学院大学教授)】 |
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十九世紀のイギリスを中心とする経済史の研究は、全く新しい分析視点に立つことによって、今までに省みられなかった側面を浮き上がらせることにしばしば成功してきた。著者の入江氏も、そのことをはっきりと示した一人である。(中略)入江氏の最新書である本書は、これまでの氏自身の研究、並びにその他の内外にわたる厖大な研究に依拠しながら、氏自身の歴史観に基づく分析を通じて、経済史研究のあるべき姿を世に問うた、きわめて刺激的かつ啓発的な書である。
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| 『環』vol.12 エマニュエル・トッド 「EUの将来と日本の役割」 | |
| 2/27 朝日新聞 | 「文化」欄《私が選んだ3点》 【評者:広田照幸氏(東京大学助教授)】 |
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反グローバリズムというと、ナショナリストになるか、アジア主義者になりがちだが、トッド論文を読むと、もっと多様で柔軟な可能性がみえてくる。
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| 『環』vol.12 ミシェル・ペロー 「都市のジェンダー」 | |
| 2/27 朝日新聞 | 「文化」欄《私が選んだ3点》 【評者:原武史氏(明治学院大学助教授)】 |
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19世紀フランスの都市が、男女の「棲み分け」をどう進めてきたのかを分析するペロー論文は、20世紀の東京や大阪にも十分に応用できる。
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| 時は流れて 日中関係秘史五十年 | |
| 2/26 聖教新聞 | 「読書」欄 |
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日中友好実現への陰の闘いに徹した人々の姿は感動的だ。中国には「井戸の水を飲むときには井戸を掘った人のことを思いなさい」という美しい言葉があるが、本書はまさに日中友好の「井戸を掘った人」たちの記録なのである。(中略)個人の回顧録だが、現代詩の第一級史料でもある。通訳として間近に見た周恩来ら偉人の素顔も活写され、敬900ページに及ぶ大著を、尽きせぬ興味をもって読み通せる。
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| 脱グローバリズム宣言 パクス・アメリカーナを越えて | |
| 2/18 中日・東京新聞 | 「筆洗」欄 |
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世界でもてはやされているグローバル化という言葉は、米国経済流による世界標準化であり、本当の世界化は世界の多様と協調の中からつくらねばならない。
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| 『環』vol.12 2003年冬号 | |
| 2/17 朝日新聞 | 「天声人語」欄 |
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以前、この欄で竹内浩三という詩人、45年に23歳で戦死した詩人のことを紹介した。彼の未発表原稿が昨年11月に発見され、季刊誌『環 2003年冬号』に紹介された。(中略)入営の朝、家族らに残した手紙には「ぼくの日の丸は、どんな風にも雨にもまけませぬ」と戦いへの決意を書いた彼だったが、ひそかに「日本の国ほろびよ」と書き留めてもいた。(中略)彼は、あの戦争のむなしさを直感していた。平和主義者は非国民という時代の話である。いまなら彼は迷うことなく反戦の側に立ったことであろう。
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| 閑人侃語 | |
| 2/15 日中友好新聞 | 「読書」欄 |
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「世捨て人の憎まれ口」と題していますが、その内容は非常に幅広く、漢詩、中国文学史、中国旅行記、雑感など多岐にわたり、バラエティに富んでいます。
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| 午睡のあとで | |
| 文藝春秋 3月号 | 「新刊ダイジェスト」欄 |
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辛口文芸評論家による読書エッセイの名品。新刊はもとより古今東西の名作の定評をさらりと転倒させる。(中略)教養に裏付けられた直言が面白い。
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鶴見和子・対話まんだら 「われ」の発見 佐佐木幸綱の巻 《歌》 |
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| 2/2 信濃毎日新聞 | 「書評」欄 【評者:水原紫苑氏】 |
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本書で鶴見和子は、歌の師佐佐木信綱の孫に当たる佐佐木幸綱と対談しながら、歌の根っこ、自分の根っこの「われ」に迫る道を求めている。まさにそれこそ、すべての言葉の根源であろう。だが、話題は親しみやすく、かつ挑発に満ちている。
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別冊『環』5 「ヨーロッパとは何か」 |
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| 2/1 図書新聞 | 「まがじん ひろいよみ」欄 |
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インタビュー「一哲学者が語るヨーロッパ」(ラクー=ラバルト)が雄弁だ。ギリシア神話のエウロペから語りはじめる思索はハイデガー批判にまで及ぶ。(中略) 北川誠一「ヨーロッパの中のコーカサス」は示唆に富んでいる。中世には黒海経済圏が成立していたという。
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| ゾラ・セレクション 第10巻 『時代を読む 1870-1900』 | |
| 2/1 東京新聞(夕刊) | 「大波小波」欄 |
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大衆消費社会に首まで浸かり、閉塞状況にありながらいまだ欲求の満足を求める日本人に、ゾラの文学は過去の遺物とは言い難い。われらが行く末が透けて見えるだろうから。
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| 地球温暖化とアメリカの責任 | |
| 廃棄物学会誌 vol.14 no.1 2003 | 「書評」欄 【評者:宇高史昭氏(京都市環境局)】 |
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本書に書かれているように、地球温暖化問題は科学的な知見と政治的な論理が交錯しているが、これが行動(対策)を遅らす原因となっている。青く輝くかけがいのない地球を守り、次の世代にこの環境を継承するためには、私たちはあらゆる「生命」を大切にする価値観や文明への転換と行動とを直ちにとることが必要である。
本書は学生や専門家に適切な参考書であると思われるが、できるだけ多くの人たちにも読んでいただきたい。 |
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鶴見和子・対話まんだら 「われ」の発見 佐佐木幸綱の巻 《歌》 |
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| 1/30 東京新聞(夕刊) | 「今週の本棚」欄 |
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歌と生命、言葉との深い関わり、アニミズム、集団に埋没できない「われ」の悲しみ。一見離れた分野で活躍しながら、実は多くの問題意識を共有する二者の白熱の対談。
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鶴見和子・対話まんだら 「われ」の発見 佐佐木幸綱の巻 《歌》 |
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| 1/26 毎日新聞 | 「文化」欄《文化という劇場》 【評者:酒井佐忠氏】 |
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鶴見和子さんが提唱した「内発的発展論」に魅せられたことがある。思想や哲学には暗い私だが、あのころ柳田国男らの民俗学ブームもあって、地域の内部から発生した要求に見合って発展すべきだという理論は、従来の発展思想とは違って、私をとらえた。(中略)その鶴見さんと佐佐木信綱の孫にあたる歌人・佐佐木幸綱さんの対話を収めた『鶴見和子・対話まんだら 佐佐木幸綱の巻』が面白かった。それは「内発的発展論」と詩歌の共通性の部分だ。(中略)個体と、人をはぐくんだ地域と社会、それらのすべてが内発性として蓄積され、噴出してくるものが「詩歌」ないしは「詩歌の言葉」だと鶴見さんは説明する。
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| ゾラ・セレクション 第10巻 『時代を読む 1870-1900』 | |
| 1/20 しんぶん赤旗 | 「書評」欄 【評者:大矢タカヤス氏(東京学芸大学教授)】 |
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ゾラを新しい角度からとらえようと志す日本の読者にとって、この巻は必読の書である。
(中略)本書の第一の功績としなければならないのは、あの「われ弾劾す」という見出しのついた「共和国大統領フェリックス・フォール氏への手紙」を中心とする、「オロール」紙掲載のドレフュス擁護の一連の記事をすべて精緻な訳注をつけて丁寧に訳出していることである。今後この事件の概要とゾラの関わりを知りたい者はこの一冊があれば用が足りると断言できる。 |
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| 感性としての日本思想 ひとつの丸山真男批判 | |
| 1/20 産経新聞 | 「本・BOOK」欄 【評者:片岡みい子氏(翻訳家)】 |
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本書は、明治から戦後を貫き、現在なお台頭している近代的思考(モダニズム)を批判。根本的な脱モダニズムを提言している。
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| ゾラ・セレクション & バルザック「人間喜劇」セレクション | |
| 1/19 毎日新聞 | 「ウィークリー文化 批評と表現」欄 《21世紀を読む》【評者:菅野昭正氏】 |
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『バルザック・セレクション』に続いて『ゾラ・セレクション』の刊行も始まった。これは小説の根源を新たに確かめ直す絶好の機会である。提供する側、読者の双方にとって、不活発な現状を越えて小説の未来を見通す手がかりが、そこから引き出せるのではないか…。
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| 脱グローバリズム宣言 パクス・アメリカーナを越えて | |
| 1/20 公明新聞 | 「どくしょ」欄 《再びグローバリゼーションを考える》 |
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アメリカ的なものは普遍的なものではなく、歴史を持ち重層的な文化を持つ欧州の視点を取り入れることで新たに見えてくるものがあるとの示唆に着目したい。
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鶴見和子・対話まんだら 「われ」の発見 佐佐木幸綱の巻 《歌》 |
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| 1/15 毎日新聞 | 「詩歌の現在」欄《私の3冊》 【評者:酒井佐忠氏】 |
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病を得て歌を再開した鶴見氏と歌人の対話は「われ」の根源を探り、…
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| ゾラ・セレクション&ゾラ・セレクション第10巻 『時代を読む 1870-1900』 | |
| 1/7 朝日新聞 | 文化総合欄 |
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フランスの作家エミール・ゾラの初の本格的な選集『ゾラ・セレクション』全11巻の刊行が始まった。(中略)第1回配本は『時代を読む 1870-1900』と題した短文集で「いかにして娼婦は生まれるか」「著者と出版人」など、世相風俗を鋭く切り取るジャーナリストとしての一面を伝える。
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| 日本仏教曼荼羅 | |
| 1/7 東京新聞(夕刊) | 「花づくし仏教」欄 【評者:宮坂宥勝氏】 |
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最近、B・フランク著『日本仏教曼荼羅』が出版された。著者は日本学士院客員でもあった世界的な東洋学者である。
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